第69話 お師匠の狙い

 2回戦。


「あれはやり難い相手ね……」

「素人染みた剣筋も逆に厄介だな。えらく読みにくいぞ」


 キコの囁くような呟きに、イギーも低い声色で被せる。


 俺とイギーの中間くらいの上背に長い手足。鍛え込まれた体幹からくるブレのない堅実な動き。それでいて、まるで軽業師の如く跳ね回る2回戦の相手は、剣の腕こそ高くはないものの、その体格に見合わぬトリッキーな動きで敵を翻弄するタイプのようだ。


 所謂、初見殺し。

 普通ならばその動きに眼が慣れるまでの間に仕留められてしまう。そんな敵の攻撃を躱しつつ、動きに眼を慣らすのと並行して、対抗策まで考えなければならない。

 これが決勝戦まで進んでいる頃ならば、それなりに対戦相手の情報も集まるので、予めトリッキーな動きを想定した戦い方を組み立てられるのだろうが、2回戦のほぼ初見に近い状態ではなかなか対処が困難な難敵だと言える。


 イヨとイギーが心配そうに見つめる中、運が悪かったな――俺はそう思った。無論、アケフの対戦相手に対してである。

 と言うのも、この程度の敵にアケフが後れを取ることなどあり得ない、俺はそのことを痛いほど知っているのだから――



□□□



 ――あの動きは俺だ。


 正確には、お師匠のところで密かにアケフと戦っているときの俺だ。


 以前の俺は、重力魔法で相手のみならず自分自身の重量も操れることをお師匠やアケフにさえ隠していたが、ある時期から彼ら……とパープルだけにはそれを明かしていた。

 それは、そうしなければ最早アケフに勝つことができなくなってきたこともあったのだが、お師匠やアケフが俺を売ることはないだろう、そして彼等にならば売られたとて後悔はない――そこまで彼らのことを好ましく思うと同時に、信頼を深めていた頃だったと思う。



 重力魔法で身軽になった俺は、通常の肉体では想定し得ないほどに軽快に宙を舞い、それでいてインパクトの瞬間には鋼レベルまで重くした木刀で斬り付ける。加えてちょいちょいアケフにも重力魔法を放ってバランスを崩す。

 俺とアケフはそんな稽古を日々繰り返していた。


 無論、俺程度の剣の腕では、魔力を出し惜しみせずに使ってようやく互角。

 そのため、魔力的に1日1戦熟すのが精々だったが、日に日に俺のトリッキーな動きに対応してくるアケフを相手にしていると、負けじと俺も新たな動きを工夫したり、魔法を放つタイミングにフェイントを入れてみたりと、常に新しい戦い方を考えることを強いられ、正統派の戦い方からはどんどん離れていったものの、強さ自体は随分と向上した。



 今、アケフは俺との戦いを想起しているだろう。

 もしかすると彼は少し物足りなさを感じているかもしれない。なにせアケフは今の相手以上にトリッキーな相手と日々修練に励んできたのだから……



□□□



「俺みたいなのと戦ってたら、アケフの調子が狂っちまうんじゃないのか?」


 あるとき俺はお師匠に訊ねたことがある。


「ふん、お主のような未熟者は余計なことを気にする必要はない。儂が必要と判断してやらせておる」


 す・い・ま・せ・ん・ね・ー、お師匠のような達人に習ったにも関わらず未熟者のママで!多少不貞腐れた感を露にした俺にお師匠は諭すように言う。


「いいか、ライホーよ、アケフはこの先、儂のように剣の基本に忠実な達人だけを相手にすればいいわけではない。剣筋の読みにくい未熟者や曲者、あるいは魔物を含む人外の動きをするモノを相手取る必要もあるのじゃ」


 ――するってーと、俺は……


「そうじゃ。お主のその読みにくい剣筋と魔物のような人外の動きは、アケフにとって最良の相手じゃ。真の強者との戦い方は儂が伝授するわ。されど、お主のような変わり種を相手にしても惑わぬ柔軟性をアケフは養わねばならぬ。それでこそアケフは我の剣を継ぐことが能おう」


 俺に対して何気に失礼なことを宣ったお師匠であったが、一転してしんみりとした口調で言葉を継ぐ。


「それにしても――お主がいてくれて本当に助かったわい。流石の儂もお主のような奇妙な動きは真似できぬからの。お主の指導料をタダにしても元は取れたようじゃな」


 お師匠よぅ?こういう鼻の奥が思わずスンっとくるような湿っぽいコメントを突然ブッ込んでくんなよな!こちとら元育成ゲーマーにして名伯楽だったんだぞ?アケフみたいな名馬の成長に関われることは嬉しくて仕方がないんだからな。


 俺はニマニマとするお師匠を前に、思わず目頭が熱くなるのを必死で堪えたのであった。



□□□



 さて、試合の方に戻ろう。


 俺の感覚的には30秒程。

 相手の不規則な動きを注意深く観察しつつ上手くいなしていたアケフは、やおら足を踏み出すと流れるような足取りで滑らかに移動する。そして、相手の横に付き、そのまま相手の首筋に剣を添える。


 それで勝負は呆気なくついた。


 2回戦の相手は、呆然として剣を地に置いた。降参の合図である。

 が、アケフはそこで油断することなく、審判がアケフの勝利を宣告するまで相手の動きを注視し、いつでも動き出せる態勢を整えていた。所謂、残心ってヤツだろう。

 ぶっちゃけそこまでする必要はない相手だと思うのだが、一瞬の油断で勝負がひっくり返ることは間々ある。結果としてその注意が不要であったとしても、剣士としてのアケフはそれを蔑ろにすることはなかった。



 ――ふぅ、やり難い相手だったけど、ライホーさんと比べれば……って、あのヒトと比べちゃ流石に気の毒かな?お師匠ですらあの人の異常性には驚いているくらいなんだし。重力?魔法ってのも厄介だけれど、あのおサイフ魔法の使い方ときたら……ねぇ。空間魔法をあんな使い方する人なんて初めて見たもの。



■■■■■



 準決勝。

 侯爵家が雇う冒険者ともなると、正統派の、本当に手強い相手がアケフの前に立ちはだかる。


「強いよ、ヤツは。アタシやアケフと同じくらいにはデキるね」


 相手の強さを感じ取ったキコは、俺に語りかける。

 剣の腕など測りようがない俺であっても、相手の尋常ならざる雰囲気は感じ取ることができた。


 が、アケフはそんな相手と真正面から対峙しつつ、苦戦しながらも紙一重で退けた。

 1回戦、2回戦と短時間で制してきたアケフであったが、この準決勝はおそらく5分以上はかかっていたと思う。疲労は激しかったと思うが、負傷しなかったのは幸いである。

 このトーナメント、全試合が終了するまでは治癒魔法で怪我を癒すことが禁じられているのだ。止血などの応急措置は認められるが、魔法で癒した時点で失格となる。この辺のルールもシード権を得やすく試合数が少なくてすむ公爵家や侯爵家が有利になるようにできているようだ。

 いずれにしてもアケフは無傷で決勝にまで駒を進めた。


 なお、俺程度の腕前や眼力では、準決勝の両者の攻防を詳細に解説することはできないので悪しからず。

 キコに言わせると、アケフのあのフェイントは痺れたねぇーとか、アケフ相手にあそこであの斬り返しができるんか!流石はAランクだ!とか、見る者が見れば随分と高度な攻防が繰り広げられていたようだったが、俺はスゲェ……スゲェ……と呟いていただけだったんだから。


 なお、キコ曰く、対戦相手は前の試合で右肩を痛めていたそうだ。どうも動きが不自然だったから間違いないそうだが、俺にはどこが不自然だったのかも理解できなかった。

 ただ、一つ言えることは、そんな状態でもあのアケフを相手にあそこまでの戦いができるということだ。


 流石にここまで勝ち進むと楽に勝たせてくれるような相手はいないようだ。

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