第125話 お師匠2
くっくっく……老い先短くなってから、まさかこのような機会が訪れようとはの。まこと人生とは分からんモンじゃ――。
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冒険者ギルド職員のサーギルが、精魂尽き果てかけた
奴は常ならば五日をかけるノールメルクからの道のりをわずか二日で駆け抜け、陽が西に舂きだすころコペルニクへと戻ったばかり。到着後、休む間もなく各方面への報告を終え、最後に儂らの元を訪れたとのことで、なんでもノールメルクに残ったライホーから言付けがあるらしい。
女将が淹れた温めの茶を一息で飲み干すと、サーギルは姿勢を正して儂らに告げる。
身の回りの品をまとめていつでも逃げられるようにしておけ――それがライホーからの伝言じゃった。
されど、その理由を問うも、それは言えないの一点張り。
なんとも要領を得ない話で、儂も女将も顔を見合わせて訝しんだものじゃが、あのライホーがわざわざ言付けを頼むからには何かしら理由があるのじゃろうて。儂らはそれ以上の追及を断念し、大人しくライホーの指示に従うことにした。
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コトが動き始めたのはその翌日からじゃった。
あの奇妙な翼で空を飛ぶ――たしかパープルとかいったかの?――その小僧と連れ立って、再びサーギルの青二才が儂の前に現れたのじゃ。
なんでも、空飛ぶ小僧のほうは領主命令で急遽王都から召喚されたとのことで、サーギルの奴が言うには、北の――ノールメルク公国がよからぬ謀を企てているらしい。そして、アケフとライホーはその調査のためノールメルクに出向いていたとのことじゃった。
ノールメルクからの第一報を受けたコペルニク侯爵が動いたのは、すでに半月も前のことじゃという。
侯爵はすぐに王都へと遣いを派して王家に報告するとともに、王都別邸の手練れ数人に対して急ぎ領都コペルニクへと戻るよう指示を出した。
ここから王都まではどれほど急いでも片道十日近くはかかる。往復することを考えれば、半月前に遣いを出したのだからまだ到着するはずもないのじゃが、そこは空飛ぶ小僧のやることよ。聞くところによると、何者かは知らんが顔面傷だらけの男と二人で一足早く飛んできたらしい。
「で――、昨日は話さなんだ事情をこうして儂に明かしたからには、なにかしら理由があるのじゃろう?サーギルよ」
「実は……コペルニク侯爵家からあなたに指名依頼が出ました」
ほぅ――と儂は目を細める。
儂まで出張らねばならんとはな。事態は相当切迫しているということかのぅ?
もともと王家騎士団に属していた儂が――しかも王国一の剣士とまで謳われたこの儂が、ここコペルニクの地に根を下ろすに当たっては、王家とコペルニク家の間でいくつかの取り決めがなされていた。
儂の引退と地方都市での自由気儘な隠遁生活。この二つを快く認めてくださった先王陛下は、儂が隠遁先で貴族家から無理難題を吹っ掛けられぬよう、当時から英邁な領主として名高かったコペルニク家を紹介してくださった。そしてそれだけにとどまらず、仮にコペルニク家が儂に助力を求めるときであっても、冒険者ギルドを間に挟むよう口添えまでしてくださったのじゃ。
王家としては、王国一の剣士であるこの儂が、地方領主からの謂れのない圧力を受けたり、あるいはその逆に貴族家に取り込まれたりせぬよう、いろいろと気を配っていたというわけじゃ。
そんな
――コペルニク家からの依頼は何年振りじゃろうか?数年前、北国街道にオーガが溢れ出たときには声が掛からなかったのだから、少なくとも今回はあのとき以上の危機が迫っておるということかの?
儂は顎をしゃくってサーギルに先を促す。
「ドラゴンを……ノールメルクはコペルニクにドラゴンを嗾けようとしている――少なくともその可能性がある。それが侯爵家が出した結論です」
「ほほぅ、ドラゴンとな?」
ドクンッ――と胸が高鳴り、急速に熱を帯びる。そんな儂の心中を知る由もなく、サーギルは先を続ける。
「そしてドラゴンの襲撃で傷むであろうコペルニクに、兵を向けんとしている……と。いずれも状況証拠のみで確証はありません。ありませんが――そんなライホーの推測を侯爵家は是としました」
ライホーの名が出たとき、空飛ぶ小僧が薄く笑い、さもありなんと首肯してみせた。
――ふぅむ、この小僧も随分とライホーのことを買っておるようじゃの。
「で、侯爵家からの依頼の中身とは?」
「はっ、これなるパープル師とともに、ノールメルク方面の哨戒に当たっていただきたく。本当にドラゴンの襲撃があるとすれば、二、三日のうちになるはずです。侯爵家としては、急襲さえ受けなければどうとでもなる……とのこと。なお、侯爵家は冒険者ギルドにも領都防衛の緊急依頼を発するとのことです」
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――うほー!これが翔ぶということか!
年甲斐もなくはしゃいでしまったが、それは仕方ないじゃろう?なにせ本当に翔んでおるのじゃからな。まさか儂が鳥のように空を翔ぶ日が来るとは思わなんだ。このパープルとかいう小僧、まったく大したもんじゃわい。
見よ!人が豆粒のようだ!――儂は思わず声をあげる。
めっきり秋めいてきた風を受け、儂と小僧は蒼穹を征く。
無論、ただ楽しんでいただけではないぞ?
儂らは空中からの哨戒活動を続けつつ、並行して小僧の飛行能力や魔法の技量、そして儂の剣技――それらの情報を腹蔵なく共有し、儂が識るドラゴンの知識も小僧に授ける。
なかなかに無口な小僧で儂も会話を進めるのには骨を折ったものじゃが、それでも魔法研究所に入るだけあって、オツムのほうは大したもんじゃった。
まずは飛行能力を奪うこと――それが儂と小僧で一致した結論。
一にも二にもドラゴンの飛行能力を潰さなければ話は先に進まない。
逆に言えば、それさえ成れば儂らは即座に撤退しても構わんのじゃ。あとは侯爵家騎士団の連中が二、三十人で囲めばどうとでもなるじゃろうて。
――が、この儂がそんなオイシイところを他人に譲るわけにはいくまいよ。儂はこの命に代えてでもドラゴンを討伐し、あの日なれなかった
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……と、あのときは気軽に考えておったのじゃが、実のところ戦況はかなり悪い。
空飛ぶ小僧とのコンビネーションでドラゴンを地に墜としたところまではよかったのじゃが、来てみればアケフは腹を裂かれて治療中。空飛ぶ小僧のほうは魔力切れで立ち上がることもできんときている。他の連中も満身創痍じゃ。
唯一、意気軒昂としておるのはライホーくらいか。じゃが、こやつ程度の腕前ではドラゴンを相手にするには荷が勝ち過ぎておる。
この儂ですら竜隣を斬るのがやっとで、臓腑に達する斬撃を放つには命を賭さねばならぬのじゃから。
いずれにせよ、これでは撤退することも叶わん。
まぁ、
――ライホー、剣、寄越せい!!
儂はライホーに命ずる。
そしてライホーが投げて寄越した真新しい剣を受け取ると、ボロボロに刃毀れしたほうをドラゴン目掛けて投げつけ、奴の腹を裂くべく一歩深く踏み込んだのじゃった。
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