第3章 古城の戦い

第31話 昇格試験

「古城の討伐依頼を受けたんです」


 俺がお師匠の道場で汗みどろになって剣を振っていたとき、徐にアケフが語り掛けてきた。

 「古城」とはこの街に住まう者なら誰もが日々目にする、街の北西の切り立った小高い山頂に佇む朽ち果てかけた城のことであった。

 そこはコペルニク伯爵が領都コペルニクを含むこの半島周辺をバルティカ王国から拝領する以前、この地を数百年に渡って支配していた一族の詰めの城であった。その一族はバルティカ王国の侵攻に際して最後まで抵抗し、遂には街を逃れてその詰めの城に籠り、女子供を含めた一族郎党悉くが討ち死にしたと伝えられている。尚武の気風を尊び領民からも慕われたなかなか手強い敵であったようで、この地を拝領したコペルニク伯爵家もその後の統治には難儀をしたらしい。


 その古城だが、独立した領主であればいざ知らず、王国内の一領主であるコペルニク家にとって詰めの城の必然性は然程高いわけではない。なんでも領都コペルニクを守り切れないと判断したときは、街を捨てて王都方面に向けて地獄の撤退戦を行うことで敵に損耗を強いるとともに時間を稼ぐよう、王家からは言い渡されているらしい。

 そんな訳でコペルニク家にとってこの古城は不要なのだが、かと言って手間暇かけて取り壊すほどでもない……ということで永らく放置されてきたわけだが、時折そこに屯する魔物を間引いておかないと、稀に強大な統率者が現れて領都を脅かすことがあるのだそうだ。

 そこで定期的に伯爵家は冒険者ギルドに魔物の討伐を依頼することになるのだが、依頼を受けたギルドは伯爵家の依頼を確実に熟すため、また、当然のことながら街に危険が及ばないようにするため、そのとき最も活きがいい売り出し中のパーティーに請け負わせることにしていた。そしてその依頼を受けることはパーティーの箔付けにも繋がることから、有望な冒険者達にとっては成功への登竜門とも言われていた。


「そりゃよかったな!あの依頼を任されるってことは、ハイロードがギルドから認められた証だ!」

「ありがとうございます。ただ……」


 うん?ただ……なんだ?


「ギルドから特にと要望がありまして、その……この依頼、ライホーさんも一緒に受けて欲しいとのことなんです」

「は??俺が――か?何故?」

「分かりません。ですが、あの緊急依頼のときはライホーさんもハイロードと共に戦ってますし、ギルドから目をかけられたんじゃないですか?」


 目を付けられたの間違いじゃないか?とも思ったが、まぁあり得ない話でもない。

 あの緊急依頼から1年が経過する頃になると、俺はギルドからやたら強い圧を受けていた。

 曰く、パーティーには加入しないのか?、曰く、ハイロードはどうだ?、曰く、お前が加入してもハイロードがCランクに落ちることはないぞ……と。

 その言葉どおり、緊急依頼から約1年後、モーリーは冒険者個人としてBランク入りを果たした。これによりハイロードはBランクのキコ、イギー、パープル、モーリーの4名とCランクのイヨ、Eランクのアケフの6人パーティーとなり、そこにDランクの俺が加入したとしてもBランクが過半数を占めるため、パーティーとしてのBランクは揺るがない。

 なんだか俺を加入させるためにモーリーをBランクに昇格させたかのようだが、流石にそんなことはなく、モーリーは依頼で大怪我を負った他のCランクパーティーの治療に辣腕を振るい、それをギルマスのマールズから高く評価された結果、昇格を果たしたそうである。ギルドの受付嬢?であるトゥーラにも訊いたのだが、どうやらBランクへの昇格は一定程度のギルドへの貢献に加えてギルマスの推薦に依って決まるらしい。


 ちなみにCランクへの昇格には冒険者ギルドが課した試験に合格する必要がある。そしてこの昇格試験は年に4回、各季節の変わり目毎に行われているのだが、なんとDランクに昇格後はいつでも受けることができるのだ。そこはある意味、実力主義のギルドならではであり、あのオークリーが合格してしまう程に雑ではあっても冒険者としての最低限の資質はDランクに昇格させるときに判断しているということなのだろう。


 が、なんと俺はその試験に2回連続で不合格となっている。


 だってしょうがないじゃない?

 この昇格試験、通常はそれぞれの得意分野を審査することになるのだが、剣士や魔法使いであればそれぞれに相応しい試験官とのタイマンで判定され、中衛職であれば弓やトラップ解除の腕前が試される。しかし俺はそのいずれにも該当しない。そもそも俺のようなオールラウンダーはあまり想定されていないのである。

 前衛としての剣の資質だけを見ればCランクには届かず、重力魔法の詳細を明かす気がない以上、魔法職としても使えないただの空間魔法おサイフ野郎……との判定に至る。とすると、どうしても決め手に欠け、不合格とならざるを得ないのだ。

 ソロでオークを狩るほどの冒険者ともなれば、通常は一発で合格するものらしいが、俺はここで半年も足踏みしていた。



「この討伐依頼は最終的にギルドが検分しますから、ライホーさんのCランクへの昇格試験も兼ね合わせてくれるそうです」


 はい?


 俺は随分と間抜けな面でアケフを見返していた。


「だから、ライホーさんの真の力、総合力を確認したいんでしょ?ギルドとしても」


 なるほど。ギルドとしては魔核の納入などでそれなりの実績を示している俺の実力を正確に把握したいし、更に言えばCランクにも昇格させたい。にもかかわらず俺はなかなか昇格試験に合格しない。仕方なくオールラウンダーとしての資質を見るべく、この依頼に俺を捻じ込もうとしているのだろう。


「それにキコさんが言っていました。部屋の壁で仕切られているであろう古城内では、視覚と聴覚頼りのイヨさんの他に気配察知ができる斥候がいると心強い……だそうです。気配察知に関しては僕なんかよりライホーさんが飛び抜けているでしょ?なんとか頼めませんか?ライホーさんにとっても悪い話ではないですし」


 まぁ確かにアケフの言うとおりだ。


 このまま昇格試験を受け続けても当面は合格する見込みはない。それよりもこの依頼で凄腕の斥候職、そしてそこそこの前衛職としてギルドの評価を受けることができれば、Cランク昇格への道も拓ける。


「おう、受けろ、受けろ!お主はさっさとCランクに上がっておけ!」


 少し離れた場所で俺とアケフとの会話を聞いていたお師匠が囃し立てるように会話に加わってきた。


「Cに上がっちまえばマールズの奴がギルマス権限ですぐにでもBにしてくれるぞ!」

「いや、流石にすぐに……ってことはないでしょ?」

「でもない話じゃないですよ。ギルマスはライホーさんを気にかけてるって聞いたことありますし、少しギルドに貢献すればすぐにでもBになっちゃうんじゃないですか?」


 そうか、ここは前世日本とは違うんだ。公正性とか平等性とかの法治的な建前がないわけじゃないけれど、それよりもずっと人治に寄った社会なんだ。

 今このときだってギルドから目をかけられているから、こんなイレギュラーな形での昇格試験が打診されているのだ。

 なら、あんま拘らないで受けておくか。偶然か意図的かは知らないけれど、一緒に活動するのは気心が知れたハイロードの連中なんだからリスクも少ない。ってか……偶然じゃないわな。


 まぁ――いいさ。


 俺はそう呟くと、汗を拭い、この依頼を受けるべくギルドへと向かったのであった。

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