第96話 妹弟子と最年少Bランク冒険者
かつてお師匠は言った。
儂は取れるところから取る主義じゃ!――と。
その言葉を信じるならば、弟子入りしたイヨの月謝は俺と同じく金貨1枚のはずだが、そうは問屋は卸さなかった。
「ふむ、剣の基礎と突きをのぅ。分かった、よかろう。早速明日からでも通うがよい。月謝は……銅貨1枚!」
はぁ!?
イヨの月謝が安いのは俺としても喜ばしいことだが、それはそれとしても、どうにも釈然としないものがある。お師匠よ、以前のBJも真っ青な高尚な思想はどうなったんだよ?
あのころの俺より、今のイヨの方が金を持ってんだぞ!剣の才だって俺と大差ないだろうが。それなのに銅貨1枚って……なんでだよ?
俺がそう詰め寄ると、まぁ、美人じゃからな、彼女――と、事も無げにお師匠は宣う。
「いや、普通そうじゃろ?見よ、儂の弟子共を。美人どころか
「そりゃ当たり前でしょうが!アンタ歳幾つだよ?」
……っと、前世も含めれば、俺もお師匠と同い年か。そこはまぁ、あまり触れないでおこう。
んなことより、お師匠のヤツ、ルッキズムの権化だったんだな……ってか、そんなのこっちの世界じゃ至ってノーマルな考え方か。
まぁ、どうせ前の世界だって、皆、世間体があるから人前では抑制していただけだ。実際には容姿がいい方が得することなんて腐るほどあったからな。
にも関わらず、外面を取り繕おうと欺瞞と偽善に満ちた科白を吐く前世の大人達より、お師匠を始めとする今世の人々の方がよほど正直で好ましいぜ。
あぁ、こんな本音を声高らかに叫ぶことができるこの世界ってスバラシイな!
……さて、前世なら石もて追われるような話はこの程度にしておくとして、そんなこんなでイヨは正式にお師匠の弟子となった。俺から見て彼女は妹弟子に当たる。剣の腕前では抜かれないよう、せいぜい気張らなくてはな。
あと余談だが、俺達に同行して道場を見学していたキコとイギーの二人は、俺と同じく月謝不要で自由に道場を使うことが許された。アケフ育成用の対戦マシーンとして許可されているに過ぎない俺とは違い、彼女達の場合は弟子達のよい手本になるから――ってのがその理由のようだ。
いずれにせよ、定宿の近くで気軽に剣を振るえる場があるってのは結構なことである。
■■■■■
こうしてイヨの入門手続きを終えた俺達は、冒険者ギルドへと向かう。
昨日は取り敢えず依頼完了の報告はしたが、まだ報酬の受け取りやその他諸々の事案が残っている。
例によってトゥーラの受付窓口に顔を出した俺達は、そのまま奥の部屋へと案内された。既に別の受付嬢がギルマスのマールズを呼びに向かっているようだ。
しばらくして現れたマールズの手には、報酬の白金貨が入っていると思しき革袋が握られていた。彼から手渡されたそれを皆で確認すると、俺とイヨ以外の空間魔法を持たない連中は、その報酬をギルドに預けるため再びマールズに返す。
そいつをさらにトゥーラへと預けたマールズは、パーティーリーダーであるキコに視線を移して語り始めた。
「伯爵家……じゃない、侯爵家からの追加報酬もあると聞いたが、それはギルドでは関知しないからな。お前達の責任で侯爵家から取り立てろよ?さて、これで依頼は完了だ。侯爵家からの指名依頼、御苦労だった。そしてアケフ、お前は大したお手柄だったな。王都の冒険者ギルドから諸々報告があったぞ。俺も鼻が高いぜ。――それとキコ、お前には侯爵様から推薦状が届いた」
おおっ!――俺達は思わず声を上げた。
この推薦状というのは、所謂Aランクへの推薦である。Aランクになるためには幾つかの方法があるのだが、一番手っ取り早いのが領主から推薦を得ることだ。
Bランクへの昇格には一定程度の冒険者ギルドへの貢献とギルマスの推薦が必要だったが、Aランクともなると領主からの推薦が一つの要件となる。
今回、キコにはパーティーを率いて見事侯爵家の指名依頼を達成した功で、コペルニク侯爵から推薦状が届いたのだ。これをギルドが認めれば、晴れて彼女はAランク冒険者だ。そして、普段の素行などで問題があるといった一部の例外を除けば、領主からの推薦をギルドが断ることはほぼないという。
「キコ、お前はAランクに昇格だ!」
キコにそう告げたマールズは、次いでアケフを見る。
「そしてアケフ、お前をBランクに昇格させる。トーナメント優勝でよくぞコペルニクギルドの名声を高めてくれた!」
やったな!キコ!アケフ!――俺は隣にいたアケフの肩を叩き、思わずそう叫んだ。
これでアケフは、イヨが保持していた「コペルニク領最年少Bランク冒険者」の記録を大幅に更新した。
イヨが22歳でその記録をつくったとき、順当にいけば数年後にはアケフがそれを大幅に更新するだろう……俺はそう予測したが、まさかの19歳、十代での更新とは想像以上の速さであった。
もしかして王国記録も更新してるんじゃね?やっぱチートだよな、コイツ……
そんなアケフであったが、何故か彼はマールズを凝視している。
どうしたんだ?アケフ?――そう訊ねた俺に答えることなく、珍しくアケフはギルマスに食ってかかる。
「ライホーさんは?なんでライホーさんはBランクにならないんですか!?」
あぁ、それか――
俺より早く行動に移っていたのはキコであった。
アケフ、それ以上は話すな!――そう言って彼女はアケフの口を封じ、他のメンバーにも視線でそう告げる。
最後に俺と視線を合わせた彼女に、俺は無言で頷く。
国王の命を救ったのは裏の出来事。ギルマスに伝わることはない。故にあの功績はギルマスの推薦が必要となるBランクへの昇格に繋がることはないのだ。
領主がBランクへの昇格に口入することも、ギルドの独自性を侵すものとしてタブー視されているのだろう。領主が関われるのはあくまでもAランクへの推薦だけ――おそらくそういうことなんだろう。
俺やキコから少し遅れてモーリーとイヨもそこまで思考を廻らせたようだ。が、表情を一切変えないイギーは別にしても、アケフは未だ釈然としない表情をつくっている。
その話はまた後でな――アケフにそう告げた俺は、少しおどけた口調に変えて語り出す。
「これでCランクは俺だけか。アケフにも抜かれて一番下っ端になっちまったな。マールズさんよう、俺のBランクへの昇格には少し手心を加えてくれよな?」
マールズはマールズで、そうした俺達の挙動を不審に思ったようだが、貴族案件なら表に出せない話の一つや二つあるんだろう――そう察した彼も場を混ぜっ返すような科白を吐き出す。
「こっちだって端からそのつもりなんだが、流石に目立った活躍の一つでもなきゃ便宜は図れないぜ?だがな、ライホー、お前さんがあの程度の剣の腕前にも関わらず、このハイレベルなパーティーの一員として皆から認められてる秘密――そいつを洗いざらいギルドにも明かしてくれれば、すぐにでもBに昇格させてやるんだがな」
「……いや、そいつは遠慮しておくよ。いずれアンタから正当な評価を得てBランクに上がってやるさ」
アケフはまだ腑に落ちない表情を浮かべていたが、そんな彼を連れて俺達は部屋を後にしたのだった。
□□□
……まぁ、長年勤め人をやっていれば、タイミングが悪くて昇進できず、こんなふうに損をすることって間々あるからな。
少し違う例だが、普通なら昇進できるレベルの功績をあげたのに、たまたま同時期にそれ以上の功績をあげた同僚がいて、そいつにポストを掻っ攫われるとかな。
多分、俺がBランクだったら、国王救出って理由は秘匿されるにしても、侯爵からは強い圧の籠った推薦状が届くだろうし、領主推薦でAランクにもなれたんだろう。だけれどCランクであるばかりに、同じ功績であっても格下のBランクに上がることすら叶わない。
理不尽ちゃあ理不尽だが、世の中そういうこともある。この程度の理不尽は前世でよく経験したもんだ。
こちとら理不尽耐性だけは異様に高くなきゃやってらんない
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