第123話 絶望と希望

 均衡は呆気なく崩れた。アケフが、やられたのだ。


 互いに仕切り直しの局面。

 ドラゴンも俺達も足を止め、次の一手を探っていた。


 四肢で大地を踏み締め俺達を睥睨するドラゴンの正面にはイギーが、彼から左に五メートルほどの位置にはキコ。右に五メートルにはアケフが陣取り、ドラゴンを半包囲する。そしてキコの後方二十メートルの位置にはアナスタシアがいた。


 呼吸を整えたアナスタシアが魔法の発動準備に入る。

 練り上げた魔力を右手に集め、彼女は土魔法を――フルメタルジャケット弾を放つ。その軌道は見事にドラゴンの頭部を捉えていた。


 ダメージは皆無に近くとも、頭部に直撃すればさすがに気が逸れるはず。好機だ――。


 俺と思惑を同じくしたのか、すかさずアケフが動く。彼は危険を冒して一歩深く踏み込むことを決断した。


 ――が、着弾直前。アケフにとっては想定外の事象が生じた。

 アケフに先んじ、キコも動いていたのだ。

 後方のアナスタシアが放つ魔法の気配を察知したキコは、それに合わせたらしい。

 大剣の間合いを最大限に生かし、辛うじて切っ先が届くギリギリの位置からの一撃は、見事ドラゴンの右前肢の爪を一枚砕いた。

 結果、ドラゴンは両の前肢をあげて大きく仰け反り、必然的に頭部も動く。

 アナスタシアの土魔法は虚しく空を切った。眼前を横切る弾丸を反射的に目で追ったドラゴンの視界の端には、いままさに飛び込まんとするアケフがいた。

 すぐさまドラゴンは身を捩る。爪を砕かれた怒りの矛先が、理不尽にもアケフへと向かおうとしていた。


 アケフが振り下ろした剣がドラゴンの首筋を襲うも、仰け反った分だけ間合いが遠い。彼の剣はドラゴンの首筋に浅い傷をつけるにとどまった。

 が、その報復は苛烈を極めた。

 振るわれたドラゴンの左前肢がワイバーンの革鎧を易々と切り裂き、そのままアケフを吹き飛ばしたのだ。


 ライホー!――キコが叫ぶが早いか、俺は駆け出していた。


 吹き飛ばされ、木の葉のように宙を舞うアケフの身体を俺は空中で受け止める。さすがにそのまま華麗に着地……とはいかず無様に地を転がるが、アケフへのダメージは最小限に抑えられたはずだ。

 しかし、着地の衝撃は和らげられたとしても、攻撃を受けた部位のダメージが消えるわけではない。彼の腹はドラゴンの鋭い爪によって裂かれ、そこからは大量の血が流れ出ていた。


 その光景に大きなショックを受けた俺だったが、今の俺はパーティーの指揮官を任された身だ。俺の動揺は他のメンバーの動揺を誘う。俺は努めて冷静にアケフの負傷箇所を確認する。


 ――大丈夫だ。腹膜までは破られていない。傷口は深く……そして広いが、助かるはずだ。


「モーリー、こっちへ!」


 俺が呼ぶと、イヨとアナスタシアの二人も駆け寄る。

 その間にちらりと前線の様子をうかがうと、ドラゴンはキコに砕かれた爪が気になるのか、わずかばかり動きに精彩を欠き、アケフが抜けた中にあってもキコとイギーの二人だけでどうにか持ち堪えているようだ。


「アナ、お前は二人をフォローするんだ!いまは倒すことまで考えなくていい!」


 俺の指示にアナスタシアは反応しない。いや、わずかにビクッと肩を震わせたが、その視線はアケフの傷口を見詰めたまま。


「アナ!しっかりしろ!アケフが復帰するまでの時間を稼ぐんだ!アケフはモーリーが必ず治す!」


 顔面を蒼白にして精気のないまなこで呆けているアナスタシアに発破をかける。

 その俺の横では、すでにモーリーが治癒魔法を行使していた。とはいえ、さすがにここまでの深手となると相応の時間を要するだろう。


「イヨはアケフが負ったほかの傷を治すんだ。とにかく万全の状態でアケフを前線に戻すぞ。そうすればまだ勝機はある!」


 希望的観測に過ぎないが、それでも俺は皆を鼓舞する。そして何気ないふうを装い、イヨにひとこと告げる。


 ……じゃ、俺もちょっくら行ってくるわ。こっちは頼んだぜ?――俺は震える脚に拳で喝を入れると、キコとイギーが待つ主戦場へと向かったのだった。



■■■■■



 こっわ!ドラゴンってマジでヤベーわ!――それがドラゴンを間近で見た俺の感想だった。

 身体は巨きく、力も勁い。そのうえ素早さも兼ね備えているとあっては、俺如きではどうにもならない……そんな絶望的な差を感じた。キコとイギーも疲労が蓄積し、徐々に動きが悪くなってきた。

 それでも――アケフが復帰するまではなんとか粘らねばならない。


 あぁ、どうすんべぇ……マジでチビりそうだぜ。


 そんな弱腰な俺が行動を決めかねていると、ドラゴンは再び飛翔した。すでに爪の負傷を気にする素振りも消え、あらためて滑空からの突撃を喰らわすつもりだろう。満身創痍のイギーが次もいなせる保証はどこにもない。


 何か策を考えろ――と思考を巡らせたが、絶対的強者であるドラゴンが相手では、俺程度のオツムでは風前の塵。小手先の工夫でどうにかなるレベル差ではなかった。


 それでも――と、無理にフル回転させていた俺の頭脳がオーバーヒート寸前になったそのとき。突如、一筋の光明が差し込んできた。

 逆に考えたら……なんて都合のいい展開ではない。ある意味ではもっと都合のいい展開が俺達を待っていたのだ。


 俺の魔素察知が、滑空体勢に入ろうとするドラゴンのそのまた上空に二つの魔素を捉えた。うち一つがドラゴン目がけて急速に垂直落下を始める。徐々にその姿が大きくなる。するとその影は、俺がよく見知った人型を形成していった。


 ――お師匠!!


 それはお師匠だった。

 あの人が何故……それも空から……ってな疑問はとりあえず措こう。何故かお師匠が普段見慣れぬ蒼き衣を纏っていることも、ドラゴンの背が陽光を反射して金色に輝いていることも、この際どうだっていい。

 ひとまずこの窮地を脱せるであろうことを察した俺は、心から安堵していた。


 お師匠はドラゴンの背に降り立つと、その勢いのままサクッとドラゴンの背に剣を突き立てる。ちょうど、両翼の中間点。左右の翼の繋ぎ目だ。

 ってか、ただの鋼の剣であの堅固な竜鱗をサックリと貫くって……マジかよ!?


 想定外の方向からの痛撃を浴びたドラゴンは空中で捩れんばかりに悶えるが、お師匠は剣の柄を握って堪える。そして、いまじゃ!――と大音声をあげると、上空に残ったもう一つの魔素からドラゴン目がけて強大な魔法が放たれた。


 それは颶風を纏った劫火。


 パープル!!――と叫んだのはキコだった。


 お師匠とパープルの二人が――おそらくはパルティカ王国が誇る剣と魔法の使い手二人が、例のハンググライダーもどきに乗って、俺達の窮境を救わんと現れたのだった。




―――――筆者あとがき―――――


 先日、近況ノートでもお知らせしましたが、MFブックス様の公式X(https://twitter.com/MFBooks_Edit)で御案内のとおり、拙作「異世界モノを知らないオッサン、しょっぱい能力の魔法戦士になる」の書籍化が決定しました。

 まずもって、読者の皆様には感謝申し上げます。


 実は「MFブックス10周年記念小説コンテスト」で最終候補の5作品に残った際、ありがたいことに書籍化のお話をいただき、作業を進めていました。

 書籍化にあたっては、御指摘が多かった第2章「2年間」の時系列を整理するとともに、新たなエピソードの追加や設定の変更など、全面的に見直しをかけており、Web版の読者の皆様からも充分お楽しみいただける内容になるものと自負しております。


 つきましては、是非とも拙作をお買い求めいただけますようお願い申し上げます。また、御友人など周囲の方々へのPRにも御協力くださいますと幸甚に存じます(発売日等の詳細は決定次第お知らせいたします)。

 なお、今作は第3章「古城編」までが収められ、「王都編」以降の刊行は今作の評判次第となります。筆者といたしましては、是非とも次巻以降も刊行したいと考えておりますので、御協力のほど何卒よろしくお願い申し上げます。


 最後に、重ねてになりますが、これまで御支援、御声援くださいました読者の皆様には改めて深く深く感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

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