第14話 ガキンチョ君

 ウキラが作った朝食は美味かった。


 ちなみにこちらの世界では朝食と夕食の風習はあるが、昼食は明確に存在しない。

 屋台などで適当に肉串やサンドウィッチのようなものを購入し、簡単に小腹を満たして済ませるそうだ。

 無論、サンドウィッチ伯爵が存在しない世界なので、その食べ物もサンドウィッチなんて名前ではないが、名前なんかどうでもいい。

 ガッツ石松がいなくてもガッツポーズが存在するのと同じである。


 俺は朝食を済ませると、ウキラに夕飯も楽しみにしてるよ――と伝え、清浄魔法で口内を磨いてから軽く口づけをして外出した。


 何だかんだと生活魔法は便利である。

 風呂はあるところにはあるようだが、無理に入らなくても清浄魔法で何とかなる。

 魔力と知力によって効果にバラツキはあるものの、俺の場合はかなりクリーンになるようで、ウキラに魔法を掛けてあげると彼女はその効果に吃驚していた。


 ウキラにいつ清浄魔法を掛けたのかって?そりゃ俺がウキラにナニをブッ掛けちまったときだよ。言わせんな、んなこと。

 ナニが何か分からないって?そりゃお前が――坊やサクランボだからさ。


 俺自身が若く逞しい身体を得たうえに、数十年振りの若い女との目合である。俺はかなりイイ感じで燃え上がってしまった。



 閑話休題……って便利な言葉だな。


 さて、清浄魔法の続きだが、汚い話で申し訳ないがトイレのあともこの魔法の出番だ。なのでトイレもそれほど汚れないし、無論ペーパーもシャワーも不要である。

 こんな便利な魔法があるのなら、そりゃ文明なんて発達しないわけだ。


 ほかにも炊事の際の水の調達や簡単な火付け、夜の明りなど、全てに生活魔法が関わってくる。


 大人になっても使えない人もいるんだろ?そういう人はどうするの?


 気になった俺がウキラにそう訊いたところ、フォローしてくれる人がいれば生活できるけど、そうじゃない人がどうやっているのかは知らないとのことだった。

 多分、あんまり聞きたくない結末になっているんだろうな――と思う。

 別に俺に何かができるわけじゃないから、それ以上は知らない方がいいだろう。



 そして生活魔法とは全く関係ないが、魔法つながりで俺はもう1つ気になったことがある。

 おそらくこの世界の人達は魔素に慣れ過ぎている――ということである。

 生まれ落ちたときから魔素のある空間で成長すれば当然なのかもしれないが、魔素の動きに鈍感なのだ。

 だが生まれて半世紀が過ぎてから、初めて魔素を浴びた俺からすると違和感しかない。今まで感じたことのない何かが常に気になって仕方がない。


 しかしこれは俺にとってはメリットでもある。

 昨日ゴブリンの接近を察知したときもそうだったが、魔物に限らず人間も含め、魔素を纏う者の気配を容易に察知できるのだ。

 この感覚は戦闘だけではなく日常生活においても大きなアドバンテージとなり得る。決してこの感覚を鈍らせぬよう、意識して生活したいと思う。



■■■■■



 さて、宿を出た俺は、冒険者ギルドから紹介された剣術道場に向かっていた。


 受付「嬢」?のトゥーラに依頼したとおり、その道場は基礎からじっくりと鍛えてくれるところだそうだ。

 全く剣術の心得がない俺にはとてもありがたい。素人が変な癖を付けるとなかなか直らないって、某ゴリラ?白髪鬼?も言ってた気がするし。

 基本が大事!!なのは剣術でも籠球でも同じだと思う。


 昨日の対ゴブリン戦でも身に沁みて分かったが、ゴブリン程度の魔物であっても今の俺では2体相手するのも難しい。

 特にこの先ソロでやっていこうと思ったら、技を鍛えるしかない。

 能力値を鍛えることはもちろん重要だが、その能力値を有効に使うための技術もまた重要なのだ。そして技術を鍛えることが能力値にどのような影響を与えるかについても検証していかなければならない。

 それが図らずも魔法戦士ビルドにしてしまった俺に今必要なことであった。


 この世界に来て、俺は強烈に思い知らされたことがある。

 前世では、好きなこと以外では先の見えない努力がどうしても好きになれなかった。苦手科目の勉強然り、仕事も然りである。

 しかし今世の俺にはステータス画面がある。

 努力した結果が実際にどう能力に反映していくのかが分かるステータス画面は、育成ゲーマー必須のアイテムであろう。

 そのアイテムをリアルで手にした俺は、初めて体験する剣術についても前向きに、そしてまた真剣に向き合おうとしていた。


 やっぱ、数字で見えるとやる気ってダンチだな。俺が中学の頃も定期テストで上位陣の点数と順位が学校の廊下に貼り出されると異様に燃えたし。

 あれって育成廚が自己育成するためには最高のシステムだと思うわ。

 公実きみざねが中学の頃はもう貼り出しシステムってなくなっていたけれど、あれって上位陣のやる気を出させるにはいいモンだと思うけどな……



■■■■■



 その道場は、冒険者ギルドが面する目抜き通りをウキラの宿屋とは反対側に渡り、更に2本ほど裏通りに入ったところにあった。

 道場主の住まいであろう小ぢんまりとした母屋と、その横にある荒ら屋のような建物が、狭い敷地内に隣接して建っていた。

 俺はおそらく稽古場と思われる荒ら屋に入る。そこには朝稽古を終えて一休みしているらしき道場主と弟子達が7、8人屯していた。


「なんじゃ、お主は?」


 前世の俺と同年代と思しき道場主は、妙に年寄り臭い科白を吐く。


 いや、お主って……お前の歳幾つだよ?前世の俺と大差ないだろ?なんでこんなジジイムーブなんだよ?


 そう思いつつも俺は、訪ねてきた目的を伝える。


「俺はライホーという者だ。これは冒険者ギルドからの紹介状。ここで剣を学びたいのだが……」


 俺はそう答え、紹介状を手渡しながら道場主のステータスを見る。


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 名前 道場主

 種族 人属

 性別 男

 年齢 50

 魔法 生活魔法


    【基礎値】 【現在値】

 体力   12    10

 魔力    6     5

 筋力   13    12

 敏捷   11    11

 知力    8     8

 -------------

 合計   50    46

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 能力値の合計はなんと50。

 前世の俺と同い年にもかかわらず、その値は20歳である今の俺より5ポイントも上回っていた。そのうえこの男は、ギルドから紹介されるほどに剣術も使えるのだろう。


 一体、全盛期はどれほどの使い手であったか……うん?


 道場主が紹介状を確認している間、ふと弟子達を見渡すと顔面に2つほどの青痣を残す見覚えのある少年が末席にいた。


 あぁ、ガキンチョ君だ!


 俺がそう思ったとき、ガキンチョ君も俺に気付いた。


「あんた、昨日ギルドで……」

「よう、昨日はどうも。助けずに悪かったが、大した怪我じゃなさそうでよかったな」


 助けに入らず傍観していた俺を責めるような素振りはガキンチョ君にはない。多分、仲間でもないのにあんな揉め事に首を突っ込む奴の方が珍しいのだろう。

 あのときの俺の振る舞いに特段問題はなかったようだ。


「なんじゃアケフ、お主の知り合いか?」


 あぁ、アケフって名前なんだ?マトモな名前でよかったよ。ガキンチョだから「ガッキー」なんて安直な名前だったらどうしようかと思ったわ。

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