第122話 劣勢
ドラゴンは俺達の上空十メートルの高さを旋回していた。
どうやら幼竜を探しているようだが、ときを同じくして俺達を不埒な誘拐犯だと誤認したらしく、突如怒りの咆哮をあげる。
ビリビリとした衝撃波が俺達を襲う。
チッ、誘拐犯はユウカとイハン――あのノールメルクの冒険者パーティーだってのに……といった弁明が通じる相手ではない。
咆哮とともに翼を一つ羽搏かせたドラゴンは滑空状態に入ると、そのまま前衛の三人へと迫る。
「右に逸らす!」
大盾を構えたイギーがドラゴンの進行方向に立ちはだかった。
マジかよ……ありゃ中型トラック並の大きさはあるぞ?いくら逸らすとはいえ……と思ったところで、両者が激突する。
ズンッ!!という重い振動が大気を揺らす。
魔力を流したミスリル混の大盾は、拉げもせずドラゴンの巨体を受け止めた。
激突と同時に、数メートルにも渡って乾いた大地で靴底をやすりがけしたイギーが、これ以上ない絶妙なタイミングで身体を傾けると、宣言どおり右方向へドラゴンの突進力を受け流すことに成功した。
ドラゴンは勢いもそのままに草原地帯を超低空で滑空すると、その先の灌木をなぎ倒し、大森林の喬木群に激突して止まった。
ズンッ!という低い音とともに樹々が揺れ、はらはらと葉が舞う。
スゲェな、イギーの奴。あの威力の突進を完全にいなしやがった……。
俺はイギーの卓越した盾術に感銘を受けたが、ドラゴンのダメージは微々たるもの。やにわに身を起こしたドラゴンはイギーを敵認定したのだろう。改めてイギー目がけて突進を開始した。
どうやらうまくヘイト管理ができたようだ。
怒りで周囲が見えなくなっているドラゴンに、横合いから一撃入れたのはキコだった。
地を這うような低い体勢で突撃するドラゴン。それよりもさらに低い位置から放たれた大剣による一撃は、ドラゴンの左肢を確実に捉えた。人間で言えば弁慶の泣き所――向う脛にクリーンヒットした形だ。
しかし――。
「チッ、効いてない!随分と頑丈なんだね、ドラゴンって奴は」
キコのその言葉どおり、突撃自体は中止に追い込まれたドラゴンだったが、キコが全力で打ち据えたはずの部位は竜鱗が多少傷んだ程度で、ドラゴンは痛みを気にする素振りすらない。
「ミスリルの――魔力を流した攻撃じゃなきゃ斬れなそうだよ!」
俺達にそう伝えた直後、自身に向けて振るわれた竜尾の攻撃を大剣の腹で受けたキコは、あえて身を浮かせ衝撃とともに後方へ飛ぶ。
そして空中にあっても卓絶したバランス感覚で体勢を維持しつつ、彼女は大声で叫んだ。
「アタシとイギーで隙をつくる。アケフ、お前が斬りな!」
□□□
膠着した時間が過ぎる。
ドラゴンの強靭な膂力と無尽蔵とも思える体力を前に、俺達は苦戦を強いられていた。
前衛三人による献身的な防衛戦。そしてときに放たれるアナスタシアの土魔法により、辛うじて均衡は保たれていたが、それはあくまでも負けないための戦いに過ぎない。このままではジリ貧にしかならず、いずれ肉体は疲弊し、体力は枯渇し、まさに磨り潰されるかのように敗北することになるだろう。
このままではマズイ――そのことは誰もが分かっていたが、局面を打開する一手が見当たらなかった。皆の心中に焦りが募り始めていた。
この間、俺はまったく戦力になれていない。
その言葉どおり、一戦限定とはいえタイマンならばアケフとも互角に渡り合える俺だったが、あくまでもそれはトリッキーな動きや業があってこそ。純粋な戦闘技術ではとても前衛の三人には及ばないし、その練達した戦闘技術を
その均衡だって、些細なきっかけでいつ崩壊しても不思議ではない。下手に俺が加わることで、その引鉄を引きかねない。
それに、どのみち俺の劣化剣ではドラゴンに傷一つ付けられやしないのだ。キコが言ったように、あの竜鱗はミスリル混の武器に魔力を流してようやく斬れるといった代物であった。
雷魔法だって胴体に剣をブッ刺して直接体内に放たないと意味がないだろう。表層からでは堅固な竜鱗を上滑りするだけだ。
そんなわけで、ここまでの俺はドラゴンの動きを観察し、攻撃に移る際の予備動作、あるいは攻撃の回避傾向――そういったことの分析に努め、皆に伝達することに専念していた。
そんな中、アケフだけは一太刀、二太刀浴びせてはいるが、いずれも浅い。もう一歩深く踏み込み、腰を落として振らなければ深手を負わせることはできない。
が、それを成すためには、天秤の片側にアケフの命を置かなければならないのだ。そう気安くできることではなかった。
それでもキコとのコンボで、ここぞ!――という場面を何度か創り出せてはいるものの、そんなときドラゴンは烈風を纏い宙に逃れてしまうのだ。
お師匠がかつて語ったドラゴン討伐のフォーマットは、約二十人の騎士が囮として気を引いている隙に、投石機や強弩を扱う兵士二百人余が翼を攻撃して飛行不能にし、そこにミスリル混の得物を装備した騎士三十人程が命懸けで吶喊して止めを刺す――というものだった。
やはり、まずはあの翼をなんとかしなければ勝利は望めないだろう。
俺はあらためてステータス画面を開く。
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名前 ハーリーティー
種族 竜属 竜種
性別 女
年齢 54
魔法 風魔法
(基礎値) (現在値)
体力 42 31
魔力 30 19
筋力 33 25
敏捷 19 16
知力 21 17
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合計 145 108
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これはヤバい。どの能力値をとっても、人類では到底太刀打ちできないレベルだ。
そのうえ、彼女の竜鱗には通常攻撃は効かないし、飛行能力もあるときている。加えて中型トラック並の巨躯もなかなかに厄介で、物理的に押し潰されるだけで人間などひとたまりもなく死んでしまう。
それでも不幸中の幸いだったのは、風魔法は今のところ攻撃に使われた形跡がないこと。おそらくは飛行専用なのだろう。そしてここ数日間、不眠不休で愛する我が仔を探していたからだろうか。名前が……じゃねぇ、俺達と遭遇した時点で、すでに体力などの現在値が軒並み削られていたことだ。
キョド男君達も頑張って逃げ回ってくれたようだな。感心、感心。
……って、ふざけている場合じゃないわな。さて、どうしたもんかな……。
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