第128話 前にもあったような……

 ドラゴンの動きはかなり悪くなっていた。ピーク時よりも動きは緩慢。キレもない。

 ダメージや疲労の蓄積もあるのだろうが、なによりキコに尾を斬られたことで身体全体のバランスが取りにくくなったことが大きいようだ。


 このレベルの動きなら――俺でも戦力になりそうだ。


 にしても、最終形態がなくて本当によかったぜ。まさか尻尾を斬り落としたから変身できなくなったわけじゃねーよな?どこぞの戦闘民族みたいに……と、普段ならそんな軽口の一つも叩くところだが、いまはとてもそんな気分にはなれない。

 一刻も早くコイツを倒し、お師匠の元へと戻らなければ……。


 そんな俺の焦りを察したのか、キコから冷静な指示が飛ぶ。


「ライホー、アンタは牽制に徹しな。そのナマクラじゃコイツに刃は通らない!アケフ復帰までの時間を稼ぐよ!そんときまで魔力も温存しな!」


 その言葉で多少頭が冷えた俺は、改めてドラゴンを見据える。

 たしかに相当弱ってはいるが、魔力を通したミスリル混の武器でしか切り裂けぬ堅牢な竜鱗、そしてそれ自体が大きな武器となり得る巨躯はいまだ健在。

 このバケモンを相手にキコはよく独りで堪えたな……と思ったところに、アナスタシアの土魔法――フルメタルジャケット弾が命中する。


 おぉ、アナスタシア!


 だが、貫通力を重視したフルメタルジャケット弾であっても竜鱗を貫くには至らない。弾は表層部をわずかに削ると軌道を変え、後方へと流れる。


 ドラゴンの意識がアナスタシアに向きかけるが、すかさずキコが反対側から斬りつけ、ヘイトをコントロールする。

 とはいえ、魔力を流さぬ攻撃ではドラゴンもさほど気に留める素振りはなく、意識の半分はアナスタシアに残ったまま。ダメージは皆無に近いものの、あの遠距離からの竜鱗を削る攻撃には鬱陶しさを感じているのだろう。


「ライホー、アケフが戻ったら仕掛けるよ!何か策はあるかい?」

「あるにはある――が、アナと少し打ち合わせたい。その間、ほんの少しだけでいい。奴の気を引いていてくれ」

「おや、アタシとは打ち合わせなくてもいいのかい?」


 肩で息をしながらキコが聞き返すが、俺はにべもなく応じる。


「お前さん、どうにか取り繕っちゃいるが、体力も魔力も限界に近いんだろ?」


 ステータス画面を見る限り、彼女は体力も魔力も枯渇寸前。


「……ライホー、アンタそんなことまで分かるのかい?」

「まぁな。そんな状態のお前をこの重要な局面で使うわけにはいかない。下手するとイギーの二の舞だ。スマンがおいしいところは俺達に譲ってもらうぞ?」


 そう言って俺はアナスタシアに声をかける。


「アナ、フルメタルで撃ち続けろ。そして撃ちながら聞け!」



■■■■■



 アナスタシアに策を伝えてから数分後。


 ついにキコが膝をつく。すでに立つこともできぬほどに疲弊した彼女は、それでもその眼力でドラゴンを睨みつけていた。

 そんな彼女の横に、男が一人立った。

 大地を力強く踏み締め。師から譲り受けた長剣を佩き。

 長剣をサラリと抜き払った彼は、その厳めしい表情からは想像もできないほど穏やかな口調でキコに語りかけた。


「キコさん、ありがとうございました。ここから先は――僕に任せてください」


 そう言ったアケフは、次いで俺に訊く。


「ライホーさん。さっきアナに言っていた言葉、僕に意味は分かりませんでしたが……策はあるんですよね?」

「あぁ、アケフ。問題ない。アナが遠距離から初手を。俺が近距離から次の一手を放つ。その二手で奴の懐に踏み込む隙をつくってやる。最後はお前が止めを刺すんだ」


 ゆっくりと頷いたアケフに、俺は念を押す。


「……が、傷口は塞がったとはいえ、あれだけの血を失ったんだ。今までと同じ動きができるとは思うな。俺が指示するまで勝手に動くんじゃないぞ?」


 ええ、分かりました――静かにそう答えた彼は、この短時間で一回りも二回りも精神的に成長したように思えた。



□□□



「アナ、やれ!ホローポイントだ!」


 叫ぶと同時に、俺は駆け出す。


 アナスタシアがこれまでの数倍もの魔力を練り上げた弾丸を宙に顕現し、即座に射出した。

 ドラゴンは軽く反応を示したものの、回避行動をとる様子はない。鬱陶しくはあるが、当たったところでどうということはない――そう高を括ったのだろう。

 それよりもこれまで積極的に動くことのなかった新たな敵――急接近する俺に注意を払っている。


「ライホー、アンタのナマクラでどうしようってんだい!?」


 まさかこの俺が近接戦を展開するとは想像だにしなかったのだろう。キコが後方で叫んでいるが、俺だって馬鹿じゃない。お師匠じゃあるまいし、俺の劣化剣じゃ竜鱗を裂けないことくらい分かっている。

 アナの土魔法が着弾する寸前。俺は劣化剣をドラゴンに投げつける。と同時に、重力魔法で自身を軽くしてさらに加速する。


 投げつけられた剣と急加速した俺。ドラゴンの意識は完全にこちらへと向く。そのドラゴンのこめかみにアナの土魔法が着弾した。

 が、それはホローポイント弾。これまで彼女が撃ち続けてきたフルメタルジャケット弾ではない。


 一般にフルメタルジャケット弾は、弾丸の硬度を高めることで貫通力を上げ、獲物の身体を貫くことを目的としている。しかし、相手が硬く滑らかな竜鱗となると、表層部を削るだけで弾は逸れてしまう。それはつまり運動エネルギーの過半を無駄にすることと同義だ。

 対してホローポイント弾は、あえて自壊するような脆い弾頭にすることで貫通力を下げ、獲物の体内に弾丸を留めて内部を破壊することを目的としている。さすがに竜鱗が相手では体内に侵入することは困難だが、それでも表層部で弾が自壊することで、フルメタルジャケット弾とは異なる種類の打撃を与えることが能うのだ。


 刃物のようなフルメタルジャケット弾、鈍器のようなホローポイント弾……とでも例えようか?

 いずれもドラゴンに与えるダメージとしては微々たるものだが、打撃の質が違うということだ。


 ということで、これまでと同じだと思い込んでいたところに、まったく異なる種類の打撃を受け、ドラゴンは明らかに驚愕の表情を見せた。

 この戦闘中、図らずもアナスタシアがフルメタルジャケット弾だけを使ってきたことが、ここにきて効いたのだ。


 思わずアナスタシアへと視線を移したドラゴン。そのドラゴンに悟られぬよう接近した俺は、異空間から新たな剣を取り出す。

 それは……イヨから借り受けたアダマンタイトの細剣。


 コイツなら――貫ける!


 魔力を流した細剣はスッと、まるで豆腐に針を刺したかのごとくドラゴンの腹へと飲み込まれていく。


「いま!」


 俺の電撃が剣を通してドラゴンの体内に放たれた。


 バシュッ!!ババッ!


 よっしゃ!どうだ?決まったか?


 ――?


 ――――うん?あれ?


 ――――――もしかして……あんま効いてなくね?


 やはりゴブリンとは身体のサイズが違う。中型トラックレベルの相手には効きが悪いようだ。それにイヨの細剣は劣化剣より電気伝導率が低いのだ。


 おもわず足を止め呆けてしまった俺にドラゴンの咢が迫る。

 ビリビリと痺れる妙な攻撃を仕掛けてきたこの不遜な者を膺懲すべし――怒りの炎をその目に宿したドラゴンが、さらに首を伸ばす。


 ヤバい!このままではその咢で頭を砕かれ、俺は二度目の人生を終えることになる。


 ――?


 ――――うん?あれ?


 ――――――なんか……こんなシチュエーション、前にもあったような……。


 あんときゃたしか……そうだ、オーガに組み敷かれたんだ――と思ったとき、俺に天啓が舞い降りる。

 俺はイヨの細剣を手放すと、咄嗟にドラゴンの眼球に重力魔法を放った。


 コイツで――どうだ!!

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