第104話 価値
お師匠の道場からウキラの宿の食事処へと場所を移した俺達は、茶を啜りながら改めて話し始める。
「で、今日はアレを見せにわざわざ王都から来たのかい?パープル?」
キコの問いかけに、あぁ……とだけ応じたパープルに代わり、すかさずスタントシアが語り出す。
便利だな、このシステム。ラトバーに感謝だ。
「えぇ、パープル様が是非ともライホーさんに自慢し……コホンッ、失礼。ライホーさんにお見せしたい――そう仰るもので」
「そ、そうか。俺にか。で、スタントシア、王都でこの飛行術のことを知る者は?」
「パープル様と私、二人だけのヒ・ミ・ツ……でございます」
この女、こっわ……とは思ったものの、とりあえずまだ訊くことが残っている。仕方なく俺は口を開く。
「それは試験飛行も含めて誰にも知られていないと考えていいのか?」
「えぇ、
……この女、なんでそんな言い方しかできないんだよ?
パープルを除く皆もビミョーな感じになっているが、構わず俺は話を進める。
なにせコイツは革新的な技術だ。彼らの功績として公に認められるまでは極力人目に触れないことが望ましい。重力魔法はなくとも、風魔法の使い手ならばそれなりに真似できそうだからな。
そしてそれが分かっているからこそ、パープルはともかくスタントシアの方は人目を気にしたのだろう。無論、重力魔法がなければ平場からのテイクオフは困難だろうし、飛行距離にも差が出るんだろうけれど。
「それなら何故さっきは飛行したまま領都に入ったんだ?不用意に人前で晒すモンじゃないって分かっているんだろ?」
「それは……パープル様がどうしてもライホーさんを驚かせ……コホンッ、失礼。ライホーさんに飛行中の姿をお見せしたい――そう仰るもので。この時間ならここで稽古をしている可能性が高いから……と」
コイツ、絶対ワザと言い間違えてるだろ?チクチクとパープルをイジるのが好きなんか?何気にSっ気が強い女なのかもしれんな……
それにしても――俺は前世のハンググライダーの飛行速度も、今世でパープルが造ったもどきの方の性能も知らないから何とも言えないのだが、王都から領都までを最短二日で踏破するってことは、相当な速度が出るのだろう。
無論、万人に能う方法ではないし、貨物輸送量的にはゼロに等しいが、それでも今世での移動革命をパープルがやってのけるとはな……
そんなことを考えつつ、俺はサブリナに語りかける。
「ダーリング殿、流石にパープルほどの使い手でなければ二人乗りは厳しいかもしれんが、この飛行術、それなりに風魔法を使える者であれば独りで飛ぶことが能うのでは?」
「……何が言いたいのだ?」
「いやね、俺は軍や騎士団にどれほど風魔法の使い手がいるのか知らないし、この飛行機材をどれだけ量産できるかも分からないんだが、上手くやれば敵軍の偵察とか後方攪乱、あるいは情報伝達とか、軍事的には相当有意義な使い方ができるんじゃないか――って思ってね」
「!!!」
「パープル……じゃない。スタントシア、この飛行理論も発表するつもりなのか?」
「あぁ、そうですわね。また話題になるかもしれませんわね。王都に戻ったら早速……」
待て、待て、待て、待てーい!!!――そう言って慌てて話を止めたのはサブリナである。
「この件を公表するか否か――仮に公表するにしても、その方法も含めて一度侯爵様と協議する。パープルとスタントシアの両名はしばらくこの宿で待機せよ。一両日中にも侯爵様と面会する機会を設ける故、それまでこの件は内密にな?それと、お主らハイロードにも緘口令を敷く。この件、決して口外せぬように!!」
そう言い残したサブリナは慌ててウキラの宿を飛び出すと、馬房に繋いでいた愛馬へと飛び乗り一目散に駆けていった。
□□□
なんだか随分と話が大きくなってきたね?――サブリナが侯爵邸に戻っていったのを確認してからモーリーが切り出した。
「まぁ、軍事的にはかなり有効な手段だからな。取り扱いは慎重にもなるだろうさ。んなことよりウキラ、部屋は空いているかい?二人ともしばらくこっちに滞在することになったんだ」
サブリナを見送ってから食事処へと戻ったウキラに訊くと、二人部屋が一つだけなら――と、そんな答えが返ってくる。
それを聞いたスタントシアがニヤリとイヤらしい笑みを浮かべたのを俺は見逃さなかった。同じくその邪悪な笑みに気付いたキコが慌てて告げる。
「なら、アタシとイヨがその二人部屋に移るから、空いた一人部屋をパープルとスタントシアで一室ずつ使いなよ?」
流石はキコ。このオンナの危険性にもしっかりと対応してくれたようだ。
■■■■■
その日から数日……とかからず、早くも翌日昼過ぎのこと。
急ぎ侯爵邸へと招かれたパープルとスタントシアがコペルニク侯爵とどのような話をしたのか、俺達は知らない。が、宿に戻ったときのスタントシアの表情から察するに、彼女――そしてパープルにとっても悪い話ではなかったんだろう。よしよし、コペルニク家に一枚噛ませて正解だったな。
これでこの件は俺の手を離れた。近い将来、何かしらの動きが表面化するのかもしれないが、そのときが来るまで気長に待つことにしよう。
さて、そんな俺の手には余る大きな話は措いておくとして、俺とモーリーはパープルとスタントシアを引き連れて北方大森林地帯へと足を運んでいた。
部位欠損の復元――治癒魔法によるその方法をパープルとスタントシアに伝授するためである。
いくら俺が教えた治癒魔法の修練方法が画期的だったとはいえ、ただの思い付きに過ぎないことで白金貨十五枚は過分であるし、なにより、この二人が部位欠損の復元方法を識れば、これまで以上に治癒魔法の進展に大きく寄与してくれる――結果としてそれは、この世界に生きる人々にとって非常に有益なことになると考えたからである。
そのため俺は、白金貨三枚の報酬でモーリーと話を付けると――ってか、彼は報酬なんて要らない……と言ったのだが無理矢理握らせ、一方でゴブリンさんからは毎度の如く無償の尊い協力を仰ぐべく、皆と共に大森林浅層部へと分け入ったのであった。
実のところ、治癒魔法が使えないパープルにとっては、知ったところで実利があるわけではないのだが、魔法狂いの彼がこのような新たな試みを見逃すわけがないだろうし、どうせスタントシアがパープルを共著者として論文にするのだろうから、彼は無関係というわけにはいかないのだ。
なお、スタントシアには、えらくグロい場面を見ることになるから覚悟してね――と、モーリーがおどろおどろしく伝えていたが、彼女が気後れすることはなかった。
マグロならぬゴブリンの解体ショーを見せつけられて、反吐を撒き散らさねばいいのだが……
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