第60話 暗雲
王都に来て半月近くが経過した。
冒険者ギルドにはコペルニクのギルマス、マールズからの手紙を届け、その2日後には呼び出しを受けて王都のギルマスとも面会した。
――便宜を図ってくれる……ってことはないが、少なくとも余所モンでも居心地が悪くない程度には配慮してくれるだろうよ。
マールズのそんな言葉はどうやら控えめ過ぎたようで、王都のギルマスからは前途有望な若手パーティーには便宜を図るとの言葉をかけられ、心身共に非常に逞しそうなベテラン受付嬢?まで俺達の専属として付けてくれた。
いや、あっちにいる可憐で細身の若い受付嬢がよかったんだが……とかなんとか思っていたら、何故かイヨが俺を睨みつけていた。
話が逸れた。
お師匠から預かった王家の騎士団長への手紙も既に騎士団の詰所に届けてある。
アポも取らずにいきなり訪ねてきた冒険者風情の俺とアケフに団員達の対応は冷ややかであった。が、お師匠の名前を出し、その手紙を渡した途端、彼らの態度は豹変した。
詰所にいた半数超の団員にはお師匠の勇名は既知の事実らしく、やはりお師匠はスゴイ人だったんだと認識を新たにしたものである。
そうして最後に残った案件は王都の情勢把握である。
俺達は伯爵家からの依頼で王都入りしているが、そもそも伯爵が何の目的で王都に来たのか、その理由すら知らされていない。
キコですら、数年に一度の頻度で伯爵が王都入りしているらしいことは知っていたが、それ以上の事情には疎いようだ。
王都までの旅路でサブリナにも訊ねてみたが、機密上教えられることではないらしく、お主らは知る必要はない。我らの指示に従って動いていればよい――そんな感じの返答であった。
この世界では俺達のような庶民に機微な情報が入ってくることはあり得ないが、雇用主からの一面的な情報だけを鵜吞みにしているのは危険である。正確か否かは別にしても、独自に情報を集め、比較分析し、自分達の判断の材料としなければならない。
俺達は二手に分かれると、王都を散策がてら積極的に情報を収集することにした。
俺はイヨとアケフの3人でチームを組み、商業地区を中心に店を冷やかす。
領都コペルニクと比べると王都の店舗は品揃えが豊富で、特にステータス画面で武具などの性能を解析することができる俺にとっては見ていて飽きることがなかった。
こうして王都の景気や物価を探り、更には店員や他の客と他愛の無い会話を交わしつつ半日ほど歩き回った俺達は、流石に軽い疲労を覚え、そこそこ裕福な王都民が集いそうな食事処で一休みすることにした。
基本的に昼食という風習は定着していないこの世界であるが、王都クラスともなると庶民であっても富裕層はこうした店舗で軽食を摂ることは自然であるようだ。
とりあえずで頼んだエールを呷りながら食事を選ぼうとメニューに目を遣っていると、隣席のオヤジ達の噂話が聞こえてきた。
――そろそろ各地の領主が集まりだしたな。もう3年も経つのか……
――先週のはコペルニクの領主様らしいぞ。
――あそこは王国の西の果てだからな。早めに王都入りしたんだろうよ。
――暫く王都も騒がしくなるな。貴族特需で景気がいいのはありがたいが、変な揉め事だけは勘弁してもらいたいねぇ。
――前回は平穏無事だったが、その前のときは酷かったからな。お貴族様の政争に俺達庶民を巻き込まないでもらいたいぜ。
王都の商売人の情報交換を兼ねたワーキングランチといったところだろう。思わず俺は隣席から口を挟む。
「突然すまない。俺達は少し前に王都に来たばかりなんだが、近々何かあるのか?」
俺はそう訊ねつつも彼らの口がよく回るよう、店員に彼ら用の
――3年に一度、王家と上級貴族の連中が集って国の大まかな方針やら何やらを決めるんだよ。
――で、どっちが序でなのかは分からんが、それに合わせて水面下で権力闘争も行われるってわけだ。
――6年前んときゃ、敗れた侯爵様が自棄になって敵対する貴族家の屋敷を襲撃したってんで大騒ぎさ。
――まぁ、最後にゃ取り押さえられてお家は取り潰し、本人は幽閉されたってな噂だがな。
――その侯爵家お抱えの商家も巻き込まれちまって哀れなモンだったな。あそこの娘、借金のカタで今も娼館にいるらしいじゃないか?
――商家って言えば、別の商家の大旦那に聞いたんだが、今回は王家の後継指名があるって専らの噂だぜ。
――おいおい、後継って……王様はどちらの王子を選ぶつもりだよ?まさか第二王子ってこたぁないよな?
――さぁな。順当に第一王子が継いでくれれば波風立たないんだろうが、こればっかりはどうなるかねぇ。
その後、彼らにもう一杯
それでも王が第一王子を明確に支持していれば問題はない。実際に王は第一王子を遠ざけているわけではなく、むしろ多くの機会を与えて経験を積ませ、政では重用しているらしい。
が、それでも王が真に可愛がり、世継にしたいのは第二王子……との噂が専らなんだそうだ。
王の立場としては第一王子、親の立場としては第二王子といったところなんだろう。
「畑は同じなのかい?」
そんな俺の問いに答えたのは、隙なく丁寧に整えられた口髭とロマンスグレーの豊かな髪を持つ50がらみの男である。
「畑?……あぁ、同じだ。が、畑って言い方はよせ。衛兵に聞かれたら不敬罪でしょっ引かれるぞ」
「スマン。次からは気を付けるよ。ところで他の後継者は?」
「他にもいるが、まぁその2人が本命さ。なんたって彼らの畑は正妻だからな」
そう言うと、彼はニヤリと笑った。
その後、俺達は軽めの食事を注文すると、彼らの話に耳を傾けつつ胃袋にエールと共に王都の上等な料理を流し込み、彼らが席を立って暫くしてから店を後にしたのだった。
□□□
その後も街をぶらついた俺達が河原亭に帰ったのは夕方近くのことであった。
既にキコ達4人は入浴も済ませ部屋で寛いでいた。
――ライホー達も先に風呂に浸かっておいでよ。食事はそのあとにしよう。ウマイものでも食べながらゆっくりと情報の擦り合わせをすればいいさ。
キコのその言葉に甘え、先に入浴を済ませた俺達は、パーティーメンバー7人で連れ立って宿の食事処の貸し切り個室へと入る。
そこでキコ達のチームから齎された情報は、俺達にとってあまり気持ちがいいものではなかった。
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