第58話 王都パルティオン

 領都コペルニクを出発して14日後、ようやく俺達は王都パルティオンの門前に立った。


 途中2日、子爵家領都での休養日と別の街での豪雨による足止めがあったため、実質的な移動日数は12日間。

 前世の距離にすれば約600km、直線距離にすれば東京から青森くらいか。当然のことながら街道は直線ではないため、実際には東京から仙台。それくらいが領都コペルニクと王都パルティオンの距離だろう。


 コペルニク伯爵の依頼を受けている俺達は、騎士団の副団長サブリナと共に貴族専用通路からの入場となる。

 ここならば荷の検査も然程厳しくはないため、パーティーメンバーの背嚢の中身がほぼカラであっても問題はないのだが、念のため皆には密かに交換した本物の背嚢を背負ってもらっている。

 まぁ、結果的にはやはり取り越し苦労だったようで、背嚢の中身を検められることはなかったが、この程度の手間は安全のためのコストとして受け入れるべきだろう。

 一方、この穴だらけの王都の検査体制については、それでいいのか?と思うところはあるが、俺達が何か問題を起こしたときには伯爵の責任問題に発展していくのだろう。王都内では何事にも少し自重が必要かもしれない。



 俺達はサブリナの先導で街中に入る。


「これからお主らを王都の伯爵邸まで案内する。伯爵邸の場所をしっかり覚えておくように」


 そう言いつつ、彼女は俺達に身分証を配る。先程、王都の衛兵から渡されていたものだ。

 俺が初めて領都コペルニクに入ったときも、身分確認と称する銀貨5枚の徴収の後、身分証として似たようなモノを渡されたのを思い出した。

 その後すぐに冒険者ギルドから発行された冒険者カードに切り替えてしまったのでソレを使うことはなかったが、王都では冒険者カードのほかにこの身分証も必要なようだ。


「お主らに配った身分証はコペルニク伯爵家の者であることを示すものだ。王都滞在中に今入場した貴族専用通路を使用する際や、伯爵邸がある貴族街に入る際にも必要となる。コペルニクに帰るとき、衛兵に返却すると白金貨1枚が戻ってくるからなくすなよ」


 なるほど、確かコペルニクでも身分証の返却時に銀貨4枚だかが戻ってくる仕組みだったが、白金貨1枚とは流石貴族用だ。恐れ入る。


「返却された白金貨は報酬の一部としてそれぞれが受け取るように。コペルニク帰還後に残りの9枚を支払うことになるからな」


 紛失するとその分報酬が減る……ってか。こりゃ紛失するわけにはいかんな。


「王都内で狼藉を働いて衛兵に捕まると没収され、お主らがコペルニク家の者であることも判明する故、伯爵様の名を汚さぬよう行動は慎重にな」


 そういや、コペルニクでも街中で問題を起こせば身分証は没収されて銀貨4枚が戻らない上、街から叩き出されるんだった。それが銀貨どころか白金貨とあっては、王都内での行動はより慎重にならざるを得ない。これが緩い検査体制を補完する仕組みなんだろう、多分。



□□□



 王都の繁栄ぶりは想像以上であった。

 前世のイメージで例えれば、中世のコンスタンティノープルといった感じだ。無論、中世のコンスタンティノープルを見たことはないので、あくまでもイメージに過ぎないのだけれど……


 俺達は遠くに見える王城に向かい都大路を進む。察するに貴族街は王城の周辺にあるようだ。

 領都コペルニクの十倍近い規模はあろうかと思われる王都は、人口もその規模に比例しているらしい。

 おそらくこのように大規模な街並と人波を見るのは初めてなのだろう。アケフとイヨは戸惑いと驚愕、そして好奇に満ちた表情をくるくると廻らせ、まるで人間万華鏡のようになっている。


「ふむ、お主は随分と慣れておるようだな。王都には以前も?これほどの規模の都市はそうはないはずだ」


 サブリナが俺に語りかける。


 ちっ、俺の表情を観察していたか。まったく油断も隙もないな。まぁ俺はこの程度の都市なら前世で見慣れているんだが、まさかそれを言うわけにはいかないし――と思ったとき、俺の目にとんでもないモンが飛び込んできた。


 ――ドワーフだ!あれ、ドワーフだ!


 筋肉質な矮躯に針金のように硬質な赤茶けた髭。俺がイメージしていたとおりのドワーフが3人並んで歩いている。

 彼らをガン見している俺に、サブリナがジト目で語りかける。


「おい、今更ドワーフ程度で驚きの表情を取り繕っても遅いぞ。確かにコペルニクにドワーフはいなかったがな」


 そう、領都コペルニクではエルフ種以外の亜人種(無論、オーガとか魔物扱いの亜人種は除くけれど)は見かけないのだ。

 逆にここ王都ではコペルニクとは違いエルフ種は見かけない。王都の住人もエルフが珍しいのか、それともイヨの美貌に惹かれてなのか、あるいはその両方なのか、やたらと彼女に視線を送っている。


「ドワーフは初めてなんですよ、ホントに」

「ふん、それはなかろう?王都の規模に動じなかったお主がドワーフを見るのが初めてだと?」



 以前も述べたが、今世では……というか、前世にはエルフとかドワーフとかはいなかったので比較のしようがないが、この世界では異種族間では子が生せない。

 それゆえ、人属よりも数が少ない亜人種は特に、コミュニティーを維持するために同種族で固まって生きる傾向にある。


 例えばエルフ種であれば基本的に森林内でエルフだけの集落を築いて生活をする。

 森林の近くにある人属の街とは必要に応じて交易や交流を持ち、イヨのように移住する者もそれなりに存在するが、そうした者であっても移住後5年から10年経てば集落へと戻り、そこで子を産み育てることになる。

 領都コペルニクは北の大森林の南限に位置するため、大森林内の集落から移住するエルフが多い街ではあるが、当然ながらエルフ以外の種族はあまり見かけない。


 つまり、そうした地理的要因を除けば、基本的に人属の街に亜人種が住むことの方が稀なのである。


 そして、種族的な特性として土魔法に長け、鍛冶師としての資質に恵まれるドワーフ種は、鉱物資源が豊富な地に集落を築き鍛冶製品を製造して生計を立てることが多い。

 だがドワーフ種の場合は、一定以上の需要が見込まれる王都クラスの大都市であれば百人単位で集住し、鍛冶師として生計を立てつつコミュニティーを維持することもあるのだ。

 かつてポンコツ神が見せてくれた「図解!パンゲア超大陸解説之書」には、確かそう書いてあった気がする。もう3年以上も前のことなので、あまり記憶が定かではないのだが……



 いずれにしてもサブリナは、王都クラスの都市を見慣れているであろう俺であれば、当然ドワーフくらい見たことがあるのだろう?そう言っているのである。


 そんなわけで、俺は初ドワーフ発見の感慨に浸ることも許されず、また、サブリナからのあらぬ誤解を解くこともままならぬまま、貴族街に向けて歩を進めたのであった。

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