第66話 トーナメント
――んで、どうするよ?
俺の問いに、珍しくアケフが真っ先に応じる。
「僕が出ますよ。前衛同士のタイマンなんでしょ?キコさんはリーダーですから」
「だねぇ。イザというときのためにもアタシはフリーでいた方がいい。すまないがアケフ、頼んだよ。それと……ないとは思うけど仮に魔法戦になるならパープル、よろしくね」
パープルは、あぁ――とだけ短く呟く。
「集団戦のときは人数に応じてアタシがその場で選ばせてもらうよ」
「で、実際のところどうなんだ、アケフ。自信の程は?」
「分かりませんよ、ライホーさん。だけれど……僕、結構強いみたいです。騎士団の皆さんがそう言ってましたから」
俺とイヨが伯爵邸の警備に駆り出され、あるいは2人で楽しく商業地区を回っていた間、アケフは時間を見つけては王家騎士団の詰所へと通い、その腕を磨いていたようだ。
その騎士団の連中が言うには、――流石は
「やっぱか。道場ではあの
「ライホー、アタシもまだアケフに後れを取るつもりはないけれど、近いうちに勝てなくなるだろうね。アタシの伸び代はもうほとんど残っちゃいないが、アケフにはまだまだありそうだからねぇ」
「だな。いずれあの
「何言っているんですか?お師匠はもう御年53なんですよ。いずれどころじゃなく、今勝てたとしても全然誇れませんから。次元が違いますよ」
ははっ、確かにな――と破顔する俺に、少し真面目な表情に戻したキコが語り掛ける。
「
何気にキコが俺をディスってくるが、確かに純粋に剣の腕だけで評価すればDランク冒険者のそれに過ぎない俺に、反駁する余地は全くない。
それでも俺は強がり交じりに答える。
「まぁ……俺もお前に全ての手札を晒しているわけじゃないんでな」
「くくっ、まだ
「あぁ、そんな機会があったらな。だが、そんなことにならないよう、パーティーの指揮を頼むぜ、キコ。信頼してるよ」
■■■■■
試合当日。
結局、俺達は戦う真の目的も知らされぬまま、依頼の内とはいえ、他領の冒険者との手合わせを強いられることになった。
前世と同レベルの情報開示を求めても詮ないことと分かってはいるものの、半世紀に渡ってそれに慣れ親しんできた俺としては何とも隔靴搔痒とした感がある。
しかし、流石に試合形式については、今日一日俺達の引率役を仰せつかったらしい伯爵家騎士団の副団長サブリナ=ダーリングから詳しく聞くことができた。
試合はラトバーが告げたとおり前衛職によるタイマン勝負になるようだ。
実際には魔法の使用が禁止されている……というわけではないが、剣の間合いで戦うこの試合、一般的には魔力を練る時間など与えらえず、当然盾役も存在しない。となれば自ずと魔法職が出場することはないんだとか。
そして試合はトーナメント方式で執り行われ、今年は全12家がエントリーしているようだが、既にトーナメント表は完成していた。残念ながら俺達の依頼主であるコペルニク家にはシード権は与えられなかったようで、優勝するためには計4戦勝ち抜かなければならない。
更にサブリナが付言するには、これは参加した全貴族家を順位付けしなければならない戦いであるため、ベスト8だのベスト4だので同列に括るわけにはいかないんだそうだ。故に途中で敗れたとて3位決定戦に限らず5位決定戦や7位決定戦、果ては11位決定戦なんてものまで求められる……とのことである。
「トーナメントの対戦表はどうやって決まったんだい?」
王家近衛部隊の練兵場内にある休憩室。
その休憩室を流用した冒険者控室の椅子に腰掛け、行儀悪く背凭れに身体を預けたまま、俺はサブリナに問う。
「公爵家と侯爵家が家格順に好きな場所を取るだけさ。あとは事務方が派閥を考慮して伯爵家を適当に当て嵌める。だから伯爵家にはシード権なんて回ってこない」
俺の態度が不満なのか、あるいは伯爵家の置かれた境遇に不満があるのか、彼女が苦虫を嚙み潰したような表情で応じると、副官が慌ててフォローする。
「確かに悔しくはありますが、その程度の優遇措置がなければそもそも公爵家など勝負に乗ってきてくれませんよ」
その言葉どおり、この戦い、負ければ公爵家であっても格下貴族の要求に応じなければならない。あまり過大なネタを要求されることはないものの、それでも他家の下風に立つことが面白いわけがない。実際、今王都に集結している貴族家の悉くがこの戦いに参加しているわけではなく、他家と交渉の必要がない家は高みの見物を決め込んでいるようだ。
お貴族様も大変だねぇ――俺はそんな心を言葉としては表さず、大きな溜息に代えて吐き出す。それを横目にサブリナはアケフに語りかける。
「そうそう言い忘れるところだった。この戦いは国王陛下も観戦される故、気張るようにな」
□□□
「どうだ、アケフとやらは。見込みはありそうか?」
急遽設えられたと思しき観覧室で寛ぐコペルニク伯爵は、背後に控える伯爵家騎士団長のスダーロ=ミヒャに問う。
「伝説の
「ほう?それほどか?」
「私は直に手合わせしておりませぬ故、確たることは申せませぬが、その評価が正しければ相当の腕前と言えますな」
「スダーロよ、その者、王家や他家に引き抜かれぬよう、当家で囲い込んでおけ」
「それは当家騎士団に迎え入れよ――との意でございましょうか?」
「その者が騎士となるを望むのであればそうせよ。されど望まぬのであれば差し当たっては我が領内の冒険者という現状維持で構わぬ……が、他家の騎士として引き抜かれるくらいなら当家の騎士としておきたいのでな」
――ところで、と伯爵は執事長ラトバーに語り掛ける。
「その後、ライホーの方は?」
「やはり監視能力は図抜けております。先日申し上げましたネズミ2匹が邸内に入り込むを阻止できたのは、彼の者の力でございます」
「流石は古城の隠し部屋を発いた力だ。我が褒めていたと伝えておけ」
「いえ……その、ライホー殿にはネズミを捕らえた旨は伝えておりませぬ。捕らえる際も帰路を尾行して背後関係を洗ったうえで屋敷外で捕らえております故、ライホー殿も気付いていないかと。なにせ当家の機密に関わること。あえて伝える必要はありますまい?」
「うむ、そうか――確かにそうだな。よき判断だ。流石はラトバーよ」
伯爵の言葉にラトバーは恭しく頭を下げる。
「ところでラトバー、ライホーはお主が仕掛けた罠を見抜いたそうだな?
「御意。加えて……私は何よりも彼の者の状況判断の的確さに瞠目いたしました」
「うん?それは?」
「その場で……つまり他の使用人が集う場で傷面が潜んでいることを指摘せず、後刻私にのみ密かに伝えにまいったのです。傷面が私の仕掛けではなく真の侵入者であった場合、その方がよろしいのでは――そう申しておりました」
「ほぅ、己が手柄を喧伝しがちな冒険者らしからぬ――我等寄りの思考ができる男のようだな」
「彼の者、やはりそれ相応の教育を受けた者と見受けられます。あの異能に加え、冒険者らしからぬ知性ある振る舞い、決して手放してよい人材ではありませぬな」
「はてさて、アケフといい、ライホーといい、当領内は人材に恵まれておる。ありがたいことだ」
伯爵は水で薄く伸ばした赤ワインを口に含み喉を潤すと、改めてラトバーに小声で告げる。
――少しライホーと会いたい。彼をここに呼んでもらおうか。
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