第121話 会敵

「追うんだ!ライホー!」


 キコが叫ぶ。

 俺の視線の先には幼竜を運んでいた本隊――その連中が領都コペルニクに向けて全力で駆けている。

 ここは俺がこの世界に転移した場所の付近。領都からは少しばかり北上した地点だ。


 連中は領都を目指して必死に走る。彼らの背後には俺達ハイロードが、そしてさらに後方からは堅牢なあおぐろい鱗に覆われたドラゴンが、漆黒の翼をはためかせて迫っていた。



■■■■■



 少し時間を遡らなければなるまい。


 残された道は、親竜に先んじて幼竜を奪還し、大森林の奥地に埋葬することだけ――その先、親竜の矛先がコペルニクに向くか否かは運任せ。

 そんな結論に至った俺達は、昼夜を分かたぬ強行軍で領都コペルニクを目指した。その間、北上する別動隊と思しき二人組とも擦れ違ったが、宿場町の安全を考慮すれば彼らに手出しすることはできない。

 スーフォ、ドーサ、カント、スファートと四つの宿場町を経由し、領都コペルニクまであとわずかとなったところで、ついに俺達は幼竜を運んでいると思しき本隊をその視界に捉えた。


 彼らの人数は四人。

 街道脇の灌木群が途切れ、若干拓けた草原地帯。そこに唯一屹立する広葉樹の木陰で休んでいる――といったテイを装ってはいるが、周囲への警戒感が半端ない。俺達は事情を知っているから余計そう感じるだけなのかもしれないが、その点を差し引いても怪しさ満点である。

 なにせ一人はやけに北の空を警戒し、一人は大きめの木箱――おそらくは幼竜を納めている――をその背に担いだままだ。親竜が現れたら即応できる態勢を整えている……といったところか。

 例のキョド男君の話を信じるのならば、幼竜の尾を運ぶ別動隊の第五陣は最後の宿場町スファート近くの大森林で親竜を誘き寄せているはすだ。そして本隊のほうは第五陣と分かれたこの場所で親竜が現れるのを待ち、そのまま領都まで誘導して混乱に乗じて街に駆け込む算段らしい。


 あらかじめ領都に入っておくという選択肢はない。入場時の手荷物検査で引っかかってしまうからだ。

 ちなみに、宿場町では手荷物検査こそないものの、さすがに幼竜が流す血の臭いや獣臭は門番の警戒を引く。だが、キョド男君情報ではそれについても対策済みで、ナヤレ・サズクシ――あのシュールストレミングもどきのクサい食べ物も一緒に運ぶことで誤魔化したとのこと。なんでも、少量をわざと容器から零して異臭を振り撒くんだそうで、随分と芸が細かい。



 さて。別動隊がここを発ったのはいつのことだろう?俺達に残された時間はどれほどあるのだろうか?――そんな疑問は浮かぶが、いまは連中から幼竜を奪還することが先だ。


 ひとまず俺達は、彼らの横を何食わぬ顔で通過する。

 周囲にはかすかに血の臭いとともに獣臭が漂っている。ビンゴだ。コイツらで間違いない。ナヤレ・サズクシの臭いがないのは、すべての宿場町を通過して用済みになったため、どこかで廃棄してきたのだろう。


 連中の横を通過して二十メートルほど進むその間に戦闘隊形を組む。先頭を進んでいたキコが徐々に速度を落として最後尾に回り、逆にモーリーとアナスタシアは先頭に出る。そのまま振り返るだけですぐに戦闘可能なフォーメーションだ。


 イクよ!――キコの号令一下、俺達は振り返る。そして背嚢を街道脇に放ると、彼らに向けて駆け出さんとした。


 が――――あぁ、タイムアップだ。


 そのとき俺の魔素察知が、急速に飛来する強大な魔素を捉えたのだった。



□□□



 ドラゴンだ!!――そう叫んだ俺に仲間達の視線が集まる。

 幼竜を運んでいた四人組も俺に視線を向けるが、そのときが来るのを準備万端で待ち構えていた連中の反応は素早く、俺達のそれは一足も二足も遅れた。

 タイミングが最悪だった。キコの号令とともに連中の制圧に仕掛ろうとしたまさにその矢先。ドラゴンが現れたのだ。


 さしものキコも判断が遅れる。俺達パーティーメンバーも、どちらを優先すべきか――そんな逡巡から動きが完全に止まっていた。


 そんな俺達の横を連中は全速力で駆け抜けていく。


 ――マズイ、抜けられた!


 即座に踵を返した俺の後ろからキコが叫んだ。


「追うんだ!ライホー!」


 が――初動の差は大きかった。

 幼竜を運ぶ男は、あの大荷物だ。まともに追えば捕らえられなくもないだろうが、ほかの三人が命を賭して向かってくればそこで終わりだ。

 ステータス画面を見る限り、先を走る幼竜を運ぶ男の足は速い。ほかの三人も能力値の合計は五十前後と手練れが揃っている。俺達を一時的に足止めするには充分だ。


 俺は並走するキコにそんな分析を告げる。渋面をつくった彼女はほんの数瞬考え、苦渋の決断を下す。


「皆、ここでドラゴンを迎え撃つよ!」



□□□



 本来は二、三百人の精鋭部隊で迎え撃つというドラゴン――そんな存在を相手に俺達はわずか七人で立ち向かおうとしていた。

 ここで俺達がそれをしなければ、ドラゴンがコペルニクの街を急襲することは避けられない。その厄災は街に甚大な被害を齎すだろう。加えて、ノールメルクからの軍勢も迫っているはずだ。

 最終的にコペルニクの街が落ちるか否かは分からないが、ドラゴン、そしてノールメルク軍との連戦を強いられれば無事に済むことはあるまい。それを防ぐにはここでドラゴンを食い止めるしかないのだ。


 なんだか急に無理ゲーじみてきたミッションだが、街を見捨てて逃げ出すわけにはいかない。その選択は一度ドラゴンと手合わせしてからでも遅くないはずだ。

 なんたって街にはウキラがいる。サーギルに頼んだ伝言が届いていれば、いつでも身一つで逃げ出せるよう準備はしているだろうが、それでも逃げずに済めばそれに越したことはない。


 俺達は本隊の連中が休憩していた草原へと戻り、陣形を組む。


「イヨ、アナ!ドラゴンの気をこっちに引いて!」


 キコの言葉に、イヨは矢番えに入り、アナスタシアは魔力を練る。


 初手はアナスタシアだった。

 アケフとは比べものにならないほどの威力、そして射程で放たれたアナの土魔法――貫通力重視のフルメタルジャケット弾は、飛来するドラゴンの鱗をわずかばかり抉った。

 弾丸、そして竜鱗双方の硬度が拮抗していたためか、圧倒的質量差に敗れた弾丸は弾道を逸らして後方へと流れたが、それでも竜隣を抉れるという事実は貴重だ。たとえドラゴン的にはほぼノーダメージ――掠り傷にすらならないレベルであったとしても。

 ちなみに、続いて放たれたイヨの矢は呆気なく弾き返された。通常攻撃は効かないと思ったほうがいいようだ。


 いずれにせよ、この攻撃でドラゴンの意識は俺達に向いた。そしてこの一帯には幼竜の強い臭気も残されている。


 俺達を標的と見定めたドラゴンが急速に迫る。


「モーリーとイヨは回復役に特化。絶対に前には出ないで!アナも一定の距離をとって今の魔法を!」


 そう叫んだキコは、最後に俺に告げる。


「ライホーはアタシに代わってパーティーの指揮とサポートを!アレが相手じゃ、アタシも全体を見ている余裕はない。委細任せるから頼んだわよ!」


 キコはそう言い残すと、イギーとアケフを引き連れ、ドラゴン目がけて駆け出していった。

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