第12話 宿屋のウキラ

 ライホーさんって下級貴族の御子息なのかしら?武具もいいし気品もある。お金にも困っていなさそうだし……

 家督継承が見込めない三男、四男が武者修行でもしているってところかしら?

 剣術道場の紹介状の件もあったからギルマスにも報告したけど、彼も同じような見立てだったわね。おかげで剣術道場もいいところを紹介してくれたみたい。

 宿の方も妹のところならライホーさんの条件にもぴったりだからちょうどいいわ。うまくいけば宿の用心棒代わりにもなってもらえそうだし。


 受付「嬢」?こと、トゥーラはギルドの制服から私服に着替えながらつらつらと考えていた。


 あっ、急がなくちゃ。ライホーさんが待ってる。


 着替え用の小部屋を出たトゥーラは小走りで駆け出し、依頼ボードの前で所在なげに依頼を読んでいたライホーに語りかける。


「ごめんなさい。お待たせしました」

「構わないよ――あぁ、そういえば何とお呼びすれば?」

「あらやだ、私、名乗っていませんでしたか?トゥーラと申します。それじゃ妹の宿に御案内しますね」

「トゥーラか、案内よろしく」


 あっ、ヤベッ!

 今まで受付「」?って心の中で呼んでたから、自然にって付けちゃったよ。なんて呼ばれる歳じゃないだろうに……

 それにしても、とうが立っているから「トゥーラ」じゃないだろうな?オーク似の「オークリー」みたく。


 ライホーがそんな失礼なことを考えているとは露ほども思わず、上機嫌な笑みを湛えたトゥーラは受付カウンターの前を横切り、スイングドアを開けてライホーと連れ立ってギルドを後にしたのであった。



■■■■■



 その宿屋は冒険者ギルドがある目抜き通りから一本裏に入った通りにひっそりと佇んでいた。


 ギルドからは歩いて10分弱の場所である。

 こぢんまりとした大きさの建物は、質素だが手入れが行き届き、清潔感に溢れていた……のだろう。おそらく先月までは。

 今は庭には若干の雑草が茂り、数匹の蜘蛛が宿屋の軒下を間借りしていた。

 少し手入れをすればすぐにでも元の清潔感溢れる佇まいに戻るだろう――そんな状態であった。


「ウキラ、入るわよ。おねーちゃんよ。お客様をお連れしたのよ!」


 トゥーラはそう声をかけるとドアを開けた。


 妹はウキラって名前なのか。特に変な意味は――ないよな?


 相変わらずライホー、失礼な男である。


 1階奥の部屋から出てきたのは、肩にかかる絹糸のような銀髪、そして同じ色の瞳を持つ、やはり美人とまでは断言できないが、そこそこ目鼻立ちの整った細身の清楚系の女だった。


 お姉ちゃん似なのね。ウキラちゃんは。まぁ好みのタイプではあるけれど。


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 名前 ウキラちゃん

 種族 人属

 性別 女

 年齢 24

 魔法 生活魔法


    【基礎値】 【現在値】

 体力    5     4

 魔力    8     7

 筋力    5     5

 敏捷    7     7

 知力    9     9

 -------------

 合計   34    32

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 そしてステータスを見て思ったのは、若っ!である。お姉ちゃんより一回りも若いじゃん。まぁ、街中を見てても子供が多かったし、昔の日本のように子沢山な社会なんだろう。トゥーラ嬢が一番上の子だとすれば、末っ子のウキラちゃんと一回り離れてても不思議じゃないか?


 ってか、今は俺の方が年下じゃん!俺より4つも上なんだ、ウキラちゃん……



「ウキラ、こちら冒険者のライホーさん。ここみたいな雰囲気の宿を御希望だったから御案内したの。急で悪いんだけど久し振りに宿を開けてみる気はない?」


 見知らぬ男を突然連れてきた姉から唐突にそんなことを言われても、妹の方は困るだろう。

 実際にウキラも困惑した表情を浮かべている。


「えっ?そんな……ホントに急だよ。おねーちゃん。最近はお掃除もしていないし、お食事の準備だって……」


 まぁ普通はそうなるわな。トゥーラはなかなか強引なんだな。


「俺はとりあえず今晩の食事はなくても構わないぞ。掃除も俺が泊まる部屋だけ軽くやってもらえればいい」


 外観や立地など、宿屋としての条件は悪くない。ギルド職員であるトゥーラの妹ということでそれなりに信用も置けそうだ。

 もう少し確認したい点もあるが、俺はここを定宿にしてもいいと思っていた。



 その後、宿屋1階の食堂の一隅で、3人……というか、ほとんどトゥーラとウキラの2人で話し合うこと1時間。結果としてウキラは宿屋を再開することになった。

 ただ、暫くは1室のみ、つまり俺だけを受け入れて、徐々に本格復帰を目指すとのことである。

 宿泊は1泊銀貨1枚で、今日は夕食が準備できないので銅貨7枚とのことである。

 翌朝の朝食も抜くと銅貨5枚になるそうだが、朝食は準備できると言うのでいただくことにした。


 後から聞いた話なのだが、ここは料理が評判の上、清潔感溢れる宿として有名で、元々ほかの宿よりも割高なのだという。

 ほかの駆け出し冒険者向けの安宿は、朝夕の食事が付いても銅貨5枚とのことで、この宿の半分である。俺は金には困っていなかったからこの宿で構わないが。


 前にも言ったが、この世界は銀貨1枚が日本円でいう1万円程度の相場観である。

 そしてその銀貨を基準にすると、銅貨1枚が千円、金貨1枚が10万円となる。

 銅貨の下にはすぐに錆びて使い物にならなくなる鉄貨なんてものもあるようだが、銅貨よりも安い取引は物々交換も活発に行われている。

 そして金貨の上には白金貨があり、これは1枚100万円である。


 俺はあの管理者から、白金貨10枚に金貨20枚、銀貨30枚をせしめてこの世界に降り立っている。日本の貨幣価値にするとおよそ1,230万円である。

 多いようにも思えるが、CからDランク冒険者の3年分程度の収入である。

 彼らはその中から生活費を捻出し、武器や防具を修理し、あるいは更新しなければならない。怪我をすれば収入は途絶えるので一定の蓄えも欠かせない。

 そう考えると中堅冒険者であっても、この額でもカツカツなのだ。

 無論、Fランなどの駆け出しランクの冒険者に安定性なんてものは存在しない。失敗すれば野垂れ死ぬだけである。



「流石にそれはないっしょ?」


 俺はあの管理者に思いの丈をたっぷりとぶつけ、せめて駆け出しランクを抜けるまでの数年間分の資金提供を求めた。

 そしてたっぷり2時間はゴネまくって、ここまでの金額を勝ち取ったのであった。



 そんなわけで俺の懐はそこそこ暖かい。

 俺は金貨1枚を渡し、とりあえず10日分の宿を予約した。初日の夕食分の銅貨3枚はチップ代わりだ。

 俺は旅装を解いて自室に荷物を置くと、剣だけを腰に提げ、今晩の夕食を求めて夕闇迫る街に繰り出したのであった。

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