第106話 アナスタシア

 ――なんだー!?邪魔すんじゃねーよ!!


 そう叫んで凄んだ荒くれ者だったが、振り返った先にいたのがアケフだと分かると、途端に手の平を返す。


 いやぁ、アケフさんじゃないですか。こりゃ、どうも!いえね、こちらのの物言いが少しアレだったもんで……。でも、アケフさんがこちらに礼儀ってもんを教えてくれるってんなら、無論あっしらは引きますぜ――などとプライドもクソもない科白を残し、彼らはそそくさと去っていく。


 あぁ、カッコイイっすね、アケフさん。主人公ですか、そうですか。チッ!!……と、どちらかと言えば荒くれ者側の立ち位置でアケフを見てしまった俺の心胸には自分自身への嫌悪感が蟠るが、そんな悲しい胸の内など誰に察してもらえるわけもない。

 周囲の皆の関心は見詰め合う若い二人――アケフと謎の美少女に向けられていた。


 先程までとは打って変わって明るい声色を纏った言葉が、鮮やかな朱色の唇から紡がれる。


「お陰で助かりました。ありがとうございます、アケフ……さん?」


 ――と、語尾を疑問形にして礼を言った彼女は、少し考えてから続ける。


「私、アナスタシアっていいます。えっと、アケフさんって、例の王都のトーナメントで優勝したアケフさんですか?」


 その問いに静かに頷いたアケフへと花笑んだ表情を向け、彼女――アナスタシアは弾んだ声色で更に語りかける。


「実は私、王都から来たんです。アケフさん、こちらでも有名なんですね?」


 この娘、王都から来た上に、顔だけじゃなく名前までスタントシアに似てるって……と思った俺は、そのことを訊こうと一歩踏み出した。が、今度はキコに先んじられる。


「あなた……どこか似てるわね。間違っていたらごめんなさい、もしかしてスタントシアって人、知っているかしら?」

「えぇ、もちろん。私、スタントシア姉様の従妹なんです。そちらは……多分ハイロードの皆さんですよね?先週、姉様とパープル様からお聞きしました」

「えっ?先週……って?あなた王都から来たのよね?」

「あっ――あぁ、パープル様がここまで送ってくださったんです。凄いですよね、あの飛行術!」


 えっ?パープル、またこっちに来てるの?――そう訊いたキコに無慈悲な宣告がなされる。


「えぇ。ですが、こちらに着いてからすぐにお帰りになりました。もう遅いからとお引止めしたんですが……」


 アナスタシアのその言葉にキコが崩れ落ちる。


 ――あんにゃろめ、用事がなきゃ俺達に会いもしねーんかよ!全く、困ったヤツだ。


 そう思ったのは俺だけじゃないだろうが、らしいと言えばらしいんだろう。


 さて。

 それはそれとしてもだ。パープルとスタントシア絡みで、ここコペルニクを訪れた少女……か。色々と込み入った話もありそうだな。流石にここで立ち話ってわけにはいかないようだ。


 俺達はトゥーラの窓口前にできた長い行列の最後尾に並ぶと、それから三十分ほどで依頼の完了報告とアナスタシアの冒険者登録を終え、取り敢えず場所を移すことにしたのだった。



■■■■■



 ギルドの食事処でエールを片手に――アナスタシア嬢は果実水だが――聞いたところによると、全てはパープルとスタントシアの意向なのだという。


 彼女、アナスタシアは齢十六にして、王都では将来を嘱望された魔導師だそうだ。平民の中でも上流階級に属する子女達が学ぶ高等教育課程――それを二年飛び級で修了した彼女は、パープルが王立魔法研究所の主任に昇任したことに併せ、研究生としてパープルに付いて学ぶことをコペルニク家から打診されたのだという。

 コペルニク家としてはスタントシアとの縁を寄る辺に、研究所関連の人材強化を図ろうとしたのだろう。


 が、そこでパープルが待ったをかけた。

 曰く、ここ研究所で学ぶのも悪くはないが、若いうちに外の世界を識ることも大切だ。もしその気があるのなら、コペルニクに面白い男がいる。冒険者でもやりながらその男の下でいろいろと学んできたらどうだ?侯爵家には私から断りを入れてやるから――と。


 その男って……もしかして俺のこと?なんて思っていたら、やはりそうだったようだ。アナスタシアが俺如きには過ぎた言葉を投げかけてくる。


「パープル様は仰っていました。象牙の塔に籠っているだけでは決して見えないことが、ライホーさんには見えているようだ……と」


 パープルにしてみれば、俺の前世知識は漏れなく知りたいだろうし、そのためにも自身の息がかかった人物を俺の側に置いておきたい……そう考えるのは自然だ。無論、結果としてそれがアナスタシアのためにもなる――そう踏んでいるからこその行為だろうが、随分と買い被られたモンだ。

 頭の出来自体は比較にならないほどの差があるんだがな……


「それにパープル様は、コペルニク侯爵家としてもライホーさんの側に侯爵家の関係者がいることを望むだろう……とも仰っていました」

「おいおい、俺なんてそんな大層なモンじゃないだろ?パープルの買い被りさ。とは言え、パープルのように冒険者生活で得た経験が研究に活きるってことはあるんだろうさ。まぁ、嬢ちゃんはまだ若いんだ。ヤツが言うように、ここいらで何年か――少なくとも飛び級した分くらいは遠回りするのも悪かないだろう。パープルなんて十年以上もそうしてきたんだからな」


 だがな――そう言って俺はキコに視線を送る。そう、俺達のパーティーに加入したいのなら、まずはリーダーであるキコに話を通さねばならない。


 俺の視線を受けたキコがアナスタシアに訊ねる。


「アナスタシア、パープルからは何も言付かっていないのかい?流石のヤツでも――ってか、スタントシアならその辺は気を配っているでしょ?」


 そう訊いたキコに、アナスタシアはおずおずと一通の封書を差し出す。それはパープルからの――と言うか、サイン署名以外はスタントシアが記述したと思しき紹介状であった。



 パープルはなんだって?――紹介状を読み終えたキコにモーリーが訊ねる。


「彼女――アナスタシアをハイロードで面倒見てやってくれって。ルーキーだから最初は足手纏いかもしれないけれど、魔法の才能はパープル並みだからよろしく頼むってさ」


 そこで一度言葉を切ったキコは、ゆっくりと皆を見回してから続ける。


「正直、アタシもパープルに代わる魔導師を欲していたし、ほかならぬパープルからの推薦だ。コペルニク家が取り込もうとしていたくらいだから、信頼もできるんだろう。アタシのほうは全く異存ないんだけれど、皆はどうだい?」


 皆は――と問いかけつつも、彼女は俺に視線を向ける。

 俺にはパーティーメンバー以外に明かしていない秘密が多いからな。キコとしても気を使ってくれたんだろう。

 そんな俺からすると、秘密を知る人間は少なければ少ないに越したことはないのだが、流石にこの問に否やを示すことはできない。ただでさえこの世界、魔導師としての才を持つ者は限られているのだ。ましてや冒険者になるような物好き、しかもパープル級の才能ともなると更に稀覯なのだから。

 まぁ、スタントシアの従妹であることは少し気がかりだが、アナスタシア自身は素直で善良そうな娘だ。おそらく、多分、きっと……大丈夫だろう。


 こうして俺達ハイロードはアナスタシアを新メンバーとして受け入れ、パープル離脱後約半年ぶりに七人体制に戻ることになった。



 ふぅ、これで一番下っ端じゃなくなったな。少しホッとしたぜ――俺が密かにそんなコトを考えていたのは皆には秘密である。

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