第63話 告白

 結局その日、伯爵邸に不審者が侵入することはなかった。


 任務終了を伝えるため、ラトバーが1人の男を伴って現れる。

 長身瘦躯。軽くウェーブがかかった黒髪を後ろで結わえ、眼光鋭く引き締まった表情はよく見ると端整だが、貴族家の者らしからぬ無精髭と顔中に刻まれた数多の傷跡にまず目を奪われる。


 そちらは?――そう訊ねた俺に、ラトバーが応じる。


「この者に名はない……が、ライホー殿が看破した暗部の長だ。是非とも君に会ってみたいと申すので仕方なくな。私は止めたのだが……」


 その男が醸し出す異様な雰囲気に飲まれかけた俺であったが、寸でのところで踏みとどまり彼のステータスを確認する。


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 名前 伯爵家暗部の長

 種族 人属

 性別 男

 年齢 35

 魔法 生活魔法


   【基礎値】 【現在値】

 体力  10     7

 魔力   7     5

 筋力   8     8

 敏捷  16    15

 知力  11    10

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 合計  52    45

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 彼の能力値は俺がこれまでに知る人属としては過去最高で、その合計値は驚異の52。

 年齢的には今が彼の全盛期ピークだろう。これ以上数値が伸びることは考えにくいが、齢53にして未だ50ポイントを維持し続けるお師匠のような怪物を除けば、彼の能力は普通にスゴイものがある。

 加えて、暗部の長だというこの男は、数値だけでは測ることができない様々な業も隠し持っているに違いない。


 彼が纏う不気味なオーラに気圧された俺は思わず身構える。その姿に満足気な笑みを浮かべたラトバーが告げた。


「ライホー殿には今後も何度か警備の任に就いてもらう。その際、この男と連携することもあるだろう。双方よろしく頼む」



□□□



 ラトバーの言葉どおり、その後も俺は何度か屋敷の警備を命じられた。

 俺とイヨを除く他の連中には一切お声は掛からず、彼らは自由気ままな王都ライフを満喫しているようだ。


 同じ依頼料でなんだか損した気分だが、正直、あの狭い一室でイヨと二人きりで過ごす時間は楽しい。

 無論、イカガワシイコトをできるわけではないが、俺を憎からず想ってくれている年若い超絶美貌のエルフと――である。役得といえば、これ以上の役得はないだろう。

 俺の魔素察知の能力は、この屋敷をカバーするだけなら然程集中力を要しないこともあり、俺達は多くの言葉を交わし、ときに笑い、ときに考え、ときに憤りと、濃密な時間を過ごした。


 俺はエルフ種のしきたりや統治形態、家族観から恋愛観、価値観に至るまで様々な話を聞き、同時にイヨへの理解、そして想いを深めていく。

 エルフ種については「図解!パンゲア超大陸解説之書」で概ね知ってはいたものの、詳細はやはりエルフ自身に直接聞くのが一番だ。

 その一方、俺が彼女に語れることは少ない。なにせ余所の星地球から転移した50絡みのオッサンです……なんてカミングアウト、簡単にできることではないからな……



 そうして過ごした3回目の警備が終わったとき、俺はイヨに対する気持ちが抑えられないほどに高まっていることに気付いた。

 無論、性欲的な影響が大きいことは認めるし、王都行からこちらウキラを抱くこともできないため、実際溜まってもいた。

 が、イヨと知り合って2年超。これまで1年近くパーティーメンバーとして親交を温め、彼女から思いを寄せられてははぐらかし、ウダウダと引きずってきた俺であったが、共に語らい過ごす時間が増えるにつれ、性欲とは別の部分で彼女を愛おしく思う感情も高まっていたのだ。


 ――もういいさ。異種族との交尾が危険ってのも、に異種族が保持するウイルスに感染して、は死ぬってだけだ。


 コトここに至って、ようやく俺はポンコツ神の言葉脅しを割り切る覚悟を固めた。

 現代日本で生まれ育った俺には、その程度のリスクを乗り越える魔法の言葉がある。


 ――交通事故で死ぬよりは低確率ですよ?


 善し悪しは置くとして、大概のコトはこの言葉の前には平伏せざるを得ない。


 今晩お前の部屋に行っていいか?そう告げようとした俺の脳裏に一瞬ウキラの顔がよぎるが、既に彼女からはお許しを得ている。イヨだって承知の上だ。ここは日本地獄ではないのだから。


 さて、改めて腹を決めて……と思ったそのとき、またしても不意に俺の脳裏に疑問が浮かぶ。


 異種族からのウイルス感染ってことは、イヨから俺に――だけじゃなく、俺からイヨに――って可能性もあるのか?それはつまり彼女にも死の危険があるということ……なのか?


 迂闊にも俺は、これまでそのことに思い至らなかった。

 俺だけがリスクを冒せば済む話であれば俺の独断でも構わないが、イヨにもリスクが存在するのならば、それを告げずに彼女と交わうことはできない。

 そして厄介なことにそれを告げるということは、俺の出自やポンコツ神の存在、そしてその言葉脅しを明かすということだ。無論、そんな突飛な話をイヨが信じてくれるか否かは別の話であるが、いずれにしてもウキラを含め今世では誰にも明かしていない俺の出自の秘密を彼女に明かさなければならない。


 結局、その日は問題を先送りにした俺は、次の4回目の警備までの数日間、悶々と悩むことになる。


 なんだって超絶美貌の若いエルフとヤレる御褒美イベントでこんなに思い悩まにゃなんねーんだ!

 ホント、この設定、何とかなんねーのかな……



■■■■■



 結論から言おう。


 俺はイヨに秘密の全てを明かし、彼女はその全てを信じてくれた。


 そこに至るまでには紆余曲折があり、そのためにたっぷり1日を費やしたのだが、これまで俺が彼女に手を出さなかった理由わけ、俺が魔素感知という特殊能力を持つ理由わけ、特異な重力魔法のことわり、そして何気に西と漢字表記されたコンパス方位磁針と30年前にこの世界へ転移した男の話が後押ししてくれた。



 いずれにしてもイヨは俺の話を受け入れ、死のリスクがあっても俺に抱かれるコトを選択した。

 イヨにはウイルスの概念は理解できないので、異種族の病が感染する可能性があるとだけ伝えたが、彼女自身がこれまでに見聞した他者の事例でそうしたコトがなかったためか、――性病で死ぬよりリスクは低い感じ?的なコトを言って、すんなり割り切っていたのが印象的だった。

 確かに交わう以上、性病のリスクは存在するし、それで死ぬより低確率ならいいのか……とまで俺は思えないものの、性病による死が比較的身近なこの世界、彼女の割り切りについては俺の中でもストンと腑に落ちた。


 逆に、リスクを説明するために必要だったとはいえ、ウキラにすら明かしていなかった俺の出自の秘密を明かしたこと、にウイルス感染のリスクがあるため手を出さずにガマンしていたこと(ってコトにしておいた)、この2つが俺の好感度を更に爆上げしたようだ。

 真実を全て正直に伝える必要はない。双方がハッピーであれば、多少の方便は許されて然るべきであろう。



□□□



 その夜、か細い生活魔法の光源に照らされ、潤んだ瞳を妙に艶めかしく光らせたイヨを抱きすくめつつ、俺はイヨの乙女を散らした。

 その間、彼女のしなやかな白い指は終始震えていた……

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