第32話 フラグ立てんな!

 それは雲一つない晴れ渡った秋の日だった。

 空が高い。「青」という色はこの空を表すためだけに先人が創作した――そう言っても過言ではないほど、澄み渡った青空が広がっていた。


 乾燥した心地よい風が俺の頬を撫ぜていった。

 気温はおそらく20度には達しない程度。じっとしていれば若干肌寒いところだが、防具を身に纏い秋の陽を受けて進む俺達には最適な気候であった。


「ところでギルドの――あんたは戦闘には加わるのか?」

「サーギルだ。昨日の顔合わせのとき名乗ったはずだぜ?」

「悪いな。んで、どうなんだ?」


 討伐依頼、そして俺の昇格試験の検分役としてギルドから派せられた男は、サーギルという名の冒険者上がりのギルド職員で、地味だが堅実な斥候職の中堅冒険者であったという。冒険者としての最終的なランクはBとのことだが、ギルド職員になることが決まった冒険者の箔付けとして、引退間際にギルマス権限でBランクに昇格させることは間々あるらしく、サーギルもそんな冒険者の一人であった。

 何ともまぁ人治な世界ではあるが、オークリーがCランクのまま引退してギルド職員になっていることからも分かるとおり、誰も彼もってわけではないらしく、冒険者時代の腕はもとより、それなりの人格や頭脳も要求されるのだとか。

 受付嬢?のトゥーラによると、サーギルは尾行や各種調査、罠の解除にも長けており、ギルドとしては非常に使い勝手の良い手駒なのだとか。


 さっきは名前の確認のためにいちいちステータス画面を開くのもメンドイので「あんた」で済ませてしまったが、平均寿命が50歳そこそこのこの世界で、サーギルは42歳にしては高い能力を維持している小柄だが引き締まった肉体の俊敏そうな男であった。


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 名前 サーギル

 種族 人属

 性別 男

 年齢 42

 魔法 生活魔法


    【基礎値】 【現在値】

 体力    7     6

 魔力    5     4

 筋力    7     7

 敏捷   10    10

 知力    8     8

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 合計   37    35

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「俺はあんたらの最後尾から眺めてるだけだぜ。罠や危険を察知しても俺が巻き込まれなければ教えないし、魔物が襲ってきても基本回避するだけだ。無論、避け切れないときは戦いもするがね」


 まぁそうだわな。


 それ以上の会話の必要を認めなかった俺はそこで会話を打ち切り、イヨの横へと移動して語り掛ける。


「なぁ、あのサーギルって奴、同じ斥候職のイヨから見てどんな腕前なんだ?」

「サーギルさんは私がコペルニクの街に来たときはまだ現役だったから、私もベテランの彼からは色々と教わることも多かったのよ。ライホーと違って紳士――ってわけじゃないし、イヤらしい目で見てくることもあったけれど、冒険者の中じゃ比較的マシな方なんじゃないかな?」


 イヨの中での俺への評価が異様に高い。

 俺なんてポンコツ神の言葉脅しがあるからヤらないだけで、そうじゃなきゃ絶対に手を出している。だってエルフだよ?それも俺に好意を持つ超絶美貌の……


 まぁそれは置いておくとして、今は斥候としての腕前の話だ。

 以前アケフは、部屋の壁で仕切られている場所は視覚と聴覚頼りのイヨには不向き――みたいなことを言っていたが、サーギルはそこら辺はどうなのだろうか?


「サーギルさんは私とは違ってライホーやアケフみたいな気配察知もできるみたい。でも多分アケフと同じくらいかな。ライホーレベルでできる人なんていないわよ!」


 なるほど、視覚と聴覚だけではなく気配察知までできるのか。斥候職としては有能そうだな。能力値を見る限りおそらく全盛期ならBランクでも問題はなさそうだ。たまたま依頼やパーティーに恵まれず、ギルドへの貢献が不足して長らくギルマスの目に留まらなかっただけってパターンか。引退間際のギルマス権限でのBランク昇格って、そういう人の名誉回復って意味合いもあるのかな?

 前世だって、仕事はできるし人格もマトモなのに、手柄や上司に恵まれずに出世できなくて燻っている人っていたしな。どこの世界も同じ……ってか、むしろ名誉回復の機会がある今世の方が報われているのか?



■■■■■



 街を出てから2時間ほどが経っただろうか。


 この間、数度の戦闘でボア系、そしてウルフ系の魔物を蹴散らしつつ山道を進む俺たちの前に、朽ち果てかけた古城が姿を現した。

 街から見上げていたときは城というより砦のように感じていたが、間近で目にすると小規模ではあるものの城壁の石積みが威容を誇るまさしく城であった。

 ただし、木製の部位は朽ち果てて原形を留めず、蔦の類が城壁を伝い、前世で例えればバブル崩壊後に経営不振で放置された地方のテーマパークの建物のようでもあった。


 玄関の開口部を塞ぐ責務を放棄しているらしい扉の残骸を乗り越え、俺達は城内へと入った。

 俺達の無遠慮かつ突然の訪問を受け、城の奥底で蠢く何かしらの魔素を感知した俺はアケフとサーギルに視線を送ったが、彼等は特段反応を示さなかった。


 まぁ、然して大きな魔素ではなさそうだし、そう気にすることもないか――そう考えた俺は、ゆっくりと黴臭いホール内を見渡してから呟く。


「ホント、何もないんだな……」

「これまで依頼を受けた連中が根こそぎにしているからな」


 サーギルのその言葉どおり、ホールからは金目の物はすでに持ち去られ、錆びてほとんど使い物にならなそうな剣や槍、折れ曲がった燭台などが乱雑に放置されているだけであった。


「だが、前の領主の城とはいえ、今はコペルニク伯爵の所有物じゃないのか?勝手に持ち去ったりして問題にはならなかったのか?」

「乱取分も含めた依頼料なんだよ。伯爵にしてみればゴミ漁りを許す代わりに依頼料は低く抑えているのさ」

「だとすると俺達みたいな後発組は分が悪いな。金目の物はもう何も残っていないんじゃないのか?」

「だからここ最近はなんて名誉を上乗せしてるだろ?その名誉も込みの依頼料だってことさ。実際のトコ、ここいらにゃお前らの実力からして苦戦するような魔物なんかいないぜ。俺がガキの頃には全滅して行方不明になったってパーティーもいたようだが、おそらく油断したのさ。つえー魔物なんていやしねーよ!」


 をぃ、止めろ!フラグ立てんな!サーギル!

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