第29話 淫謀と陰謀

「イヨ、今夜が勝負よ!」

「――えーと?」


 緊急依頼から無事に帰還し、定宿で寛いでいたとき、突然キコが告げる。戸惑うイヨにキコは言葉を継ぐ。


「ライホーを落とすのよ。今晩の慰労会で」

「えっ?」

「えっ?――じゃないわよ!いい?ライホーを酔わせて色仕掛けで迫ればあんたの美貌なら一発よ。好きなんでしょ?ライホーのコト」

「そっ、それはそうだけど……でも話したのも今日が初めてでいきなりなんて……」


 あぁ、もうこのコは。そんなんだからいつまでたってもオトコができないのよねぇ。


「そんなの関係ない!ヤッちゃえばライホーだって情も湧くわよ。宿屋の女将とか細かいコトはヤッてから考えなさい!」

「細かいコトじゃないと思うんだけど……」

「細かいコトよ。あっちだって年増の未亡人が若いイケメンを誑し込んでるんだから、少しは負い目があるわ。ライホーが少しくらい外で火遊びしたからっていちいち怒鳴り込んで来たりしないわよ」


 自分と同い年のウキラを「年増」と切って捨てるキコの勢いに呑まれつつも、イヨはキコの言葉で引っ掛かった部分を聞き返す。


「火遊びの相手……なの?私?」

「もう!だから本気にさせるのよ。同い年の生娘美貌エルフとそこそこ美人の年増未亡人じゃスペック的にはあんたの勝ちは間違いない!負けるんじゃないわよ!それじゃ、早速手順を決めるわよ」



□□□



「何故?何なのよ?この男は?」


 キコは焦っていた。

 それもそうだろう。どれほどアルコールを飲ませてもライホーはほろ酔いの域を出ないのだ。想定外だ。まさか彼がイギー並みの酒豪だったなんて。傍で意味もなく笑うパープルが今日は妙に忌々しく感じた。


 ちょっと――とイヨを御手洗いに誘い出したキコは、作戦変更を告げる。


「これは無理だわ。あの男、蟒蛇ね。作戦変更よ。イヨ、あんたが酔った振りして誘いなさい!上手く二人きりになれるように誘導するから――」



■■■■■



 キコとイヨがそんなこんなの淫謀を進めていたのと同時刻――


「で――、報告を訊こうか」


 コペルニク伯爵邸の執務室内ではギルマスのマールズとAランクパーティー「ローリングスターズ」のリーダーであるリグダスが、伯爵、そして伯爵が座るソファーの後方に直立不動で控える親衛隊長と騎士団長を前に来客用のソファーに腰掛けていた。


 ギルマスが重い口を開く。


「ローリングスターズらの調査によれば、此度のオーガなどの暴走は、恐れながら領兵による大森林の駆除頻度が落ちたことによるものかと思われます」

「ほう、これはあまり耳触りが良い報告ではないな。我が方の失策と?」


 伯爵は徐に後方に振り返ると、騎士団長に訊ねる。


「領兵の駆除頻度が落ちているのは事実か?」

「はっ、事実に。確か冒険者ギルド所属のルーキーがソロにもかかわらず恐ろしいペースでゴブリンを狩っているとかで、街道に出現するゴブリンの数が減少の一途を辿っている――との報告を受けております」

「ふむ、それで駆除頻度を下げたと?」

「申し訳ございません」

「いや、お主を責めているのではない。何故それがオーガの暴走に繋がる?マールズよ、ギルドの見立ては如何?」


 コペルニク伯爵は理性的な光を湛えた鳶色の瞳と、肩までの長さの赤銅色の直毛を有する偉丈夫で、今年不惑を迎える。

 この世界の平均寿命を考えると折り返し地点をとうに過ぎているにもかかわらず、若々しく活力に満ちた容姿をしており、今回の緊急依頼においても最前線とまでは言わないまでも、即座に門外へとその身を運び軍勢の指揮を執るなど、活動的で快闊な人柄は領民からの人気も高い。


「そのゴブリンスレイヤー……いや、これは我らが付けた二つ名ですが、その者はゴブリンには頗る強いのですが、上位の魔物は狩らないのです。領兵による駆除であれば、オークはもちろん更に手強いオーガなども対象となりますが、駆除頻度が落ちたことで大森林深層部のオーガやオークの数が増え過ぎたのではないかと……」

「なるほど。禍福は糾える縄の如し――か。ではそのゴブリンスレイヤーとやらがオークやオーガも狩ってくれればよいのであろう?ソロで数多のゴブリンを狩るほどの者が何故オークやオーガには手を出さぬ?オーガはまだしもオーク程度ならば容易いであろう。その者の腕前は如何ほどか?」

「私の立場的にギルドメンバーの情報を不用意に漏らすことは憚られますが、すでに世上に知られている範囲で申し上げれば、彼の者はハーミット殿お師匠に剣を師事しておるものの、その腕前は素人に毛が生えた程度。また、魔法持ちではありますが、その魔法も所謂おサイフ魔法でございます」


 コペルニク伯爵の端正な顔に険が差した。伯爵が更に目線で促すとギルマスは渋々ながらも続ける。


「――されど、その割に装備品は上等で、この街に現れた当初から鋼の剣にワイバーンの革鎧を身に付けておりました。これ以上のことは私も存じませぬ」

「ではリグダス――と申したかの?その方はどうだ?お主は緊急依頼の折にその者の戦いぶりは見たか?」

「いえ。残念ながらには見ておりません」


 それ以上は言葉を発しようとしないリグタスに対し、コペルニク伯爵はちらりと騎士団長を見遣る。騎士団長は冷酷に、そして厳格に告げる。


「リグダスよ、伯爵様はお主と腹の探り合いをするほど御手透きではない。いちいち訊かれずとも、に見ておらぬ部分でのお主の見立ても早々に話すがよい!」


 相対する者が虚言を吐いているか否かを正確に判別することは貴族として当然の技量である。それができなければ他者にいいように食い物にされてしまう。彼らがその先に求められるのは、虚言ではないが真実を隠した発言を見極めることである。

 リグダスは明らかに嘘は吐いていない。が、真実を全て告げているわけでもない。

 それをコペルニク伯爵は察した。そして立場の違いを見せつけるように敢えて騎士団長に威圧させたのだ。


 リグダスとて同じ冒険者仲間の情報を売りたくはないが、伯爵位を持つ者からの威圧に抗して虚言を吐くわけにはいかなかった。


「されば彼の者、剣の腕が未熟であることは間違いないかと。彼の者が仕留めたと思しきゴブリンがそれを物語っておりました。彼らが去った後、我らは現場を検分しましたが、あれは手練れによる切り口ではございません。にもかかわらずあれほどの数のゴブリンを単独で屠るとは常識では到底考えられません。何かしらの秘密があるかと……」

「ふむ。で、その秘密までは分からぬ――と」

「左様でございます」

「マールズ、お主の見立ては?」


 いきなり話を振られたギルマスことマールズは慌てて応じる。


「おそらくですが、空間魔法のほかにも使える魔法があるのではないかと……」

「ほぅ、秘匿しているだけで本当は2つ持ちとな?そのゴブリンスレイヤー殿の名は何と申す?」

「ライホー、と申します」

「ふむ、興味深い。そのライホーとやらの情報の裏取り、そして日々の行動を簡単でよい。調べておけ。当面はその程度でよいが、いずれ機会を見てその秘匿している魔法とやらも暴いてやろう」


 騎士団長に告げたコペルニク伯爵は、その端正な表情で爽やかに微笑んだのであった。

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