第30話 これから

 ライホーがイヨを背負ってギルドを出た直後のことである。


「私はギルマスからライホーさんの監視任務を受けました。よってその権限の下で命じます。ライホーさんの跡をつけなさい」

「いや……それってあんたの妹さんのためだろうが?公私混同が過ぎるぜ!」

「違います。あくまでライホーさんの監視のためです」


 コペルニク伯爵との会談を終えたギルマスは、ギルドの受付嬢であるトゥーラにライホーの近辺を洗うよう指示を出し、必要の範囲内でギルドのリソースを使う許可を与えた。

 ライホーの調査は伯爵の方でも行うが、ギルドが手を拱く理由にはならない。ギルドとしても独自のルートで情報を得ておく必要がある。一冒険者とはいえ、伯爵が興味を示している者を放置しておくわけにはいかないのだ。

 トゥーラの妹の宿にライホーが住み着いていることを把握していたギルマスは、彼をよく知るトゥーラにその権限を与えた。トゥーラとしても大切な妹の情夫であるライホーの素性を知っておいて損はない。彼女は喜んでその任を受けたのであった。


 そんな彼女が初めてその権限で行ったことは、冒険者上がりのギルド職員の中では一番の尾行の名手に、酔い潰れた美貌エルフを背負って出ていくライホーの跡をつけさせることであった。


「そうそう、ライホーさんは気配を察知するのが得意だから、隠れてつけるような真似はしないで。却って気取られるわ。通行人に紛れて自然に振る舞うのよ」

「ちっ、厄介な相手だな。終わったら酒の一杯でもオゴれよ!」


 そう言い残した彼は、夜の闇に溶け込むように静かにギルドを出ていった。



□□□



「拍子抜けするくらい何もなかったぜ。エルフの嬢ちゃんを宿に送ってから、あの男はまっすぐ妹さんの宿に戻ってったよ。なんなら嬢ちゃんの方がライホーを誘ってるって感じだったぜ、ありゃ。俺なら即座に抱いてるな」


 そう言いながら彼は腰を振ってみせた。



 その下品な報告を受けた翌日。

 トゥーラはウキラの宿を訪れ、昨晩のライホーの様子を訊ねた。トゥーラにしてみれば他愛のない遣り取りを訊くだけでよかったのだが、昨晩ライホーに激しく求められたウキラとしては、姉がどこまでを知っていて、何を訊きたいのかがよく分からなかった。


「おねーちゃん、何なの?ライホーに何かあったの?」

「ううん、何でもないの。彼が昨夜、ギルド主催の飲み会の途中で、酔い潰れたエルフの美女を送るって一緒に出ていったから気になっただけなの。彼がここに帰った頃合いから考えれば、よからぬことはなかったみたいだし、何事もなかったのならそれでいいのよ」


 流石に妹が相手とはいえ、ギルドとコペルニク伯爵がライホーの身辺調査を進めている話はできない。トゥーラは適当に誤魔化した。

 そしてウキラは、ライホーがエルフの美女に流されずに自分を求めてくれたことがただ嬉しく、それ以上姉を追及することはなかった。まぁライホーにしてみれば、この世界では彼にしか知り得ない已むに已まれぬ事情があっただけなのだが……



■■■■■



「新たな情報は特段ないか……引き続き調査を継続せよ」


 あの日から一週間後、騎士団長あるいはトゥーラからの報告を受けたコペルニク伯爵とギルマスのマールズは、別々の場所で奇しくも同じ科白を吐いていた。


 しかし伯爵は、今後は然程力を入れる必要はないぞ――と付け加える。

 いつまでも一冒険者に拘り合っていられるほど、領主は暇ではない。冒険者ギルドの方でも密かにライホーの身辺調査を進めていることを嗅ぎつけていた彼は、調査を継続しつつも何か変わった動きがあったときだけ対応すればよいと判断した。


 一方のギルマスは、ハイロード以外の冒険者がライホーにあまり接触しないよう、ギルド幹部に対して裏からそれとなく手を回すように指示をした。


 秘匿しているであろう魔法を除けば突出した才能を持たないにもかかわらず、ここ数日、ライホーはソロでオークも狩り始めたようだ。おそらくあの男は何かしら稀有な魔法を隠し持っている。そして当然ながらそれを詮索されたいとは思っていない。下手にそこをつつくような無遠慮な冒険者が彼に絡んだ結果、この街を出ていかれては困るのだ。


 ソロで大森林に分け入りオークを狩る力量に加え、ハイロードの連中が高く評価しているこの男に多少の便宜を図っても罰は当たるまい――とマールズは考える。

 もっともその所為で、どのパーティーからも声が掛からない……と、今はパーティーに加入する気がないにもかかわらず、ライホー本人は落ち込むことになるのだが。



■■■■■



 ダメだな。使い物にならん……


 俺は目の前に倒れるゴブリンから視線を外して呟く。


 先日の緊急依頼では重力魔法でオーガの隻眼を墜とした俺だが、その業はとても実戦に投入できるものではなかった。

 というのも、対象が小さい分、少ない魔力で多大なる効果を得ることができる反面、小さ過ぎるが故に精緻な魔法制御なくしてはよほど近距離でもなければ当てることすら叶わなかったからだ。

 結果、現実にはあのときのようにほぼ密着した状態でもないと当てることは不可能であった。オーガ相手にそんなことはしたくないし、ゴブリン相手であればそんなことをしなくても仕留めることができる。つまり、使う機会がない。


 この世界で初めて重力魔法を使ったとき、ほとんど狙いを定めずともゴブリンにバンバン当たったので、それがこの魔法の仕様なのか――と思ったものだが、対象物が小さくなるに連れて難易度が上がっていくだけだったようだ。

 空間魔法による異空間への入口拡張の件もあり、今後も魔法制御の鍛錬は続けるつもりでいたので、いずれこちらの魔法の命中精度も高まってくるとは思うが、それがどの程度の効果を発揮するかは不明であった。

 いずれにしても現時点では、あのように差し迫った事態でもなければあの業の使いどころはないと考えていた方がよさそうである。


 ちなみに俺は、眼球以外であっても――例えば腕や脚などの特定部位を狙っても重力魔法が部位限定で効果を発揮するのかも試してみた。

 こちらの方はバランスを崩して蹌踉めかせたり、上手くいけば転ばすことができるようになるなど、オーガは無理にしてもオーク程度ならばタイマンで狩ることが可能となり、それなりの効果を実感することができた。

 その一方、対象となる部位とほかの部位との一体性があればあるほど魔法が全身へと拡散してしまい、特定部位への効果としては薄まってしまうことも判明した。

 そういう意味で眼球は、比較的ほかの部位からの独立性が高く、また、対象が小さいため魔力消費が少ない上、相手に与えるダメージも大きいことから、攻撃には最も適した部位と言えるのだろう。無論、当たらなければ意味がないが……


 それと、あのときは無我夢中だったこともあり、あまり意識せずに使っていたが、魔法は掌だけでなくどこからでも放てるようだ。

 ただ、これも検証したところ、指向性を持って放つには身体の部位の先端からの方が命中精度は高くなるようで、同時に威力も高まる傾向にあるようだった。



 いずれにしても今回は重力魔法に助けられたが、とてもチートとは言えない。この先どうしたもんかと悩んではみたものの、明確な解答が示されるわけでもない。


 お師匠のトコで剣でも振るか……


 問題を先送りにした俺は、とりあえずお師匠の道場に足を向けたのであった。



□□□



 あの緊急依頼から1年。

 俺がこの世界に来てから2年が経った頃、俺は冒険者ランクをDに上げた。


 あのときギルマスが言ったとおり、最速クラスでの昇格である。


 剣の方はお師匠から頭打ち宣言を突き付けられ、魔法チートがない状態は今も変わらない。

 ポンコツ神のオマケのお蔭で能力値は平均よりは高いものの、極振り禁止令の所為で突出した才能もない。

 それでもなんとか日々の生活が成り立つ程度には冒険者として稼げている。


 ウキラともよろしくやっており、夜の生活も不自由はない。

 ウキラはやたらと自分の歳を気にしているが、彼女はまだ26歳である。中身が52の俺から見ればちょうど半分でしかない。前世ならば刑事罰の対象……にはならないまでも、社会的理不尽な制裁の対象……になりかねない年齢差なのだ。


 そして、俺に好意を寄せてくれるイヨも気になるものの、彼女を抱くには死の危険を冒す必要がある。

 ただ、エルフ種と――という男のロマンはあまりに捨て難く、未だ逡巡する日々が続いている……



 転移してから2年。

 俺はそんな日々を過ごしながら今日もウキラと眠りに就いたのであった。


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 名前 ライホー

 種族 人属

 性別 男

 年齢 22

 魔法 生活魔法、空間魔法、重力魔法


    【基礎値】 【現在値】

 体力    8     8

 魔力   11    11

 筋力    8     8

 敏捷    9     9

 知力   12    12

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 合計   48    48

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