第65話 指輪
「こいつはイヨに使ってほしい」
俺は、あの治癒魔法使用可の指輪をイヨに渡す。無論、タダで……だ。
ウキラのために建てた宿屋と比べれば安いものだが、それでも白金貨で2枚半。円に換算すれば約250万円。しかも適正価格なら白金貨10枚は下らない品のはず。結構な価値の指輪だ。
「そんな……貰えないよ」
遠慮するイヨに俺は言って含める。
「治癒魔法ってのは戦闘で一番安全なポジションのヤツが使えるに限る。使い手自身が死んじまったら意味がないからな。モーリーは元々治癒魔法の使い手だし、パープルは攻撃魔法で魔力を使う。あとはイヨ……お前さんが使えるようになるのがパーティーにとっても一番いいのさ」
「でも……」
「それにこれは俺の気持ちでもあるんだ。受け取ってくれないか?」
やや強引にイヨの手を取った俺は、白魚のような彼女の指に有無を言わせずリングを填める。
「これでもうキミの物だ。俺に返すくらいなら……捨ててくれ」
本来の歌詞とはかなりシチュエーションは違うのだが、俺の脳裏にはルBーの指輪と髭面サングラス姿の寺O聰が浮かぶ。
イヨはと言えば、これ以上の抵抗は諦めたようで、指輪の知力+1の効果が効いてきたのか、思考がクリアになっていくのを感じているようだ。指輪が勝手にシナプスの可塑性をうんちゃらかんちゃらしているのだろう。
ちなみに、キリスト教が存在しないこっちの世界では、指輪に婚約だの結婚だのといった特別な意味は全くないので、悪しからず。俺だって流石に婚約指輪や結婚指輪だったら、渡す本人の目の前で値切ったりしないからな……
「どうだ、治癒魔法は?すぐに使えそうか?」
「ちょっと分からないけど、多分モーリーに教えてもらえば……大丈夫かな?」
元々空間魔法の使い手である彼女には魔法を行使する素地がある。少し意識してモーリーの治癒魔法を見ていれば近いうちに何とかなりそうだ。
そして俺が過去に行った拙い検証では、治癒魔法は時間を遡及して怪我をする前の状態に戻しているのではなく、時間を早回し――実際に時間に干渉するのではなく、細胞分裂を促進して怪我の治癒を早めていることが分かっている。多分……だけど。
イヨが魔法を行使する際にそれを意識できるよう、今度彼女に細胞の仕組みとかの前世知識を教えてみることにしよう。
■■■■■
「5日後にパーティーメンバー全員で来てもらいたい。身形は冒険者のそれで構わないが、フル装備で頼む」
伯爵家王都別邸の執事長ラトバーが河原亭を訪ねたのは、景色を錦に彩っていた楓葉が樹々に別れを告げ、大地に還らんとする冬隣の頃である。
基本、ラトバー自身が河原亭を訪れることはない。これまでも唯一、伯爵家騎士団の副団長サブリナと共に初めて訪れたのが最後である。
「フル装備ってコトは、荒事かい?」
ラトバーの科白、そしてラトバー本人が訪れたことで剣呑な空気を察したキコがパーティーを代表して訊く。
「いや、そこまでではない。他家お抱えの冒険者を相手に、当家を代表して少し試合をして欲しいだけだ」
口に出さずともメンバー全員が察した。が、例え相手が雇い主であっても、それを正直に告げる必要はない。
こちらがどこまで知っているか――それを秘匿しておくこともイザというときには大きな武器になり得る。
「試合……ねぇ。それは剣なの?魔法なの?タイマン?それとも集団戦?」
矢継ぎ早にキコが訊く。
こちらの情報は出さずとも、相手からは目いっぱい情報を引き出しておきたい。
「何戦やらされるのかも知りたいねぇ。あと、その試合に勝ったら追加報酬は出るのかい?」
俺はキコの質問に被せて訊ねた。
ラトバーが語ったところによると、この手の戦いは前衛職によるタイマンが基本だそうだ。場所は貴族街よりも更に王城に近い位置にある王家近衛部隊の練兵場。そこで場合によっては何度かの戦いを課せられるようだ。勝てば伯爵からの追加報酬も出るそうだが、額は未定。対戦相手と結果次第とのことである。
単なる貴族の暇つぶしの余興なら気楽なもんだが、ラトバーの口ぶりからは絶対に手を抜くな――という強い圧が感じられる。流石に俺達冒険者同士の勝負であまりに重要なネタが賭けられるとは思えないし、思いたくもないのだが、少なくとも厄介事であるのは間違いないようだ。
加えて、会場が王家近衛部隊の練兵場ということは、王家も噛んでいるんだろう。
貴族同士が高貴な青い血を流して争うより、冒険者の赤い血でコトが済むならそれに越したことはない……ということか。
――で、何のために戦うんだい?俺達は。
俺は核心を突いてみた。
まぁ、教えてはもらえないだろうと思ってはいたが、結果は俺が思っていた以上で、なんとラトバーですら今回の明確な目的は知らないというのだ。
「諸々のことは各家の当主の胸の内にしかない。この私ですら結果から逆算して推察するしかないのだよ。例えば、とある懸案の解決に際して特定の家に有利な裁定が下り、思い返すとそういえばあの家が勝っていたな……といった具合だ。過去には領境にある村の所有を巡る諍いの解決を委ねたこともあったようだ。いずれにしても決してお遊びではない。お主ら頼むぞ」
なるほどねぇ、確かに境界を巡る諍いってのは厄介だ。双方それなりに理があることも多く、おそらく本音では王家も片方の領主から恨みを買ってまで調停したいわけではないのだろう。
そしてこの世界では、基本的に境界付近の村なんて大した税収も得られないお荷物であることが多い。双方の領主も、豊かな領地ならまだしも、そんな寒村のために隣領と戦まではしたくない。とはいえ、多分半済なんて制度はないんだろうし、双方面子もあるため理由もなく相手に譲るわけにはいかない……ってな感じの諍いの落としどころに使われるのかもしれない。
そういや、日本でも毎年綱引きとかで県境を取り合う――みたいなイベントがあったな。あれの起源が何なのかは知らないけれど、もしかすると遥か昔は実際に村々が争って領土なり水源なりを取り合っていたのかもしれない。
そうだとすると、これはその今世バージョンなのだろう。今世の方は綱引きなんてほのぼのしたモンじゃなく、実際に俺達が身体を張って戦わなきゃなんねーんだがな……
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