第81話 戦場の霧

 些か唐突な感はあるが、前置き代わりに少し触れておきたい。


 俺が属するハイロードは、冒険者パーティーとしては意外なほど「報・連・相」――所謂、「報告・連絡・相談」が徹底されている。


 ホウレン草なんて名称の野菜が存在しないこの世界にまで来て、前世の陳腐化したビジネスワードなんて使いたくはないのだが、なんやかんやとコレができているパーティーとそうではないパーティーとではチームワークであったり依頼の達成率であったり、そこら辺に差があるような気がしている今日この頃だ。

 なにせ前世とは異なり、代り映えのしない普通の依頼に過ぎなかったモノが、ちょっとした切欠で命懸けのミッションに様変わりするのがこちらの世界だ。報・連・相って本当に大事だね――そう思わせるだけの経験を俺はこれまでに何度も重ねてきた。


 無論、過ぎたるは何とやらで、ガッチガチに求められるとそれはそれで鬱陶しくなるものだし、個人個人で向き不向きもあるのだが、そこいら辺はキコが上手く調節してくれる。

 例えばパープルにそれを求めるのはほぼ無意味なので、五月蝿く言わない代わりに彼女はパープルを単独行動させることはなかった。寡黙なイギーなども同様で、必要に応じて彼女の方から適切に声をかけていた。

 一方で、不幸にして前世地獄でそれを叩き込まれ、魂の奥深く刻み込まれてしまった俺のような憐れな人間には、パーティーの別動隊を任せたり、自身の名代としてギルドや依頼人との交渉に遣わしたりもする。俺にとっては面倒事ではあるものの、パーティーリーダーのお仕事体験ってな感じで、いい経験をさせてもらっている……とでも思わないとやっていられない。



 そんなわけで、俺達メンバーの間では昨日までの情報はしっかりと共有されていた。


 俺がコペルニク伯爵邸で魔素察知の力で不審者を炙り出していたこと。実際にどれだけの不審者を捕らえたのかは知らないこと。そして俺達が独自の情報収集で得た第一、第二王子間の確執とその生母の出自。加えてグラディエーターの件。


 ……が、よくよく考えてみると、この一件絡みで俺達が事前に知ることができた情報なんてこの程度でしかない。まったく、こんなんでよく生き延びられたモンだぜ。



□□□



 戦場の霧――という言葉がある。


 これは戦争論を著したクラウゼヴィッツが定義した言葉だが、不確実かつ不確定、その上、刻一刻々と変化していく戦況の中、根拠も確信もないまま次々と重要な判断を強いられる指揮官の心情や葛藤を上手く表現している。

 そしてこれは武器を交える戦いだけに限らず、謀略戦においても――むしろ謀略戦の方がその傾向が強いのだろう。


 ここ数か月間に渡って水面下で進み、本日その集大成を見た戦いに臨んできた面々にあっても、全ての情報を正確に得て、敵・味方双方の動向を的確に把握し、盤面を完璧にコントロールし得た者など誰一人として存在しない。

 皆が場面場面で臨機の判断を求められ、その判断の一つ一つが次なる対応を強いてくる地獄のループの中、予め綯ってあった縄で自陣に有利な状況を引き寄せつつ、泥縄であることは自覚しながらも並行して次の縄も綯っていかなければならない。

 その混沌とした坩堝の中、ある者は落伍し、またある者は生き延びる――


 ただ、そうした中にあっても他者と比較すれば多少は俯瞰的に状況を眺め、主体的に動けた者は少なからず存在する。その筆頭はコペルニク伯爵、次いでキセガイ公爵といったところだろう。

 彼らは俺達のように濃霧の中で模索していたわけではなく、薄靄の先に蠢く敵の姿を朧気ながら視認しつつ、縄を綯い罠を仕掛けることができた。


 とは言え、それだって完璧には程遠い。

 キセガイ公爵が自裁に追い込まれた例を引くまでもなく、彼らの構想も二、三の不確定要素が混入するだけで全く想定外の結末へとコースを変える不確実なモノでしかなかった。そんな不安定な情勢下にあって、少しでも自身に有利な状況を構築し、状況の変化に応じた臨機な対処が求められたのだ。



 俺はまず、話の前提としてそんなことをパーティーメンバーに告げる。


 そしてエールで喉を潤した後、皆も口をつけたことを確認すると、試合前、コペルニク伯爵から呼び出されたときに聞かされた内容から語り始めた。


 ……なお、当然のコトだが、パープルだけはアルコール抜きである。こんな重い話をしている最中、ケタケタと笑い出されたら五月蝿くて敵わないからな。



□□□



「当然、伯爵だって場を完璧にコントロールしていたわけじゃないさ」


 そう切り出した俺は、近くに店員がいないことを確認してから静かに言葉を継ぐ。


「ただ、第一王子派と第二王子派の根深い確執、そしておそらくは伯爵自身がその対立を煽る謀略を重ねる過程で、キセガイ公爵、あるいはバウム侯爵のいずれかが国王を弑さんとしている……ってな情報を掴んだらしい。んなもんで、試合前、俺に何とかしろって無茶振りをしてきたのさ」

「そりゃまた……なんともお気の毒なことで。それでアンタはあのときあんな素早く対処できたんだね。アタシもびっくりしたよ。気付いたときには国王を守って戦ってたんだからさ」

「あぁ、伯爵からはパーティーメンバーにも口止めされていてな。黙っていてすまなかった、キコ」

「伯爵の令なら仕方ないでしょ。それは構わないわ。それよりも結局のところ伯爵はどっち派だったんだろうね?双方の対立を煽り、その先であの男が得たかったモノって何だったんだろう?」


 キコはあのときの俺と同じ疑問を抱いたようだ。


「俺もキコと同じコトを思って、試合前伯爵に訊いてみたんだ。そのときは上手くはぐらかされちまったが、試合後にその答を無理矢理聞かされたよ。なんでも第三王子――ウラルって名だそうだが、そのウラル殿下ってのが伯爵の甥っ子なんだってよ」

「甥っ子が第三王子!?」

「あぁ、そうさ。正確には伯爵の妹と国王の子だな。その甥っ子の立場を少しでも強化するため、第一、第二王子双方の派閥にせっせと相互不信の火種を蒔いていたら、想定以上に火の勢いが増しちまった……ってなトコじゃないかな?案外この結果に一番驚いているのは伯爵自身かもしれないぜ?」


 甥である第三王子、ウラル殿下を王位に就けるべく動いていたわけではない――伯爵のその言葉に嘘はないだろう。現にあの時点でそこまで望むのは現実的ではない。その一方、上位二人の王子に不利益となるような多くの策謀を弄していたのは想像に難くないし、結果的に棚牡丹であったとしても甥っ子が王位を窺える状況になればそれに乗っかるのも彼としては当然の選択だろう。


「でもあの伯爵はいつまでも吃驚しているだけ……なんてタマじゃないでしょ?」

「あぁ。どうやら第三王子を担ぎ、本格的に権力闘争に参入する覚悟を固めたみたいだぜ」

「そりゃまた物騒なコトを。んで、アタシらへの新たな依頼ってのは?」


 キコのその問いに、俺はあのときの伯爵の言葉を思い起こしながら掻い摘んで答える。


「まずは市井の情報を集めろってよ。今回の一件、既にどこまでの情報が洩れていて、未だどこまでが秘匿されているか――俺達には主に冒険者ギルドと冒険者界隈を洗ってもらいたいってさ。あと、もう一つは街中での情報収集と情報の流布だとさ。できれば第三王子に利する話を自然な形で流せれば上々だとよ」

「なるほど……なら、またパーティーを二手に分けようか。アタシらは冒険者ギルドを当たるよ。ライホーはイヨとアケフを連れて街中を頼む。前に話したっていう商人とかに接触できれば一番かな」


 最早、別動隊を率いるのが俺であることは、キコの中では既定路線のようだ。無論、俺にも否やはない。多分、おそらく、イヤだけれど、俺が一番の適任であることは間違いないのだから。

 ……あぁ、分かった。んじゃ、イヨ、アケフ、よろしく頼むぜ?――二人にそんな声を掛けた俺を満足気に見ながらキコが言葉を締めくくる。


「伯爵はアタシら以外の人手も使うだろうし、他の貴族連中だって色々と策動していると思う。そうした連中とトラブルにならないよう気を付けてね。じゃ、早速明日から動くよ。あと――パープルは身辺整理もあるだろうし、伯爵家の使いが来るかもしれないから、ココで待機ね。独りだけど、しっかりやりなよ!」


 一人でできるかな?的な煽りを喰らったパープルであったが、彼が研究所に入ってしまえば、この先キコはパープルをフォローし続けることはできない。自分で対処するという経験を少しでも積まそうとする親心なのだろう。俺はまだ幼かった公実きみざねを育てていたときのことを思い出していた。


 ってか、パープルのおかーさんかよ?キコ!!

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