第13話 淫謀

 やっちまったー!


 何を?いや、ナニを、である。


 夕食時に少しばかりアルコールを嗜んで、ほろ酔い気分で宿に帰ると、奥の部屋で背中をこちらに向けたウキラがすすり泣いていた。

 突然の夫の死から宿屋の休業、そして再開。急展開を整理しきれない心を置き去りにして、無慈悲に時だけが流れていく。

 無論、前に進まなければ、そして働かなければ食っていくことはできない。

 本人も色々と不安だったのだろう。夫の後を追うことも何度か考えたそうだ。

 そんな千々に乱れた心に、突如俺という異物が紛れ込み、姉に背を押されるがままに宿屋の再開へと至った。


 将来への不安と再開への希望が綯い交ぜとなり、思わず涙が溢れてきたのだそうだ。

 そんな彼女の震える細い背中を見ているうちに、俺は妙にウキラを愛おしく感じた。そして気付いたときには彼女を後ろからそっと抱きしめていた。

 一瞬びくりとして俺の方をみたウキラだったが、特に嫌がる素振りも見せず、その銀色の瞳をゆっくりと閉じていった。


 ……あとは御想像のとおりである。


 結果だけを見ると、夫を失ったばかりの未亡人の心細さにつけ込んだクズ野郎の所業である。

 が、決して無理矢理手籠めにしたわけではないし、合意の上だったよ!って裁判になったら正々堂々と証言したい。こっちの裁判制度なんて知らないけれど。

 だが、今朝も俺の腕の中で微笑んでいたウキラを思い出すと、裁判にはならなそうでホッとしている。


 ってか、これってまさか嵌めたつもりが嵌められてたってやつなのか?



■■■■■



「ウキラ、どーよ。ライホーさんは?」


 昨晩。

 ライホーが夕食に出掛けるや否やトゥーラは小声で囁いた。


「あんたは私と顔だけじゃなくて好みのタイプも似てるんだから、あれはグッとくるでしょ?」

「突然何言ってるのよ、お姉ちゃん……先月ミッセンが逝ったばかりなのに、とてもそんな気持ちになんかなれないわよ」


 と言いつつ、ウキラも満更ではない表情を浮かべている。


「いい?ウキラ、あんたがミッセンを愛していたことは分かる。そこは否定しないわ。だけど彼はもういないの。それに私だってあんな上物じゃなければ、こんな時期に無理して勧めたりしないわよ」

「上物って……言い方!」

「現実を見なさい、ウキラ。上背があってあんた好みの薄い系イケメン。それにあの装備見たでしょ?あの革鎧、ワイバーン製ですって。剣や盾も鋼なんだから相当のお金持ちよ、彼。さっきだって金貨1枚ポンと支払って出ていったじゃない?しかもあの品のある振る舞いからすると、もしかすると貴族の三男坊とか四男坊かもよ?」

「でも……彼、この街にいつまでいるのかも分からないじゃない」


 その言葉を聞いたトゥーラは、内心でガッツポーズをした。この世界にガッツ石松はいないけれど……


 よしっ、完全な拒絶じゃなくなったわね。条件の話に持ち込んじゃえばこっちのものよ。


 冒険者ギルドで荒くれ者どもを相手にしている百戦錬磨のトゥーラにとって、ウキラの説得など赤子の手をひねるようなものであった。


「あのねぇ、別に今すぐにでも結婚にまで持ち込めなんて言っているわけじゃないのよ。所詮、流れ者の冒険者なんだから。でも彼、この街には長く逗留するみたいだし、その間だけでもここを定宿にしてもらえれば充分お釣りがくるんじゃない?金払いがよくて若いイケメンが用心棒なんて、私が代わりたいくらいよ。結果としてゴールインできるならすればいいんだから」

「でも彼、私より4つも年下じゃない。私みたいな年上の未亡人なんか相手にしなくても、いくらでも若い娘が寄ってきそうじゃない?」


 ウキラは宿帳に記載されたライホーの歳を見る。

 あんな若い子なら10代の若い娘と楽しむ方がいいに決まっている――ウキラはそう思ったが、まさかライホーの中身が50歳のオッサンであることは知る由もない。まさにそれはあのポンコツ神のみぞ知ることであった。


「ウキラ、それはあんたの頑張り次第よ。それに余所に女がいたっていいじゃない。最後にはこの宿に帰ってくる――そんなふうに思わせればいいんだから」


 この世界、ライホーの前世現代日本のように貞操観念建前は厳格ではない。

 たった一度の不倫で人生を棒に振った有名人を見ると、なんて無理ゲーなんだ!思わずそう叫びたくなるのを何度も我慢してきた。

 しかし今世では、貴族などは別にしても、庶民の婚姻制度自体が厳格に定められているわけではない。

 男であれ女であれ、より条件のいい相手が見つかればそちらに流れることは間々あるし、複数の相手と同時進行しても周囲からは然程責められたりはしない。無論、当事者同士の修羅場は多々あるんだけれど。


「別に今晩すぐじゃなくてもいいけど、逃がさないようにしっかりと捕まえときなさいよ!」


 そう言い残したトゥーラは、ライホーが戻ったときにお邪魔にならないよう、そそくさと愛する夫が待つ家路についたのである。意外にもトゥーラは一途なのだ。

 そしてよくよく考えるとトゥーラのこの一連のムーブは、明らかに関西のお節介オバちゃんのそれであった。



■■■■■



「はぁ、結局すぐに抱かれちゃった……お姉ちゃんに合わせる顔がないよ」


 翌朝、キッチンで朝食の準備をしながら頬を染めてウキラは呟いた。


「でも優しかったな―――ライホーさん」


 ライホーにしてみれば、ジェンフリかつフェミニストであることが求められる前世地獄で鍛えられた、前世地獄基準としてはささやか過ぎる、そしてライホーにとっては限界ギリギリの優しさを発揮したに過ぎない。

 しかし、何だかんだと男の権限が強い今世においては、その程度がちょうどよかったようだ。


「それにすごく上手だった……」


 これも、ホルスターに銃を突っ込んでは乱暴に出し入れするだけの荒くれ者が多い今世と、荒々しさに加えてときに繊細かつ多彩なテクニックまでもが求められた前世地獄との違いであった。

 ライホーは別に現代知識チートをするつもりなど全くなかったのだが、この件については無意識のうちに存分に発揮してしまったようだ。


 無自覚系主人公が、あれ?ボクなんかやっちゃいました?ってやつである。

 おそらくこれまでで最もお下劣な無自覚チートの事例であろうが……

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