第59話 旧市街

 貴族街は王都内に数か所存在する専用の門の先にある。

 門には出入りを管理するための守衛所が併設され、そこに屯する衛兵に先程受領した白金貨1枚分の価値がある身分証を提示しなければならない。


 いかにも貴族然としたサブリナやその副官である騎士2人はすんなりと、俺達は衛兵からの胡乱気な視線を浴びながら、門の先へと足を踏み入れる。


「なかなか無遠慮な視線だったね。ボク達、入ってよかったのかな?」


 モーリーが僅かに強張った声色で囁く。

 多分、貴族街に冒険者風情を招き入れる貴族は少ないのだろう。

 伯爵の思惑が那辺にあるのかは不明だが、所詮俺達は雇われの身である。契約の範囲内においては雇用主の意向に従うしかない。



 門の先は旧市街であるらしい。

 旧市街には王城を中心として行政機関や治安機関等の政府施設が建ち並び、その周辺を貴族街が取り囲む。更にその外周部は旧市街が王都の全域であった時代の平民街であり、今は王城や貴族家に仕える者、あるいは行政や治安を担う者など上級国民の宿舎になっている。

 そしてここまでが拡張される以前の旧王都の範囲、そこから先は新市街の領域であり、両者の境界には内外を隔てる壁が存在していた。

 無論、平民が許可なく旧市街の壁内に入ることは許されず、衛兵に拘束されれば基本死罪。俺達のように許可を得ている者であっても、身分証不携帯で拘束されると王都外への追放となるらしいので、注意するようサブリナからは申し渡されている。


 さて、この旧王都時代の平民街は都市計画もないまま雑然と拡張されていたらしく、曲がりくねった細い道は馬車がすれ違うのにも苦労する程度の幅しかない。おそらく当時は膨張を続ける王都民を壁内に収容するため、相当の無理を重ねたのだろう。

 そして今ではそうした構造自体が敵兵の侵入を防ぐ防衛機能を担っているようで、一朝事あるときはこの上級国民用の宿舎街が王城を守る最終防衛線になると思われるが、日常生活を送るうえでは不便極まりない。


 その不便な道を1km程進んだところで急に視界が拓けた。どうやら貴族街に入ったようだ。

 流石に貴族街は道路や街並みが整えられ、見るに堪える光景が広がっている。


「ここが伯爵邸だ」


 貴族街に入って暫く進んだところで唐突にサブリナが言う。


「場所は覚えたか?分からなければ改めて確認しておくように」


 どうやら彼女は俺達の復習に付き合ってくれる気はないようだ。


「……で、お主らの宿だが、先程の守衛所を出た先に「河原亭」という名の宿屋がある。守衛所で訊けば教えてもらえよう。その宿で身分証を提示してお主らのパーティー名を告げれば、宿代は伯爵家に請求されるように申し付けてある。あとのことは然るべく」


 承知しました――とキコが応じたところに、副官の騎士がサブリナに耳打ちする。


「あぁ、忘れていた。お主らに用があるときは概ね3日前までには使いの者を遣るので、その者の指示に従うように。それと数か月先になるが、領都に帰還する際は遅くとも10日前までには知らせる故、あとは好きに過ごしてもらって構わない。当家の指示を熟すために必要な物品があれば宿の者を通して購入せよ。請求は宿代と同じく当家で持つ。私からは以上だ」


 サブリナが言い終えると、先程耳打ちした副官が慌てて補足する。


「暫し――私からも少し。お主らにはおそらく何度か用事を申し付けることになる。王都の外に出ても構わぬが、少なくとも2日に1度は宿に戻って当家からの指示があるか確認するように」



■■■■■



「伯爵家からの指示の頻度や内容にもよるけれど、それなりに余裕はありそうだね」

「だな。んで、明日からどうするよ?」


 モーリーの言を引き取った俺は、キコに訊ねる。


「そこら辺は宿の夕食時にゆっくりと考えようよ。皆も各自の考えをまとめておいて」

「あぁ、分かった」

「ところで河原亭はまだ先なの?ライホー?」


 旧市街から出る際、入ったときと同様に衛兵達からの胡乱気な視線を受けつつも、その中のでっぷりと肥えた上席らしき人物に俺が訊ねたところ、河原亭は守衛所から続く川沿いの道をまっすぐ下った先にあり、その距離は守衛所から貴族街までと同程度とのことであった。

 ってことは、約1kmだろう。もうそろっと着くんじゃないかな?そんな答えをイヨに返したとき、領都コペルニクと王都パルティオンを結ぶ大河オータラン、その大河に注ぐ支流沿いに上品な佇まいの宿が現れた。


「これは……また随分と……」


 珍しくイギーがそんな声を上げるほど「でもお高いんでしょう?」と言いたくなるような高級宿である。ただ、華美で豪奢というよりは、しっとりと落ち着き上品な高級感を醸し出した俺好みの建物であったので、その点は好感が持てる。


「まぁ伯爵家が提供する宿だからねぇ。甘えておけばいいよ」

「だけどキコ、これだけの宿となると伯爵家からどんな仕事を押し付けられるのか不安だよ。ボクは」

「だね。ある程度の無茶振りは受けなきゃならなそうね」



□□□



 宿の夕食はパーティーメンバーのみの貸し切り個室で提供された。

 一般的な冒険者が利用する宿には食事用の個室などなく、食事処は基本オープンスペースになっているが、このレベルの宿に泊まる客ともなれば他人に聞かれたくない機密な会話の一つや二つはあるだろう。故に個室が配備されていることも頷ける。

 まぁ、俺達もそのうち伯爵家からの指示があればそれ絡みの会話もしなければならないので、保秘の観点からもこの方が伯爵家としても安心だわな。


 さて、そんな上等な個室で今晩俺達が話し合っているのは、明日からどうする~?ってなレベルの内容である。

 部屋のランクの割に随分とアレな会話で恐縮だが、暫くはこんなもんだろう。


 俺達がその夜に決めた当面の行動指針は、まずは王都の大まかな状況を確認すること、王都の冒険者ギルドへコペルニクギルドのギルマスからの手紙を届けること、お師匠から王家の騎士団長への手紙を騎士団の詰所へ届けること、そして武具店や飲食店などを中心に王都内を散策することであった。まぁ、最後のはぶっちゃけ観光だな。

 その後は様子を見ながらギルドの依頼を受けたり、伯爵家からの指示があればその仕事を熟したり……といったところだ。


 まだ先行きは見通せないが、然程危険はなさそうで待遇も頗るよい。

 王都までの道中では能力確認のためにサブリナが雇ったならず者からの襲撃を受けたりしたが、その件さえ除けばぶっちゃけオイシイ依頼だな。メシもウマイし、サケもウマイ。加えてこの宿には大浴場まで付いていた。



 こうして高級宿でのタダ飯、タダ酒を満喫しながら、俺達ハイロードにとっての王都で最初の夜は更けていった。

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