第108話 ライホー先生の魔法講座

 ――教会では判別不能なんだから、既知の魔法ではないはずだ。


 ――どうにも属性が分かり難いな。アナ、どうやらお前さんの素の魔力が滲み出ている感じだ。


 俺は取って付けたかのような見立てを語り、属性が乗らない魔力自体を操る魔法だと思う――と、些か強引にそんな結論へと誘導する。

 イヨも所どころで「へー」とか、「ふーん、そうなんだ?」とか、必死に合いの手を入れてくれるものの、残念ながら演者としての才能は皆無のようで、蘿蔔役者そのものであった。

 演技だと分かっているから余計そう感じるだけなのかもしれないが、根が素直で善良、嘘とは無縁に生きてきた彼女ならこんなモンなんだろう。世塵にまみれ、汚れちまったオッサンとは魂魄の混濁度合いは違うのだから……



 その後、体内から魔力を抽出するイメージで魔法を発動してもらったところ、アナの眼前には不可視の魔力の塊が出現した。


 不可視なのにそれが分かるのかって?それは当然の疑問だが、不可視であろうと魔力の気配は感じることができるのだ。アケフのように気配察知が得意な者なら特に――である。無論、俺の場合は魔素察知があるから言わずもがなだ。

 そして意外な発見だったのは、使い手のアナ自身はその魔力を容易に認識することができ、ぎこちないながらも体の一部のように操れることだった。おそらく魔法制御を鍛えることでより滑らかな操作が能うだろう。


 残念ながら属性効果が乗らない分、攻撃に使用した際の威力は格段に落ちるものの、空中に一時的な足場をつくったり、気配察知が苦手な相手であれば不可視の塊で奇襲したりと、工夫次第で使いどころは広がりそうだ。


 が、こいつは教会には……ってか、パーティー以外の人間にも秘密にした方がよさそうだな。俺の魔法鑑定の能力を知られたくないってのもあるが、アナにとっても切り札の魔法として秘匿しておくに如くはないだろう。


「ふぅ、アンタと一緒にいると次々と秘密が増えて難儀なコトだね……」


 キコが呆れたように語った言葉に、今に始まった話じゃないよ――と、モーリーがしれっと応じていたが、おめーはゴーレムのときの俺の能力、すっかり忘れてたじゃねーか!



■■■■■



 翌日。

 この時期にしては珍しくどんよりとした曇り空の下、アナスタシアを加えた俺達七人は軽い討伐依頼を熟す。場所はお馴染みの北方大森林の浅層部。


 ゴブリンやオーククラスを相手にアナの魔法の効きを確認し、互いの連携を調整する。


「初めてにしちゃ悪くないよ!アナ!」


 キコの言葉に乗せられてか、はたまた元々の素質故か、あるいはその双方か、アナの土魔法は的確にゴブリンを潰し、オークを足止めする。場所が場所だけに余程のコトがなければ火魔法は使えないため、使用するのは土魔法に限っているが、それでも彼女は充分な戦果を挙げている。


 ――とてもFランとは思えん。どうせコイツもアケフと同じで、十八歳になればあっと言う間にCランクまで駆け上がるんだろう。マジで追い付かれないようにしないとな……



□□□



 そんなことを考えつつも、いざ教えを請われると嬉々として教えてしまうのが育成ゲーマーの育成ゲーマーたる所以だろう。


 午前中だけで早々に依頼を切り上げた俺達は、午後からはフリー行動となる。

 イヨはお師匠から手ずからに指導を受け、キコとイギーは珍しくモーリーを加えて模擬戦闘を行っている。


 そんな中、俺はアナに土魔法のレクチャーを始める。

 何故かアケフもその横で聞いているが、テメーはダメだ……ってか、いくら同じ土魔法の使い手とはいえ、アケフレベルじゃ意味がない。それでも聞きたいってんなら無理に止めはしないが、キコ達と一緒に剣を振っている方がいいと思うぞ?



 さて、俺が今日、彼女に教える魔法は、かつてアケフ用に考えた魔法――彼にはあまりにも高度過ぎるため、断念せざるを得なかったモノである。


 あのとき俺はこう考えていた。

 ――仮にあのパープルが土魔法を使えるのならば、先端を鋭く尖らせて硬度を高めた土塊を敵の周囲に顕現させ、それに高速回転を加えて威力マシマシにして、複数方向から高速度で敵に向けて突き刺す……といったえげつなく高度な運用をアドバイスすることはできたし、彼ならばそれを実践することも能うだろう。


 これは、前世では広く膾炙された知識に過ぎないが、弾丸に高速回転を加えることで所謂ジャイロ効果を発現させ、安定性や直進性を高めて命中率の向上を図る……ということだ。

 対して今世の土魔法は、球状あるいはせいぜい円錐体に形成した弾丸をそのまま押し出すように発射するといった使い方が主流のようで、自然、弾道は安定せず、有効射程が短いという欠点を抱えることになり、それをカバーするために弾丸の数や大きさを競う物量勝負になりがちだという。

 だが、椎の実状に形成した弾丸を捻じり込むように射出することで回転をかけ、弾道を安定させることが能えば、これまで物量につぎ込んでいた魔力を一つの弾丸に集中することができる。それは射出速度や威力の向上にも資するだろう。論理的には超長距離からの狙撃も可能となるに違いない。


 次の課題は弾丸の硬度をどれだけ高められるか――である。

 俺は土魔法とは、土、あるいは岩石までがその守備範囲だと勝手に思い込んでいたが、アナが言うにはどうやら金属もその範疇に含まれるらしい。そして岩石であれ金属であれ、生成の難易度は自然界に存在する物質の希少性に準拠するとのことだ。

 おそらくは術者の周囲に実在する物質を抽出し、魔力によって増大させているんだろう。そのため、アダマンタイトやミスリル、金、あるいはダイヤモンドといったモノを生み出すことは困難を極める。ミスリルを生成する――と言えば、この世界では不可能であることを表す慣用句にもなっているくらいだ。

 逆に、鉄や銅、鉛レベルの金属ならば、容易に――とは言わないまでも生成自体は可能なのだという。ただ、アケフ曰く、僕はそこらの石コロぐらいが限界……とのことなので、その辺の難易度は知力依存なのかもしれない。

 まぁ、アナほどの知力であれば、様々な金属を生成できるだろうし、貫通力重視のフルメタルジャケットや打撃力重視のホローポイント……といった複数の種類の弾丸を相手によって使い分けることも能うだろう。彼女の戦術の幅も格段に広がるに違いない。



 というわけで、俺はたっぷりと午後半日をかけてこれらの知識をアナに伝授する。簡単な実践も交え、その効果を証明しつつ行われたレクチャー後半にもなると、引き攣った笑みを浮かべ始めたアナは、パープル様が仰っていたのはこういうことですか……などと宣っていた。


 こうしてアナは、前世の弾丸理論――俺が簡単に齧っていたレベルに過ぎないが――を土魔法で顕現するため、本格的な修行に入る。流石に複数の弾丸を同時運用することは今の彼女では困難なので、一発の弾丸を完璧に射出するところから始めるそうだ。ピンポイントで魔物を仕留めるには理想的な魔法。俺としても期待すること大である。

 ただ、熊や鹿は銃で心臓を撃ち抜かれても暫くの間なら動けると聞く。オークやオーガクラスと対峙するときはその辺も踏まえて慎重に対処しなければならないがな。



 ――ふぅ、よしよし。取り敢えず面目を保つことはできたようだ。過大評価されるってのも気苦労が多いもんだな……


 そんなことを思いつつも、笑顔で土魔法の修行をするアナ、そして何故か修行に付き合わされ、彼女が射出する弾道の見切り訓練を始めたアケフを眺めながら、俺はほっと一息ついたのであった。




―――――筆者あとがき―――――


 昨日、近況ノートにも書きましたが、MFブックス10周年記念小説コンテストの結果発表がありました。

 コンテストに参加していた拙作ですが、受賞は成らなかったものの、全1,792作品中、最終候補の5作品に残ることができました。

 大賞1作品、特別賞2作品、選外2作品(←拙作はココ)とのことで、あと一歩及びませんでしたが、それでも皆様の御支援、御声援のお陰でここまで辿り着くことができました。

 心から感謝申し上げます。本当にありがとうございました。


 そして、大賞を受賞された岳鳥翁さん、実は筆者、フォローして読んでおりました。とても面白い作品でした。おめでとうございました。

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