第28話 イヨ
「さて、悪いが俺はそろそろ帰るぞ」
飲み会が始まって2時間近くが経った。
日中、オーガとの文字通りの死闘を潜り抜けた俺の疲労はすでにピークに達していた。一刻も早くベッドに潜り込みたい。
「それなら潰れちゃったイヨも送ってもらっていい?私らの宿、分かるでしょ?」
いや、分かるけど……それはちょっとマズくない?酔い潰れた美貌エルフに送り狼をつけちゃダメだろ。
「お前らが帰るときに一緒に連れていけばいいんじゃね?」
「いや、私らまだまだ飲むし。でもイヨは先に休ませてあげたいから。いいでしょ?ついでなんだから」
ってか、そもそもオンナのコの日で辛かったのに、無理して飲みに来なくてよかったんじゃね?――と思った俺に何かを察したキコが近付き、小声で囁く。
「イヨ、終わったみたいよ」
「――えっ?あっ、アレね?うん?でも早くね?あんな辛そうにしてたのに……」
「あぁ、ライホーは知らないんだ?エルフは普通1日ちょっとで終わるみたいよ。いいわよねぇ。夕方、宿で一休みしたあとはもう元気そうだったし」
「いや、だからなんだよ!?」
「分かってるくせに。私らはまだ暫く宿には戻らないからよろしくね……じゃない、よろしくヤッて?ね」
うーん……キコよ、お前、俺にイヨをどうさせたいんだ?
「ライホー、あのコはね、15でこの街に来たの。で、あの美貌でしょ?いきなり変なのに絡まれてたから私が助けたの。それからは私が姉代わりになって面倒をみてきたのよ。でも最初に絡まれたのが男に対する変なトラウマになっちゃってて、21にもなるのに未だに男っ気がなくてね。もしあんたがイヨを気に入ってるなら抱いてあげてよ」
「へっ?いや……イヨの意志ってもんがあるだろうが?それに俺にはウキラがいるし……」
「あら、意外と鈍感なのね、ライホー。イヨってば、よくアケフと一緒にいたあんたのコトを気にしていたのよ。だから私も探りを入れてみたんだけど、そしたらちょっとイイかも……ってさ。んで今日は危ないところを命懸けで守ってもらったって嬉しそうに話してくれたわよ。それに宿屋の女将のコトは承知の上よ。あのコも私も」
あぁ、吊り橋効果ってやつか。でも前世じゃ犯罪だしなぁ。酔って意識のない相手を……って。
しかもウキラがいてもイイって……寝取ったモン勝ちなんか?キコは別にしてもイヨまでそんな感覚なんか。それがこっちの世界の常識なのかねぇ?
「だとしてもだ、酔い潰れた女を無断で抱くなんてコトできんぞ。俺には」
「そういうところも高評価よ、ライホー。私の大切な妹を託すんだからね。それに大丈夫。宿に着くまでにはイヨも目を覚ますわ。んじゃよろしくねー」
……ってか、そもそもエルフを抱くのって命懸けなんですけど?俺。
「別種族と交尾すると極稀にですが、その種族固有のウイルスに感染する場合があります」
「そして可能性としては更に低いのですが、別種族のウイルスに感染すると最悪の場合、死に至ることもあります」
「経験知として蓄積されるほどの事例がないため、あちらの世界の人々は異種族間の交尾を全く忌諱していませんが、念のため貴方にはお知らせしておきますね」
ポンコツ神の
■■■■■
今、俺の背にはイヨがいて、静かに寝息を立てている。
得も言われぬ甘酸っぱい香りが漂い、彼女の吐息が俺の首筋を擽る。
お互い鎧を着ていないため身体は密着し、温もりを直に感じるが、その熱量は俺のアソコを熱くするのに全て使用されてしまったようだ。スマン、下品で。
思わず理性が飛びそうになるが、俺はポンコツ神の
そうして5分程歩いた頃だろうか。
「うっ、うーん――あれ?ここ?誰?」
「よう起きたか、イヨ。ライホーだ。キコに頼まれて宿まで送ることになってな。スマンが負ぶらせてもらっているぞ」
「あっ、え?ライホー?ゴメ――アタシ……」
「気にするな。俺も早めに切り上げて帰るところだったから。ほかの連中はまだ飲んでるってさ。それよりもうすぐ宿に着くぞ」
「あ、アリガト……」
イヨたちの宿はウキラの宿と比べると数倍の規模はあろうかと思われる大きな建物であった。
俺は宿屋の前でイヨを降ろすと、意外なほど彼女の足取りがしっかりしていることを確認して一安心した。
「ここからは独りで大丈夫だな?」
そう訊ねた俺にイヨは少し未練がましい表情を浮かべたが、俺はそんな彼女の雰囲気に流されることなく切り出す。
「じゃ俺はこれで。またな」
ライホーはクールに去るぜ!
そんな感じを醸し出してはみたものの、実際には極低確率の死の恐怖に怯え、ポンコツ神の
しかしイヨの立ち位置から見ると、色欲に靡かずクールに去っていくライホーへの評価が更に高まった瞬間でもあった。
□□□
――――俺は宿に着くと、疲れ果てた体に鞭打ってウキラを激しく抱いた。すごく燃えた。
なお、イヨの胸はやはり平坦だった。
■■■■■
「あれでよかったのかい?キコ」
「何がよ?モーリー?」
「いや、イヨをライホーに送らせてさ」
「何よ。ライホーは信用できる――って言ったのはアンタじゃない?」
キコは非難がましい目でモーリーを睨む。
「まぁそうなんだけど、それにしてもさ」
「大丈夫よ。ライホーなら意識のないイヨに手を出さないし、イヨが本気で嫌がればヒドイことはしないわ」
「それは女のカン……ってやつかい?」
「まぁそれもあるけど、それだけじゃないわ。あの人はなにか私たちとは違うのよ。今日一日接してみて分かったわ。常識とか考え方とか価値観とか色々と……ね、アケフ?」
突然話を振られたアケフであったが、彼はエールからジンに変えていたグラスを傾け、その縁をちびりと嘗めて微笑んだだけであった。
「まぁいいわ。いずれにしてもライホーはウチのパーティーでツバを付けておくわ。余所のトコに取られないように皆、注意しててね。特にアケフは」
「当面お師匠のところで腕を磨くって言葉は嘘じゃないと思いますよ。だから暫くはソロでやるんじゃないですか?」
「ならいいけど――これでイヨとくっついてくれれば完璧なんだけどね」
「キコ、お前やっぱそのつもりで……」
「いいじゃない、別に。お互いホントに好き合っているのなら。それに異種族間だから間違っても妊娠しないのもプラスよねぇ」
アケフとモーリーはキコのパーティーリーダーとしての図太さや逞しさを目の当たりにし、半分頼もしく感じたが、半分は呆れ果てたのであった。
なお、この間、一切表情を変えずに黙々とウイスキーの杯を空けているイギーと、そんなイギーのどこが面白いのかは不明だが彼に語り掛けながら笑い続けるパープルは、完全に蚊帳の外であったという。
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