第124話 お師匠
お師匠はパープルの魔法がドラゴンを捉える寸前に宙へと舞った。
いやいやいや。普通、その高さから跳んだら無事じゃすまないから……と思った俺の予想はあっさりと裏切られ、お師匠は五点接地――着地の衝撃を身体の五か所に分散して軽減する例のアレだ――の要領で何事もなかったかのように平然と着地する。
遅れること数秒。ズシンッ――という重く鈍い音とともに、パープルの魔法を喰らったドラゴンが少し離れた位置に落下した。
こちらのほうは、さすがに何事もなく平然に……とはいかなかったようで、呻き声をあげて多少バタついていたが、それでも生来の頑強さや竜隣の硬度ゆえか、ダメージ自体はさほどではないらしく、彼女はしばらくすると起き上がった。
その間にアケフのもとへと駆け寄っていたお師匠は、此奴をよろしく頼む――と沈痛な表情でモーリーとイヨの二人に深々と頭を下げ、次いで足早に俺のほうへと歩み寄る。
そして、ライホー、剣、寄越せい!――と吼えるように命じると、俺が空間魔法から取り出した鋼の剣をあっと言う間に奪い取り、ドラゴン目がけて吶喊していった。
ったく、お師匠……アンタ、ドラゴン以上に怖いぜ――。
若干顔を引きつらせつつも、そんな存在が味方であることの心強さからか、自然と笑みが零れるのを堪え切れずにいた俺に、少し離れた場所から声がかかる。
「ライホー!こっちへ!」
ふと見ると、ドラゴンの相手をお師匠一人に任せたキコとイギーが、落下するパープルをいままさに受け止めんとしていた。
あっ、パープルの奴、魔力切れで翔べなくなってやがる。ったく、あの一撃にどんだけの魔力を込めたんだか……。
その疑問は落下したドラゴンの姿を見れば一目瞭然だった。
あれほど俺達を苦しめたドラゴンの飛行能力。その力の源泉たる両翼がボロボロに焼け爛れていたのだ。
加えてお師匠が翼の繋ぎ目に突き立てた鋼の剣。この二つでドラゴンの飛行能力はほぼ失われたと考えていい。二人は明らかに翼回りを狙って仕掛けていた。
チャンスは一度きり。二度目はないとあっては、魔力を温存して目的を果たせなければ後悔しか残らない。敵の耐久力が分からない以上、パープルとしても全魔力を注入して最大火力で放つ以外に道はなかったのだろう。
無論それは、魔力切れで落下しても必ずや受け止めてくれる――という、かつてのパーティーメンバーへの篤い信頼があってこその振る舞い。
いずれにせよ――これで最悪の状況は脱した。
俺は思わず安堵の息を吐いたが、いまだアケフは回復途上。パープルは魔力切れで立つことすらできない。キコだってすでに疲労困憊であり、イギーに至っては落下するパープルを受け止めたとき、どうやら膝を痛めたようだ。少し足を引き摺る素振りを見せている。これが現状なのだ。
一方で、皆がここまで身を削って得た戦果は、ドラゴンの飛行能力の無力化だけ。
通常は騎士二十人と兵士二百人余で成し遂げることをこの人数で成したとあれば、偉業と言っても差し支えないのだろうが、それでも――いまだあの巨躯も、それを覆う堅固な竜鱗も、規格外の能力値も健在である。
さすがに能力値のほうは開戦当初より低下しているものの、それでも規格外であることに変わりはない。俺達の傷み具合を考慮すれば、むしろ脅威は増していると言ってもいいだろう。
こちらとしては全力を出したお師匠の戦闘能力に――未知のそれに縋るしかない……といったところか。
手短にそんな認識を共有する俺とキコ。すると彼女が命じる。
「ライホー、ビビらずに前線に出てきたのは評価してやる――が、アンタにゃ
□□□
アケフに代えてお師匠を加えた前衛三人によるドラゴン戦が始まった。
お師匠ならばあるいは――と、さらに都合のいい展開を期待した俺であったが、あの初撃による戦果はドラゴンの視覚外の位置からの奇襲によって得たもの。さすがに正面切っての戦いとなると、そう簡単にはいかない。
それに、ドラゴンが舐めプ……とかするのかは知らないけれど、今の彼女は矮小な存在でしかない
キコとイギーの動きが開戦当初のものであれば、もう少し戦いらしくもなったのだろうが、二人は完全に防戦一方だ。
そんな中、戦線を支えているのはやはりお師匠だった。
アケフ同様、もう一歩踏み込んでの深い斬り込みこそできないものの、キコとイギーのフォローと並行してすでに数太刀浴びせている。
――お師匠、マジでパネェわ。
能力値だけを見れば、アケフは言うに及ばず、すでにキコやイギーにも後れをとるお師匠だが、歴戦の経験が成せる業だろうか。さして素早く動くわけでもないのに、するり、するりとドラゴンの攻撃を掻い潜り、懐へと肉迫していく。
読み……というヤツなんだろう。まるで相手が次にどう動くのか、あらかじめ見えているかのようだ。
ドラゴンクラスを相手にしているから苦戦を強いられているだけで、人間相手ならこの人に勝てる奴なんてマジでいないんじゃね?と思わせるほどの動きを見せる、御年五十四のお師匠。
そのお師匠が一旦距離をとった。
――ライホー、剣、寄越せい!!
お師匠が叫ぶ。
またかよ――とは思ったものの、たしかにただの鋼の剣であの竜鱗を切り裂いているのだ。この短時間であってもすでに刃はボロボロだろう。
俺は鋼の剣を投げながら伝える。
「そいつで最後です。もう鋼の予備はありませんからね!」
俺の言葉をその背で受け流し、
そしてお師匠は、
次の瞬間。
お師匠はボロボロになったほうの剣をドラゴン目がけて投げつけていた。
一瞬ドラゴンの気が逸れる。
そうしてできた隙を突いて、お師匠はドラゴンの懐深くへと踏み込んだ。
あっ、深い!殺る気だ――俺がそう思ったとき、お師匠はすでに剣を振るっていた。
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