第67話 権力闘争

 ――はぁ?伯爵が?俺を?


 間の抜けた俺の声が冒険者控室に響く。


「ライホー、伯爵様は会いたいんだってさ。諦めてとっとと行っといで」


 憐憫の情を色濃く含んだ視線を送りつつも、自分は絶対に関わり合いたくはないとばかりにキコが言い放つ。


「俺、独りで――かよ?」

「御指名はアンタだけだからねぇ。呼ばれもしないアタシらがノコノコとついていくわけにはいかないよ。あと、伯爵様の御前で「伯爵」なんて呼び捨てにするんじゃないよ?」



□□□



「ライホー待っていたぞ」

「お待たせして申し訳ございません。お召しにより参上いたしました」


 俺は一応跪き、頭を下げる。


「お主のその振る舞い、今すぐにでも当家に仕えること能うが、如何にせん?」

「お戯れを。それよりも御用件は?」


 どんな厄介事が降ってくるか知れたものではない。無駄話は最小限に止めたい俺は、引き攣った笑みを浮かべつつ早口で伯爵に話を急かす。

 が、そんな俺の態度を、騎士団長スダーロは無礼と受け止めたのだろう。威圧感満載のオーラを込めた視線でギロリと睨みつける。何気にラトバーも渋面をつくっていた。

 一方の伯爵は、表面上は特段気にするふうでもなく、淡々と俺に告げる。


 これから申すことは他言無用ぞ。よいな――とまず念を押し、彼は声色を抑えて語り始めた。


 ――


 ――――


 ――――――


「つまり本日、王が御臨席の際、これを害さんと企む慮外者が?」

「そうだ。おそらく優勝者にお声を掛けられるときが一番無防備となろう。その場には出場者とそのパーティーの全員が集う。お主らにもお呼びがかかるであろう。そこでだ――お主には怪し気な者が王に近付いたらこれを排除してもらいたいのだ」


 なかなかハードなミッションだな。俺なんかじゃインポッシブルなんじゃねーか?んな暗殺者、俺の手には負えねぇよ……と、自信なさ気にそんなことを考えていると、伯爵は続ける。


「一時でも抑えられればそれでよい。後は王のお付きの者が何とかするであろう。最悪、我が手の者も密かに潜ませておるでの」

「王はそのことを……?」

「御存知ない」

「それは……何故で?」

「これは機微な問題だ。情報の確度も半々といったところ故、我が家の者以外には明かせぬし、我が手の者もあまり表立って動けんのだ。お主も他のメンバーには明かさずにいてもらおう。――で、やってもらえるな?」


 承知いたしました――としか言えねーぞ!こんな空気の中じゃ、端から拒否権なんてないも同然だろ?


「さればお主に一片の情報を与えよう。主に注意すべきはキセガイ公爵家とバウム侯爵家。両家とも本日の試合に冒険者を出しておる。おそらくその者らにも既に両家の息がかかっているはず。気を付けることだ」


 ふーん、なるほどねぇ。2家のうちの一方は俺も想定できたのだが、もう一方は何故なんだ?畑は同じはずだ。それでも他家が介入できる余地があるのか?こちらも手札を晒して探ってみるか……


「確か……キセガイ公爵の姉君は王家に嫁ぎ、今では第一王子と第二王子の母君であらせられますな」

「くっくっ、存じておるか」

「王都をブラついていた折、偶々仕入れたネタでございます」

「さればバウム侯爵家は?」

「しがない一冒険者ではそこまで機微なネタを仕入れることは能いませんので……」


 フッと微笑んだ伯爵は、俺にそのネタまで明かそうと語り始める。スダーロとラトバーは思わず止めに入ろうとするが、伯爵は目線で制した。


「構わぬ。伝えておいた方がこの者も動きやすかろう。実は――第二王子殿下の乳母はバウム侯爵の従妹なのだよ」


 そう来たか……。つまり、第一王子にはキセガイ公爵が、第二王子にはバウム侯爵が、それぞれバックに付いての後継争いってところだな。


 乳母ばかりはその役目柄、適期に相応の身分の適任者がいなければ、如何にキセガイ公爵家としても息のかかった者を送り込むことはできない。その間隙をバウム侯爵家に突かれたのだろう。


 伯爵が付け加えたところによると、両家の当主は爵位にこそ差はあるものの、両者ともに王国を代表する大派閥の長。当然のように普段から折り合いが悪く、常に鞘当てを繰り返している間柄らしい。


 キセガイ公爵としてみれば、実直で温厚な第一王子の方が操りやすく継承権も高い。だから、当然推してくるだろう。外戚として権力を掌中に収めるにはもってこいの機会だ。

 仮令、第二王子が勝ったとしても、自分の甥が玉座に就くことに変わりはなく、決定的な失着とまでは言えないが、才気煥発で野心家の第二王子を御するのは骨が折れるだろうし、相対的にバウム侯爵家の影響力が高まるのも面白くない。


 一方でバウム侯爵としてみれば、王国内で少しでも自家の影響力を維持するためには第二王子に取り入るほかない。王が本心では第二王子を推したいという気持ちを秘めていることも、乳母であった従妹を通じ、他家に先んじていち早く知ったのだろう。

 第二王子としても、順当ならば自分に継承権が回ってこないことは百も承知。多少のリスクがあっても自身の才幹とバウム侯爵家の後ろ盾を頼りに乾坤一擲の大勝負を仕掛けるしかない……ってところか。


「されど――それが何故、王を害することにまで繋がるので?双方共、相手方の王子なり後ろ盾の当主なりを害さんとするのなら分かるのですが……」


 俺は少し考えて、一つの仮説に辿り着く。


「まさか!王を害した罪を相手方に擦り付け、一気に王子を王位に就けんと?されど――それも些かリスクが高い気が……」


 とりとめのない思索が思わず口を突いて出てしまった。


「あっ、失礼いたしました。されば、最後にお聞かせ願いたい儀が」

「何か?」

「はっ、伯爵様は……その……第一王子と第二王子、いずれを支持なさっておられるので?」


 伯爵の眼光が鋭さを増した……気がした、なんてレベルではない。間違いなく増している。俺は踏み込み過ぎた自身の発言を今更ながら後悔したが、伯爵から浴びせられたのは怒声ではなく、静かで、深く、そして柔らかな、それでいて少し冷ややかな拒絶の科白であった。


「それを知る……ということは、我に絶対の忠誠を捧げることと同義だ。だが今のお主にそこまでの覚悟はあるまい?なれば知らぬ方がよい。――さて、もう下がってよいぞ」


 伯爵はピシャリと話を打ち切り、俺に退室を求めた。

 背に嫌な汗が流れるのを感じつつ速やかに退室した俺は、パーティーメンバーの控室に戻る道すがら思わずボヤく。


 ――はぁ、しかし厄介事でしかねーな。俺みたいなオッサンを王家の後継者争いに巻き込むなよなぁ。あぁ、どうすんべぇ……



□□□



 ――あそこまで明かしてしまって、よろしかったので?


 ラトバーは伯爵に訊く。


「構わぬ。ライホーの最後の問いにさえ答えねば何も問題はあるまい?」

「それは仰るとおりでございますが、ライホー殿は両殿下間の確執、そしてキセガイ公爵家との関係に至るまで独自に掴んでおり申したが……」

「あぁ、我等貴族の金を湯水のように使い、王都で現を抜かすだけの冒険者が多い中、我が家が雇った者は独自に情報を集め、あるいは王家騎士団で己を磨き――と、頼もしい限りだな」


 微笑を浮かべた伯爵であったが、すぐにその笑みを消して表情を引き締めると、改めてラトバーに語り掛ける。


「で、傷面の方は?」

「万事、順調でございます。既に両家は我が方の思うがままに動いておりまする」

「妹の方は?」

「そちらも抜かりなく……」

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