第105話 スタントシアの試練
これは!?――拭い残しの吐瀉物をその妖艶な口元につけたまま、スタントシアは叫ぶ。
うん、あまり大声を出さないでもらえるかな?仮にも魔物が棲む危険地帯なんだからさ……
「パープルは理解したようだね?」
「あぁ、モーリー。――で、やはりこれもライホーが?」
「そうさ。残念ながらアイディアはボクじゃない。そして何度も心折れそうになったボクを病的なまでの嗜虐性を以って無理矢理ココに連れてきては共に嘔吐し、苦労して身に付けた神の御業さ」
「ふむ、そうか。回復イメージを具体に持つことで治癒の効果は飛躍的に向上する――その先に部位欠損の復元までが待っていようとはな……」
そんな二人の会話に俺は割り込む。
「どうだい?パープル。お前さんがあの飛行術を編み出している間、俺だってただ遊んでいたわけじゃないんだぜ?まぁ……主に苦労したのはモーリーの方だがな」
そう言ってモーリーの肩を叩いた俺は、呆然としたままのスタントシアに視線を送る。
「んで、こっから先、苦労するのはスタントシア――貴女だな。どうせまた論文にして公表するんだろ?」
その言葉で我に返った彼女に、俺は更に言葉を継ぐ。
「だがその前に自分でもコレをできるようにならないとな。前回のと違って、今回のは少々キツイぜ?まずはゴブリンの解体に慣れるところから……かな?」
「あっ、あの、パープル様、このお方は一体どういった……?」
スタントシアは、イヨだけが知る俺の密事に踏み込みかねない言葉を発するが、パープルは当然のようにそれを制止する。
「よせ、スタントシア。些末なことだ。そんなことよりもこれは……モーリーが言うように正に神の御業だな。で、ライホー、君は別に研究者としての名声なんか望んじゃいないんだろうが、モーリーの方はどうなんだ?スタントシアが書く論文に名を連ねれば、君にも研究者としての道が拓けるんだが……」
そうなんだよ、パープルってこういう場面ではしっかりと仲間に配慮できるヤツなんだよな。ただ、お偉いさんの相手や単純な報告とかになると途端に言葉が足らなくなるだけで……
「ふふっ。ありがとう、パープル。――けれど、遠慮しておくよ。ボクはそこまで研究者向きとは思えないからね。今回のコトだって、たまたまライホーの傍にボクがいたってだけの話さ。君とスタントシア、二人の共著で構わないよ」
「――じゃ、そういうことでよろしく頼むぜ?スタントシア。俺達の名前はこの先も口外しないようにな?」
スタントシアは俺とパープルとを交互に見ながらオロオロしているが、そんな彼女を捨て置き、俺は次に為すべき作業に入る。
無論、命を粗末にせず最後までしっかりと使い切るという、前世日本のモッタイナイ精神を今世でも発露するためである。
――じゃ、短い間だがよろしく頼むぜ?ゴブリンさん。
□□□
その後パープルは、俺の雷魔法の実験を目を輝かせて見入っていたが、スタントシアの方は流石に耐えきれなくなったのか、再び嘔吐してしまった。
そんな調子でゴブリンを使った実験なんかできるんかいな?――そんな心配が一瞬頭を過ったが、できなきゃできないで構わないか。別に俺が困るわけじゃないんだから。
まぁ、今回の部位欠損の復元にはパープルも相当入れ込んでいるみたいだから、最後には彼も協力してどうとでもするだろう。
それに多分この方法は、指だけではなく他の部位にも援用できるはずだ。前回のように国を動かすことが能えば――ってか、間違いなく動くだろうが、もっと大規模で超法規的な――例えば死刑囚などを
今世の医療発展のため、二人には是非とも頑張ってほしいものである。
そんなこんなの諸々の出来事があり、しばらく領都コペルニクに滞在していたパープルとスタントシアだったが、遂に彼らが王都へと帰る日がやってきた。
「パープル、アンタは二、三日もあればココまで来られるんでしょ?気が向いたらまた顔を出しなよ?」
とはキコの科白である。
通常ならば馬車で半月もかかる旅程が僅か二、三日に短縮されたのだから、彼女の言い分はもっともだ。
ただ、あのパープルが何の用事もなく顔を出すとはとても思えないのだが、それはそれ。キコの方もそんなことは百も承知で、それでも言わずにはいられないのだろう。
パープルのおかーさん的な立ち位置が長かった彼女にとっては、都会へと送り出した我が子を心配する母親的な感覚も入り混じっているのかもしれない。
前世でも俺のカミさんは、東京で一人暮らしを始めた息子をいつまでも気にかけていたものだ。
キコは意外といいお母さんになるのかもしれないな。
まぁ、こう言っちゃなんだが、パープルの方が年上なんだけどさ……
■■■■■
パープルとスタントシアが王都へと戻ってから二週間、つまり十二日が過ぎた。
その日の依頼を終えてギルドへと赴いた俺達の前で、見かけぬ新顔が右顧左眄していた。
年の頃は十代後半。サラッサラの黒髪ロングヘアをポニーテールに纏め、漆黒のつぶらな瞳をキョロキョロと動かしているその少女は、高い鼻梁と鮮やかな朱色の唇、そしてそれらを際立たせる白磁のような肌を持つ美少女だった。
髪型と歳の頃こそ違えど、よく似ている。あのスタントシアに。
おそらく冒険者登録でもしたいのだろうが、空が茜色に染まりつつある時間帯とあって、ギルドは冒険者で犇めき合っていた。どの窓口にも長蛇の列ができ、どうしようかと思案している……といったところか。
そんな彼女に、どうしたんだい?嬢ちゃん――と、一日の労働の対価として得た報酬を元手に一杯ひっかけようとしていた荒くれ者、それもかなり手癖が悪そうな三十手前ぐらいの男二人が声をかけた。あれほどの美少女が困り顔をしていれば、彼らのような連中のいい餌食だ。
が、彼女の方も心得たものらしく、どうぞお構いなく――そんな返事で男達を軽くあしらう。
「おいおい、そりゃ御挨拶だな。折角俺達が先輩冒険者として助けてやろうってのによう?」
彼女のつれない反応が面白くなかったのだろう。早速、因縁付けモードに入った男がまるで威圧するかのように放った科白に、もう一人の連れの男も即座に乗っかる。
「全くだ。年長者への礼儀ってモンがなってないな、嬢ちゃんは。仕方ない、俺達が直々に手解きしてやるぜ!」
「だなぁ、冒険者の心得のほかにもイロイロとな。クックック……」
結構です。放っておいてください――と、冷たい口調で力強く拒絶の意志を示した少女だったが、そんなことで引くような男達ではない。そうはいかねえなぁ――となるのが世の摂理だ。
あーあ、絡まれちゃったよ。どれ、ココは一つ俺が颯爽と助けて……っておい、アケフ!
「そこまでにしておきませんか?彼女、困ってますよ」
一足早く動き出していたアケフが、落ち着き払った声で荒くれ者の背後から声をかけた。
くっそー!アケフのヤツ!せっかく俺がいいトコ見せようと思ったのに……なんて考えていたら、何故かイヨが俺の二の腕を思いっきり抓り上げてきた。
――痛ってぇ!えっ?なんで?……イヨさん、読心術でもできるんですか?
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