第61話 グラディエーター

「要はグラディエーター剣奴ってことか?」

「まぁ有体に言えばそうね」


 キコの口から救いようのない答えが吐き出される。

 どうやら貴族連中は権力闘争の最中であっても、各家が寄った自慢の冒険者を闘わせて楽しむことが常のようだ。勝った負けたの爽快感とは別に、ときには権力闘争を解決するための道具賭け事としても使われるらしい。


「態々冒険者俺達を使わなくても、お強い子飼いの騎士団や親衛隊がいるだろう?」

「それじぁお家に近過ぎるんだよ。自分トコの騎士団が負けたりすれば貴族としての面子に関わるからね。だからただの冒険者でそれの代用をするんだってさ」

「まぁボク達なら負けても表向きは家名に傷が付くわけじゃないからね」


 ――これじゃ競走馬や闘犬、闘牛と同じか……いや、もう少しマイルドな表現をすれば、プロスポーツチームのオーナーにとっての選手と同じなんだろう。



 職に貴賎なし――


 前世に存在したそんな言葉を突き詰めていくと、サーカスのピエロであろうが、メジャーリーグのMVP選手であろうが、将棋の名人であろうが、オリンピック連覇のフィギュアスケーターであろうが、収入の多寡はあれどそれらの職の本質は大衆の見世物という点で一括りにされる。

 更に付言すれば、そうした大衆の見世物であろうが、ブルーカラーの作業員であろうが、ホワイトカラーの会社員であろうが、そこに貴賎はない……ってのが前世における建前であった。意外かもしれないが、俺はこの建前を気に入っていた。

 建前ってのは強者に対抗するための弱者の盾だ……的なことを言っていたヤツがいた気がするが、誰だったのかはどうにも思い出せない。


 それは兎も角、よく公実きみざねには言って含めたものだ。父さんはお前が将来どんな職に就こうと構わない。ただ――違法なことはしないこと、そしてしっかりと家族を養えるだけの収入があること、それだけはクリアしておけよ……と。

 こちらの世界とあちらの世界の時間軸が同じか否かは不明だが、仮に同じだとすれば公実きみざねもそろっと大学を卒業する年だ。ヤツはどんな職に就くんだろうか?思わず寂寥感を覚えて涙腺が緩む。そんな俺を不思議そうに見詰めていたイヨが、どうしたの?ライホー?と訊ねてきた。


 ――いやぁ、何でもないさ。


 俺にしては不自然で不細工過ぎる返答であったが、イヨはそれ以上深く訊いてくることはなかった。



□□□



「話は分かった。要は俺らはコペルニク伯爵の持ち駒なんだな?」

「多分そうなんだろうね。流石に死に直結するほどの危険に曝される可能性は低いだろうけど、望まぬ戦闘を強いられる可能性は高い。皆、実戦感覚を鈍らさないようにね!」


 まぁ、どんな役割であっても仕事は仕事。やるだけさ。


 ――で、そっちはどうだったんだい?


 そんなキコの問い掛けを受け、俺はチームを代表して答える。

 イヨとアケフと俺の3人の中では、何とはなしに俺はチームリーダーとしての扱いを受けていた。

 冒険者ランクであればイヨは領内最年少でBランクになったほどだし、腕っぷしの強さであればアケフが圧倒的に上なのだが、リーダーは誰かと問われれば……俺、であることはイヨやアケフは勿論、キコ達も極自然にそう認識していた。


 ――今、王都に有力貴族が集まりつつある。3年に1度らしいが、奴ら王国の方針を決めがてら権力闘争にも勤しむんだってよ。んで、もしかすると今年はそれに王家の後継争いが絡むかもしれないってさ。


 俺は昼食時に仕入れた情報を端的にまとめて報告する。


「そりゃまたなんとも……後継者争いとはね」

「あぁ、第一王子と第二王子が争っているらしいぜ。んで厄介なのは、王が理性では第一王子を推すべきと分かっているのに、感情的には第二王子を推したいと考えているってことだな」

「その情報――出どころは?」

「そこそこ裕福な王都民が集う飯屋さ。そこにいた王都の商人連中に潤滑油エールを差して聞き出した。なかなか事情通な連中っぽかったんで、民衆レベルの噂としてはそれなりに確度は高いと思うぜ」

「ありがと。伯爵が数年に一度王都に行っていたのはそういうことだったんだね」

「多分な。ところで伯爵はどっち派なんだろうな?」

「どっち派って?」


 俺とキコの会話にイヨが割り込む。


「あぁ、伯爵は第一王子推しか?第二王子推しか?ってことだよ」


 推しなんて言葉、こんな殺伐とした状況で使いたくはなかったな……なんて前世の記憶を起想して嘆いていると、キコが俺の問いに答える。


「伯爵の理性的な一面が勝れば第一王子だろうし、野心家の側面が勝れば第二王子なんだろうね」


 えっ?それって何も分からない……って言ってるのと同義だよね?



■■■■■



 更に半月、王都に来てから1か月が経過していた。

 夏の盛りは既に峠を越しているものの、秋の気配が漂い始める……と言うにはまだ少しだけ早い頃である。


 俺達はこの間に一度だけ、伯爵家からの使者を河原亭に迎えていた。

 意外にもそれは騎士団の副団長サブリナ=ダーリングと伯爵家の王都別邸で執事長を務める男であった。二人は身分を謀るための軽い変装を施してはいたが、見る者が見れば明らかにただの平民ではないオーラを纏っていた。


 その執事長が俺達に指示した任務は、何とも怪しげなものであった。


「6日後の……昼過ぎで構わないが、ライホー殿は屋敷まで来てもらおう」

「うん?そりゃ俺だけってコトかい?」


 驚いた俺は思わず執事長に訊く――が、彼は少し考えた後に方針を転換した。


「いや、それよりも……そちらのエルフ嬢にも同行してもらおうか。あくまでも伯爵家から招かれた客人のテイを装ってもらいたい」

「そりゃ構わんが、俺達じゃ冒険者感丸出しだがそこはいいのか?」

「衣類はこの宿を通じて新たに調達するがいい。そこそこ裕福でそこそこの礼儀と学を備え、貴族家に出入りしても不自然じゃない程度に繕うようにな」


 ――で、俺達の仕事ってのは?そう訊きかけた俺の横からキコが割り込む。


「アタシらはお留守番なのかい?ヤバそうな匂いがプンプンする話だねぇ。念のためアタシらも同伴させてもらえるか?」

「すまないがお主らには控えてもらおう」

「それは何故だい?アタシは痩せても枯れてもこのパーティーのリーダーを張ってるんだ。依頼内容も聞かずヤバい話にメンバーを送り出すわけにいかないんでね」


 キコは譲る心算はないようだ。暫し睨み合った両者であったが、ここは執事長が譲歩した。


「では……お主とライホー殿だけでよければあらかじめ教えよう。だが他の者には遠慮願いたい」


 その科白を聞き、キコは俺とイヨを残して人払いをする。


「イヨはライホーに同行させるんだろう?ならあらかじめこの娘にも聞いていてもらうよ」

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