第68話 コロッセオ

 コロッセオ。


 前世でそう呼ばれていた建造物の観覧席は、確か4階層まであったはずだ。


 今世のそれは王家近衛部隊の練兵場ということもあり、元々広く民衆に解放することなど想定していないのだろう。

 観覧席は2階層までしか存在せず、前世ほどの広がりは感じられない。前世のものは写真で見ただけなので確たることは言えないが、建物の規模としてはおそらく半分程度だと思われる。無論、秘密の地下闘技場がある……なんて中2チックな浪漫溢れる設定もないようだ。


 2階層の観覧席には一定の間隔で間仕切りの壁が設けられ、簡易的な屋根を架けて陽光を遮り、背後も塞げば即席の個室としても使用できるようになっていた。

 俺が先程呼び出された伯爵の観覧室もそのようにして設えられており、貴族やそれに連なる者達が観覧する際は、簡素ではあるが調度品まで持ち込まれ、都度それなりの部屋として仕立てられるようだ。


 だが、それが王家ともなると話は別で、最も見晴らしのいい場所に備え付けの観覧室が常設されている。

 伯爵の頼み命令で王の周囲を探っている俺の魔素察知によると、今は10人程がその部屋にいるようで、距離があるため詳細を視認することは困難だが、先程から引っ切りなしに人が出入りしている。どうやら貴族連中が挨拶に出向いているようだ。

 王の傍らには護衛も付いているだろうから、今は然程心配することはない……ってか、仮に俺のような不審者が王を助けに向かっても途中で制止されるのがオチだ。



□□□



 旧王都の領域の奥深く、貴族街よりも更に王城に寄った位置。

 そこに突如として現れるこの練兵場は、伯爵家以上の上級貴族が寄った自慢の冒険者達が鎬を削る晴れ舞台。無論、晴れ舞台なんて言い方は、貴族連中から見た一方的な視点に過ぎないが――。

 アケフは自ら申し出たこととは言え、そんな晴れ舞台で俺達ハイロードを代表して他家の冒険者と戦わなければならない。


 会場の方に目を遣ると、まるで土俵のように土を押し固め、50cm程嵩上げした一辺約20mの正方形が築かれている。その四隅には高さ2m程度の柱が立ち、正方形の周囲を上下2本のロープで囲っている。それはまるでプロレスのリングのようだった。

 サブリナが言うには、ロープの外に全身が出ると負けになるそうで、ほかにも、審判から命の危険があるとして試合を止められても負け、当然ながら自ら負けを認めても負け、逆に負けを認められない状態になっても負けらしい。気絶したり……死んだりとかが該当するようだ。


 試合に用いられる得物は刃引きをしたナマクラではあるものの、鋼の塊。下手をしなくても命に関わる。


 気を付けろよ――俺はそう言うと、アケフの肩をポンッと叩いて彼を送り出す。


 前世では俺みたいなオッサンが女性にこれをやるとセクハラ事案にされてしまうが、こっちでは全く問題にならない。逆に、前世に引っ張られすぎて男女問わずボディータッチをほとんどしなかった俺は、愛想のないヤツ……と当初は怪訝な目で見られたくらいだ。


 解せぬ……



□□□



 ――にしても、あんな場まで設えて、近衛の連中も御苦労なこった。そう毒づいた俺に、サブリナが応じる。


「王家の近衛兵がそんな雑務をするものか。そもそもこの試合は貴族家の都合で行われるもの。王家は軒先を貸すだけさ」

「ってことは、あの試合場は?」

「毎回、貴族家が分担して造作するんだ。資金を出したり、人夫を出したりしてね。幸いなことに今回は造作を申し出てくれた奇特な家があったから、お鉢は回ってこなかったがね……」



■■■■■



 1回戦はワンサイドゲームであった。


 アケフは対戦相手の剣を自身のそれに触れさせることすら許さず、体捌きだけで全ての攻撃を躱してみせた。太刀筋は完全に見切っている。

 彼は他領の冒険者のレベルを探ろうとしているようだったが、彼は彼自身が思っている以上に強いのだ。


 アケフには対戦相手をいたぶる趣味はない。

 相手の男の力量を測り終えたと判断した彼は、男がヤケクソ気味に放った突きを半身になって躱すと、目の前に差し出された男の籠手を剣の腹で打つ。

 圧倒的な力量差を示された上、籠手を強打され剣を取り落とした男にそれ以上できることはなかった。男は素直に負けを認めた。



 ――なんか、圧勝だったな?


 他人のステータスを見ることはできても、その真の強さまで測ることができない俺は、仕方なくキコに訊ねる。


「アケフに負けた相手って、前衛の冒険者としてはどのくらいのランクなんだ?」


 アンタよりは圧倒的に強いわね――そう言って悪戯っぽくクスッと笑ったキコは、ゴメン、真面目に答えるね、と言葉を継ぎ、多分Bランクの中から下ってところだと思う――そう教えてくれた。


 流石はアケフだ。Cランクであるにも関わらずBランクを相手に完勝……だもんな。


「だが、相手だって伯爵家に雇われているんだろ?俺達にはキコやアケフがいるからBランクパーティーでも問題ないんだろうけど、余所の伯爵家もBランクを雇い入れるもんなのかい?どうせならAランクパーティーを雇えばいいのに……」

「剣の腕はDランク程度でも、伯爵に気に入られて屋敷に出入りしているCランク冒険者だっているでしょ?誰かさんみたいにさ」


 ――をぃ?


 思わず顰面をした俺を見て、キコは半分笑いながらフォローを入れる。


「まぁそんなレアケースは置くにしても、それを言ったらウチの領だってそうでしょ?Aランクパーティーは2組もいるのに、皆出払っちゃってて、アタシらにお鉢が回ってきたんだから」

「そのってのは、まさか……」


 俺の脳裏にリグダスのしたり顔が浮かんだ。あのギルドの緊急依頼で知り合った領都コペルニクのAランクパーティー「ローリングスターズ」のリーダーだ。


「そうよ。アタシもついさっき気付いたんだけれど、状況証拠から見てあの時期は領都を離れていたようね。多分、彼らは以前、この依頼を受けたことがあったんでしょ?Aランクともなれば金には困らないんだし、いくら条件のいい依頼でも、貴族の権力闘争で命を張らされるのは御免だ……ってところかな。まして初戦で負けでもしたら何を言われるか分かったものじゃないから。アタシだって次からは遠慮したいねぇ。3年後には別の売り出し中のパーティーも現れているだろうから、そのときはそのコらに任せましょ?」

「ってコトは、他領でも同じように高ランクパーティーがこの依頼を避けた結果、あのレベルの剣士しか……ってことか?」

「だと思うよ。まぁ、公爵家や侯爵家ともなれば、お抱えのAランクパーティーもいるでしょうから、それなりの腕前のが出てくるんじゃないかな?そういう意味ではやっぱこの試合、公爵家や侯爵家が有利になるようにできているみたいね」




―――――筆者あとがき―――――


 1話目を投稿してから半年以上かけて1万PVを達成し、その御報告をしたのはほんの半月前。キリよく64話目のことでした。

 もし将来10万PVを達成できたら、またあとがきを書こう。次は256話目がいいなぁ――なんて、そのときは呑気にそんなことを考えていました。

 まさかそこから僅か4話、68話目で10万PV達成を御報告できるとは夢にも思いませんでした。

 PV急増という環境の激変に多少戸惑ってはおりますが、この間の読者の皆様からの多大なる御支援、御声援、本当にありがとうございます。深く感謝申し上げます。


 夢は大きく、次は100万PV……といきたいところですが、100里を行く者は90を半ばとす――という言葉があります。

 これを100万に置き換えれば90万でようやく半ばに達します。先はまだまだ遠そうですが、皆様からの御支援を受け、ライホーと同じくコツコツと歩みを進めたいと思います。

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