第103話 翔んでパープルと助手嬢

「で、ライホーよ。お主に伝えることは二つ。一つはこの件を無闇に口外しないことだ。なんでもその方法、元はと言えばお主の発案だとか?」


 そう言うとサブリナはジト目で俺を見て、一呼吸置いてから続ける。


「そしてもう一つ。パープルと助手嬢の二人には陛下から褒賞金が下賜された」


 サブリナ自身もあの王都行から数か月後、再び王都へと赴き、これらの動きを現地で実際に確認してきたらしい。そして王都別邸の執事長ラトバーと共に侯爵家を代表して褒賞金の下賜に立ち合い、半月ほど前に王都を後にしたのだという。


「で、今日は筆頭副団長殿がわざわざそれを知らせに?確かに随分とお仕事は減っているようで、羨ましい限りですな」


 そんな俺の軽口を相手にせず、彼女は言葉を返す。


「実はな、助手嬢なんだが、彼女はその地位に就けただけでも過分だとして、自身の褒賞金はパープルに譲ると申し出たんだ。そしてパープルの方もその全てをお主に譲ると言ってな。仕方なく私がそれを預かってきたのだよ」


 まぁパープルらしいと言えば、らしい。

 あの男は、知識の蒐集には貪欲な反面、物質的な利益に固執することはないし、他人の手柄を横取りして善しとするタイプでもない。

 そんな彼からすれば、自身が発案したわけでもないのに利益を享受することが我慢ならないんだろう。


 が、俺のような根無し草の冒険者がいくら説いて回ったところで、これほど早く国家を動かすことなどできはしない。下手をするとその過程で手柄を横取りされる――だけで済めばいいが、口封じに消される可能性だってあるのだ。

 その点、自身も治癒魔法の使い手である助手嬢が論文として仕上げ、魔法研究所に属するパープルが侯爵家を経由して世に送り出す――これならば間違いない。

 だが、こんな段取り、パープルに考えつくわけがない。きっと絵図を描いたのは助手嬢なんだろう。いい相棒に恵まれたな。



 こうして考えると、俺は本当にただのきっかけに過ぎないのだ。

 それに実際のところ、俺自身も何か努力したわけではない。前世に存在した知の巨人。その肩に――とまでは言わないが、足背くらいにはなんとかよじ登っていたからこそ、たまたま見えた風景ってだけだ。

 とはいえ、それを彼等に明かさぬ以上、パープルも助手嬢も納得しないだろう。二人は地位という果実を得た。パープルがその果実を望んでいたかは別にしても、褒賞金くらいは譲っておかないと気がすまないんだろうな。


「俺の発案って言われれば確かにそうなんだが、俺のは単なる思い付きでね。それを実践して理論化し、研究所に認めさせた彼らの努力に比べれば、俺の功績なんてないようなもんさ。けれど、どうしても……ってんならありがたく頂戴しますよ、ダーリング殿。一体いくらなんです?」

「白金貨にして十五枚だ。さあ受け取るがよい」


 そう言って、サブリナは革袋を差し出してくる。よく見るとその革袋には王家の紋が刻印されていた。

 受け取った革袋を仕舞い込もうと、俺が空間魔法を発動したそのときである。俺の魔素察知が急速に接近する飛翔体を捕捉したのだった。



■■■■■



「ふぅ、やはりここだったか、ライホー」


 俺達の眼前にはパープルと……おそらくは件の助手嬢が立っている。


 楚々としたイヨとは異なるタイプだが、助手嬢もまた相当な美人だった。

 きれいに纏まったミディアムボブの黒髪に、これまた漆黒の瞳。高い鼻梁と艶っぽい深紅の唇、そしてそれらを際立たせる白磁のような肌。

 そんな美女がパープルから三歩下がって淑やかに佇んでいた。


 お主ら何故ここに?――そんなサブリナの言葉をガン無視して、パープルは俺へと近づく。


「どうだ、ライホー!ついに王都からここまで翔ぶ方法を編み出したぞ!」


 ふぅ、ホント止めてくれよ。どんどん俺のハードルが高くなるだろうが……

 さっき二人が飛行する姿を見たのだが、前世のハンググライダーもどきに二人乗りの操縦席を設え、王都からタンデム飛行してきたらしい。


 魔法による人類初の単独飛行を成し遂げたパープルなら、いずれ鳥のような翼で滑空することに思い至るとは考えていたが、まさかこれほど早くとは思わなかった。

 風魔法と重力魔法を上手く使えば平場からでもテイクオフできるうえ、飛行中も自身で風を生み出して上昇することができる。仮に魔力が尽きたとしても、グライダーの操縦に慣れてしまえば安全に着地することも可能だ。

 この短期間でよく考えついたものだ。天才はやはり違うな。俺はそれを素直に認めた。


「ふっ、君に褒められると嬉しいものだ。なにせコレの開発には、ここ数か月掛かりきりだったからな」


 コイツ、治癒魔法の論文の方は完全に助手嬢に丸投げだったんだな……


「まぁ、その辺はおいおい聞かせてもらうが、まずはそちらのお嬢さんの紹介を頼むよ、パープル」

「彼女はスタントシアだ……」


 そう言ったきり、パープルは話そうとしない。相変わらずのヤツであるが、紹介された彼女の方も慣れたモンであるようで、ツイと俺達の前へと進み出ると、澄んだよく通る声で自己紹介を始める。


「今ほどパープル様から御紹介に与りましたスタントシアです。これまでは侯爵家の王都別邸で治癒師としてお仕えしていましたが、この度、パープル様のお引き立てで王立魔法研究所入りが叶いました。そのきっかけをいただきましたライホー様にも深く感謝申し上げます」


 そう言って深々と一礼する彼女から、ふわりと甘い香りが漂う。

 ええオンナや――思わずそんな関西弁が口を突いて出そうになったが、イヨから滲み出る圧迫感に満ちた謎の魔素を察知した俺は、瞬時に気を引き締め直して紳士的な口調で語りかける。


「あぁ、こちらこそよろしく、スタントシア。ちょうどダーリング殿から聞いたところだったんだが、俺は貴女の褒賞金まで貰っちまってよかったのか?」

「パープル様がそう御判断されたのですから、それが真理……絶対でございます。私には一切異存ございませんわ、ライホー様」


 真理?絶対?……って。こっわ!何?このヒト?


 パープルを盲信するかのような彼女の言動に少し引き気味になるが、そこにはあえて触れず言葉を返す。


「そ、そうか。そういうことならありがたく貰っておくよ。それと、俺に限らずだが、俺達冒険者を相手には止してくれ、スタントシア」



□□□



 その後、俺達は飛行の仕組みを熱く語りたがるパープルをなんとか制止しつつ、スタントシアと簡単な自己紹介を交わす。

 それが終わると、では聞かせてもらうぞ――そう言って真っ先に切り出したのはサブリナだった。


「お前達、研究所の昇任式には出席しなかったのか?私が王都を出た翌週に催されたのだろう?あれほどサボるなと念を押したではないか」

「いえ、ダーリング様。もちろんパープル様も私も出席しましたわ」


 そうサブリナに返したのはスタントシアである。


「では、なぜ今ここにいる?昇任式後に王都を発てば、どれだけ急いでもこれほど早くコペルニクに着くはずがなかろう?」

「それがパープル様の飛行術の偉大さですわ、ダーリング様。王都からここまでわずか四日でございますから」


 四日だと!――驚いたサブリナはパープルを見るが、彼は黙して語らない。

 サブリナは語るに値しない……といったところなんだろう。相も変わらず、貴族相手でも失礼な奴だ。まぁ、国王にもこんな感じだったんだから、騎士爵程度にビビるわけがないか。


 そんな彼に代わってスタントシアが続ける。


「えぇ。今回は風が悪く――そしてこれほど長距離での飛行は初めてでしたので少々梃子摺りましたが、風さえよければ、そしてもう少し慣れてくれば二日でもいけるかと。流石はパープル様です」


 彼女、パープルへの心酔具合がなんか怖いな……こっそりとそう呟いた俺に、キコも顔を引きつらせて同意する。


 が、それはそれとしても、言葉足らずのパープルに付き従い、彼に代わって言葉を紡いでくれる彼女の存在は非常にありがたい。

 おそらくこれは執事長ラトバーが考えた対パープルの秘策なんだろう。パープルの口が足りないなら、別の口を付けてやればいい――なかなかに強引な力技であることは否めないが、効果的な対策であることも否定できない。


 流石はラトバー。やはり有能なヤツだ――俺はそんなことを考えつつも、立ち話もなんなんで――と、席を改めることを提案したのだった。

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