第64話 あるこー、あるこー、私はヘイキ―
やはりマトモに歩けていない。やっぱ旅の途中でシなくてよかったね?
それが、翌朝イヨを宿の食堂で見かけたときの最初の感想だった。
素人目には問題なく歩けているように見える。が、見る者が見れば明らかにお股を気にしながらの歩み。少なくともBランク冒険者の足捌きではない。
最初にそれに気付いたのは俺の隣で食事中のキコであった。
「責任……取って貰うわよ?」
はぃぃ?
イヨ本人からすら言われていない責任問題を、小声ながらも鋭い口調でキコが突き付けてくる。こういうウゼェ取り巻きの存在が過去どれほど美人から男達を遠ざけてきたことか……
俺は有史以来の人類の不幸に思いを馳せつつ、同じく小声で応じる。
「お前が言う責任……ってのが何なのかは分からんが、イヨを悲しませるコトはしないつもりだよ」
ドヤった俺の返答にキコは押し黙る。
そんな俺とキコのやり取りを知ってか知らずか、イヨは俺の隣――キコとは俺を挟んで反対側で朝食の固焼きパンを齧るモーリーを見据えると、今日からそこは私の指定席よ!と言わんばかりの視線を送る。
嚇たる視線を送りつつ歩み寄るイヨからの異様な圧に気付いたモーリーは、慌てて固焼きパンをキノコとベーコンのスープで流し込みつつ訊ねる。
「うん?どうしたんだい、イヨ……って、あれ?足を挫いた?歩き方オカシイよ」
「モーリー、気にしないでいいから」
そう言ってモーリーに釘を刺したのはキコであったが、それを手で制したイヨは堂々とカミングアウトする。
「昨晩、やっとライホーが抱いてくれたのよ。歩くとまだ少し違和感があるわね。やっぱり……」
ブホッ――スープが気管に入ったのか、咽込んだモーリーにイヨは更に追い打ちをかける。
「そんなわけだから、今日からライホーの隣は私の指定席よ。必ず空けておいてね?モーリー」
あぁ、強気です。イヨさん。一膜破れましたね……じゃない、一皮剥けましたね。
この調子じゃぁ、今ここにいない他のメンバーに知れ渡るのも時間の問題だな……
■■■■■
――今日は一緒に出掛けましょ?
そんなことを言ってきたイヨであるが、あんま歩いたらお股イタクならない?思わずそんな心配が過る。
が、モーリーに治癒魔法をかけてもらったからもう平気――と、イヨは事もなげに応じた。
そこら辺でハズイとかの感覚はないようだ。こっちの世界じゃそれが標準なのかな?
結局、俺はイヨと2人で外出する。
行先の希望を訊ねると、意外にも以前アケフも交えて3人で情報収集をした商業地区だそうだ。
「だってライホー、ステー……タス画面だっけ?武器とかの性能が分かるんでしょ?スゴイ掘り出し物、見つけられるんじゃない?」
そう、俺は他のメンバーにまだ明かしていないその能力もイヨには明かした。
異世界からの転移者――という、最重要機密を明かしている以上、他に隠さなければならないことなどない。
他のメンバーには俺から明かすまで秘密に……と念は押したが、他にも人や魔物の能力を数値化して見られること、使える魔法や年齢・性別まで分かることなど、イヨにはありとあらゆる秘密を明かしていたのだ。
以前も述べたが、領都コペルニクと比べ王都は店舗の品揃えが豊富なだけでなく、蚤の市的なスポットや怪しげな古物商も数多くある。
それらをコツコツと回っていれば面白い出物にも巡り合えるかもしれない。
その日から俺達は暇を見つけてはその手の店を回るようになった。
事情を知らない他の人間から見れば、最近付き合い始めたばかりの2人がとてもデートを楽しむとは思えない店を巡っているようにしか見えないし、実際そのとおりなのだが、何気に俺もイヨもそれを楽しんでいた。
そうして片手で指折り数えるには不足するほどの日数を重ねた頃、俺達はようやくソレに巡り合った。
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種 別 指輪
材 質 ミスリル6、魔核4
特殊能力 治癒魔法使用可
能力変動 知力+1
【基礎値】 【現在値】
品 質 10 10
攻 撃 0 0
防 御 0 0
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あぁ、見つけた。魔法使用可の指輪だ……
俺は心中の動揺と高揚を表に現さぬよう慎重に、そして自然体を装い古物商の店主に聞く。
「この指輪、金貨25枚だって?」
「あぁ、その値札のとおりだよ」
ツルリとした坊主頭に髭もキレイに剃り上げた卵型の顔の店主が愛想よく答える。
「魔核付きってことは何か魔法効果が付与されているんだろ?効果はなんなんだい?」
「あんちゃん、それが分かってたらこの金額じゃ売れないよ。効果によってはこの何倍もの値が付くんだからさ」
店主の言うとおりだ。
少なくとも治癒魔法と知力上昇なんて貴重な効果が付与されているなんて分かった日にゃ、最低でも金貨100枚、白金貨にして10枚はする……と思う。
超一流の魔術師が指輪に刻み込まれた極小サイズの精密な魔法陣を時間をかけて解析すれば、付与された効果を調べることは可能だが、商業ギルドを介して鑑定書まで作成するとなると、白金貨にして4、5枚は請求されるらしい。
しかも、結果として貴重な効果が付与されていなければ大赤字となるうえ、仮に付与されていても白金貨10枚前後の値付けになってしまえば、購入できる者など限られてしまう。
そのため、こうした出物のほとんどは客にとってガチャ要素満載の運ゲーとなるし、店側も鑑定などせずそこそこの値付けにしておき、判断を客側に丸投げする……のが一般的なのだが、だからこそ俺の能力が生きてくる。
「でもショッボイ効果なら金貨10枚程度になっちまうだろう?どうだい、今なら俺が金貨15枚で買うぜ?」
俺は値札の4倍もの価値がある掘り出し物を更に値切りにかかった。
「いやいやいやいや、こいつは鉄貨1枚も値引く気はないね。数年前にとある由緒正しい筋から流れてきた品なんだ。何なら今から金貨30枚に値上げしたっていいんだぜ?」
「おいおいおい、その由緒正しいってな筋から流れてきたとき、あんたはコレを幾らで買い取ったんだよ?せいぜい金貨5枚だろ?そいつを俺が15枚で買えば、あんたは金貨10枚の得、俺も値札から見れば10枚の得。互いに仲良く10枚得するじゃないか?」
「あんちゃん、そんな屁理屈が通るわけねーだろ?ダメダメ。コイツは保管場所も食わなけりゃ劣化もしないんだ。こちとらいつまで置いといたって困らないんだぜ。絶対に値は下げない……ってか、あんちゃん本当に金貨15枚も持ってるのかよ?」
「おう、即金で払うから15枚で頼むよ」
「一見さんの冒険者相手に元々ツケ払いなんて認めちゃいないよ。金貨25枚即金で!さぁ、どうすんだい?買わないなら帰った!帰った!」
□□□
その後何度か言葉の応酬を繰り広げた俺であったが、最後には空間魔法で異空間を開くと、泣く泣く白金貨2枚と金貨5枚を取り出して店主の前に置く。
冷やかしかと思っていた客がまさか本当に支払うとは……、それも冒険者風情が即金で。しかも白金貨ときたもんだ。
一瞬ギョッとした表情を浮かべた店主であったが、数瞬後にはニンマリとした糸目で俺に微笑みかける。おそらく上客認定されたのだろう。
まっ、店主にしてみれば値札どおり売り抜けたと思っているのだろうが、俺にしてみれば値切れなくても値札の4倍はすると思われる掘り出し物だ。ここで店主に華を持たせておけば、そのうち見返りも期待できるかもしれない。
――しかし、プロの商人相手に値切りなんて簡単にできるもんじゃないな。あのポンコツ神の方が余程イージーだったぜ。
が……、この掘り出しモンを見つけ出したときの興奮は癖になりそうだ。また暇を見つけてイヨと街に繰り出すとするか。
俺達は思わぬ掘り出し物に心躍らせつつ店を後にし、夕闇迫る街並みを横目に宿へと向かったのであった。
―――――筆者あとがき―――――
いつもお読みいただきありがとうございます。
物語の雰囲気を壊さぬよう、本文には書かないようにしてきたのですが、本日1万PVを達成しましたので、お目汚しで恐縮ですがその記念に。
昨年11月、1千PV達成時に近況ノートで書いたこととほぼ同じですが、フォロワーや星、ハートの数も伸びており、拙作を楽しんでいただけていること、とても嬉しく思います。読者の皆様には改めて感謝申し上げます。
「100万PV達成!」などと銘打つ名作とは比較すべくもないマイナーな物語ですが、引き続き御覧いただければ幸いです。
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