第27話 慰労会

 緊急依頼が無事に達成された夜は、領主の負担でギルドの食事処を貸し切っての慰労会が催される。まぁ早い話、飲み会だ。


 後始末は領兵達に任せ、陽が落ちる2、3時間前には北門へと戻った俺達は、激戦の中にあってもしっかりと収集してきたオーガの魔核をギルドに納品すると、ギルマスの部屋でAランクパーティー「ローリングスターズ」からの謝罪を受けた後、各々の宿へと一旦引き上げた。

 ちなみにオークやゴブリンの魔核までは取っていない。魔核としての質がオーガほどには高くない上、あの状況下で危険を冒してまで集める必要性が低かったこともあるが、ほかのパーティーの取り分としても残しておく必要があった。

 俺達はオーガの魔核十数個でそこそこの稼ぎにはなったが、後日支給される領主からの緊急依頼の報酬はギルドのピンハネ分を差し引くと雀の涙ほども残らないらしい。AやBの連中は別にしても、Cランク以下の連中はせいぜいトントン、悪くすれば足が出るといった収支だろう。それでも冒険者達は街の防衛のために駆り出される。あまり俺達だけが稼ぎ過ぎては顰蹙を買ってしまうのだ。



 さて、ウキラの宿で一息ついた俺は、武装を解いて身なりを整えると、ギルドへと向かう。

 慰労会は陽が落ちてから1時間ほど経った頃に始まった。


「皆、今日は御苦労だった!御陰で街道の安全も回復し、大森林浅層部も安定を取り戻した。詳細な原因を皆に伝えることはできないが、原因は究明され再発しないことをここに約束しよう!」


 ギルマスの言葉に皆が安堵の声を漏らす。ギルマスは更に続ける。


「今日は6名の勇敢な冒険者が逝った。彼らの家族には後日、領主とギルドから哀悼の意とともに弔慰金が支給される。また、11名の冒険者が重い怪我を負った。彼らが現役復帰を望まない場合、領主が彼らを召し抱える。希望すればギルドからも仕事を斡旋する。彼ら17名に最大の賛辞を。そして依頼の完遂に謝意を捧げる。


 ギルマスのしめやかな献杯の言葉に、その場にいる全員が静かに唱和する。

 皆、しんみりと犠牲となった者達を悼む――が、そんな雰囲気は1、2分足らずで消え失せ、あちらこちらから歓声と笑い声が響きだす。


 やっぱ、黙祷って1分が限度だよな。前世でも大体1分だったが、俺は黙祷のとき心の中で60数えて1分キッカリになるか?毎年そんな不謹慎な挑戦をすることが習いになっていた。ゴソvsゲソスルー以前からやってたんだから、あれに触発されたわけじゃないぞ!



□□□



 アケフを加えたハイロードの正規メンバー6名と俺は、一つの卓を占拠して杯を交わしている。

 前世ではかなりイケるクチであった俺だが、こっちの世界では前世以上に(ポンコツ神から)アセトアルデヒド脱水素酵素の活性をマシマシにしてもらったので、どれほど強い酒を飲んでもほろ酔い程度で済んでしまう。


 醸造酒の蒸留は、地球でも一説には早くて紀元前から、遅くとも中世までには錬金術の進展?と共に精緻な技術が確立されていたので、中世レベルの生活水準であるこちらの世界にも蒸留酒は存在する。

 前世では40代以降、肥満を恐れてジンやウイスキーなどの蒸留酒を中心に嗜んでいた俺だが、今は20代の若者である。また、日々の肉体労働で一切肥満を気にする必要がないこともあり、こちらの世界では蒸留酒よりも本当は好きであった醸造酒を気兼ねなく楽しむことができる。

 しかし食事処の片隅の卓で、オークリーが嘗ての冒険者仲間と共に煽るようにエールを胃に流し込んでいる姿を見るにつけ、お前のビール?エール?腹にこれ以上脂肪を蓄えてどうするんだ?少しは自重しろよ!とは思う。

 しかもアケフによると、今回は領兵を抜いて門にまで迫る魔物はいなかったようだから、オークリーの出番なんてなかったはずである。まぁ、いつオーガが現れるか、という緊張感に包まれつつ門前での待機を強いられる精神的な疲労は、平和だった俺の前世とは比較にならないくらい心にクルものはあるだろうが、それでもオークリーが然も俺も貢献しました――ってな面で楽しそうにタダ酒を飲んでいるのを見ると、どうも腑に落ちないものを感じてしまう。



 さて、この慰労会はギルドの1階全てを貸し切って行われるのが通例であるようだが、スペースの関係上そこには最大でも7、80人程しか入らない。

 無論、総勢300人の冒険者全員が参加するわけではなく、このような騒ぎが苦手な奴はいるし、怪我や疲労で参加できない者もいる。また、死亡者や重傷者が属するパーティーも積極的には参加しない。仲間の死を悼む意味で静かに杯を掲げる連中もいないことはないのだが、結果としてこの場に集った者は100人程であった。

 故にギルド内に入れなかった者は必然的にギルド前の路上に屯することになるのだが、今日ばかりは衛兵も煩いことは言わない。



 何度目かのの後、キコは改めて真剣な目で俺を見詰めて訊ねてくる。


「ホント、私らはCランクパーティーでも構わないんだよ?どうせすぐにモーリーとイヨもBランクになるんだろうし、そうすればパーティーランクもBになれるんだしさ」

「いや、光栄なことだし、無論イヤというわけじゃないんだが、俺程度の腕前ではお前らの足を引っ張ってしまうことがよく分かったからな。勝てはせずともオーガ一体程度は独りで抑えられる腕前にはなりたい。暫くはパーティーに縛られず、お師匠のところで剣の腕を磨きたいんだ。まぁ機会があれば臨時で組むことは吝かではないんで、そのときは是非誘ってくれよ。悪いな」

「そうかい?残念だねぇ。あんたの索敵能力はイヨにも匹敵するし、剣の腕前も魔法組の護衛であればちょうどいいんだけどね」

「まぁ仕方ないじゃないか。キコ。残念だけれど彼には彼の生き方があるんだよ」


 未練たらたらのキコをモーリーが宥めてくれる。

 この両名は冒険者の中では比較的常識人であり、話が通じるので助かる。


 先程から一切表情を変えずに黙々と酒精の高いウイスキーの杯を空けているイギー、そして大して飲んでいないはずなのに妙にハイテンションな状態で俺に絡んでくるイヨと比べれば……であるが。

 もっとも、上には上がいるとはよく言ったもので、あのパープルは笑い上戸であった。昼間とのギャップがエグ過ぎて全くついていけない。そんなキャラ、要らないんだけど……

 ちなみにアケフは微笑を湛えて皆を見回しながらエールをちびりちびりとやっている。なんか一番オトナな感じである。


「すまないな。でも誘ってくれて嬉しかったぜ。また組むときにはよろしく頼むよ」


 俺はキコに詫び、この話を打ち切る。


「ライホー!飲んでるー?」


 そう言って俺の左肩にしな垂れかかったのはイヨである。

 こいつ飲み過ぎだ。このままでは近いうちにぶっ潰れてしまうが、止めないでいいのか?キコよ。

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