第74話 公爵の罠
「油断などしていない!」
アンタが油断してくれたおかげで助かったぜ――俺が投げかけたその言葉に思わず反論したリョクジュであったが、彼女は明らかに俺のことを舐めていた。
彼女の方も時間に追われ焦れていたこともあったのだろうが、俺を相手にしたときの彼女の動きときたら、アケフ戦で見せたような巧みな剣捌きは影を潜め、ただただ持ち前のスピードと正確無比な突きだけを頼りにした力押しになっていた。その上、左手を串刺しに――って、標的まで叫びながら突っ込んでくれば俺の空間魔法のいい餌食だ。
まぁ、あの鋭い突きの速度に合わせて瞬時に空間魔法を発動できるヤツなんてそうはいないので、相手が悪かったちゃぁ悪かった。とは言え、まともにやり合えば十中八、九勝てる相手に負けるってのは、油断と言われても申し開きはできないだろう。
だから俺は遠慮なく追い打ちをかける。
「いや、俺のコトを見下していたアンタの油断さ。アンタは端から全力で来るべきだった。俺はまだ切り札を残しているんだ。も少しアンタが本気を出しても対処できたんだぜ?いずれにせよ、そのうち騎士団長がこっちに加勢して俺達の勝ちさ」
「そんなバカな!まさかお前如きの腕前で?」
「そのまさかなんだよなぁ。なにせ俺は一戦だけと限ればアンタが敗れたあのアケフと……互角なんだぜ?」
「嘘だ!」
「フッ、どうせアンタは死罪だ。俺は死に逝く者にウソは吐かないさ。まぁ王家の連中もアンタにゃゲロってもらいたいコトがまだまだあるだろうから、も少し生きててもらうがね」
「クッ!コロせ……」
はい、「クッ!コロ……」頂きましたー!ってか、やっぱ言うんだな。
……でも正直、リアル「クッ!コロ……」って重過ぎるわ。この状況じゃ全然嬉しくない。できれば聞きたくないもんだな。
□□□
俺がリョクジュを下したのと、騎士団長がリョクジュの仲間の冒険者を斬り捨てたのはほぼ同じタイミングだった。
傷面を相手に戦っていた残りの一人は、それを見るとそれ以上の抵抗を断念して武器を捨てた。
俺はリョクジュに止血を施すと同時に、異空間から取り出したロープで彼女を拘束する。傷面のヤツも俺が渡したロープで降伏した男を縛り上げていたが、俺の方が断然役得だ。なんたって女を無理矢理縛り上げるなんて、前世じゃ到底できない経験だもんな。ヤベッ、妙な性癖が生えそうだわ。自主規制、自主規制。
……さて、ようやく安全が確保されたと見たのか、騎士団長が王を後ろに庇いながらも俺達に近付いてくる。
――よくやった!コペルニクの者と申したな?褒めて遣わす。
そんな王からのお褒めの言葉に続き、騎士団長が俺に話しかける。
「かなり荷が重いと思ったが、よくやってくれたな」
「いやいやいや、そんなに重い荷なら担がせないでいただけると有難かったのですが……」
俺は思わず泣き言交じりの恨み節を吐く。
「ふふっ、スマンな。だが、お主がライホーなんだろ?鬼の
「お師匠の?」
「なんだ、知らんのか?」
「いえ。ただ、手紙に私のコトまで触れられているとは存じませんで……」
「そうなのか?ライホーという名の面白い男に剣を教えたと書かれておったぞ。なんでも剣の腕はさっぱりだったが、初見殺しのイヤらしい業を使う男で、
騎士団長からのあの無茶振りはお師匠の手紙が原因かよ。チッ、お師匠め!余計なことを――俺は思わず顔を顰めた。
「まぁ、そう怒るな。あの剣鬼が得物を取り落とすとは余程の業であろう?誇るがよい。ただ、まぁ、最後には自分が余裕で勝った……とも書いてあったがな」
クソッ、なんて負けず嫌いなんだよ!まぁ事実だけどさぁ……
俺は更に顔を顰めたが、この状況であまりふざけてもいられない。気を取り直した俺は、騎士団長に訊ねる。
「それで、これから如何しましょう?」
「まずはここから出なければなるまいな。が、それは我らの仕事ではない。見よ、近衛の連中が公爵を取り押さえて吐かせるようだ」
■■■■■
「キセガイ公爵、少しよろしいか?」
国王がリング内に囚われる中、王家近衛部隊の隊長は公爵の身柄を押さえにかかる。が、そこに公爵家の騎士団長と数名の護衛が立ちはだかった。
「公爵、神妙に願えないか?この状況で抵抗されると我等としても実力行使をせざるを得ない」
既に公爵の周囲は王家の近衛兵十数名が取り囲んでいる。如何に公爵の護衛が精強であれ、状況は詰んでいる。
隊長も公爵位に対する畏敬の念を辛うじて首の皮一枚分だけ残しつつも、基本的には大逆の罪人であることを前提に臨む。
「チッ!リョクジュめ、使えぬ女よ。ところでお主、我を拘束する心算か?」
「既に申し開きなどできる状況ではありますまい?」
キセガイ家の冒険者は既に全員が拘束あるいは切り捨てられ、リング上は騎士団長とコペルニク家によって制圧されている。
もはや王の命をチップに交渉できる状況にはない。隊長は居丈高に公爵に迫る。が、キセガイ公爵は口元に歪んだ笑みを浮かべ、鼻にかかる甲高い声で語った。
「愚かな……冒険者共が敗れたとて我が次の手を仕込んでいないとでも?」
「なっ?」
「ふん、あれらは使い捨ての駒よ。勝てば善し、されど敗れたとて王の命はこの手の内にある」
「まさかまだ何か仕掛けが!?」
「当たり前じゃ!我があれらを盲信して全ての策を練るわけがなかろう?あの内部はの、我が解除せねば一定のときが経つと炎渦巻く死地と化すよう仕込んであるのじゃ。さあ、王の命が惜しければそこを退け!」
恫喝した公爵は、隊長を押し退けてリングへと向かう。
「ヴォルガァァァ!」
リングに近付いたキセガイ公爵は大音声をあげ、パルティカ王その人をファーストネームで呼び捨てる。
「公よ、此は如何に?」
「ヴォルガ!お主が
「うん?……予は知らぬぞ?そのような話」
「惚けるな!」
「惚けてなどおらぬ。確かに予が
「謀られはせぬぞ!我とて多くの目と耳を持っておる!新年と共に
「どうやらそちは謀られておるようだな?大方、バウム侯あたりの流言であろうが、それを真に受けるヤツがおるか!」
「黙れ!誤魔化しても騙されんぞ!……が、我もお主とは知らぬ仲ではない。今すぐ退位して
「……公よ、そちはまだ知らぬのか?」
国王から憐憫の情を纏う視線を投げかけられたキセガイ公爵は思わず聞き返す。
「何を……だ?」
「どうやらそちの位置からは見えなかったようじゃな。
その言を受けるや否や駆け出したキセガイ公爵はリングサイドを回り込む。
回り込んだ先で彼がその目に捉えたのは、王族が集う簡易テントの下で大量の血の海に沈む
暫くの間、その光景を呆然と見つめていたキセガイ公爵であったが、いつしかその場に膝を折って座り込む。そこにリング上から国王が声をかける。
「公よ、そちはこれから如何する?ここまでしてしまったのだ。そちは死罪にせねば収まりはつかぬが、今すぐ予を解放すれば子らには咎が及ばぬよう取り計らおうぞ。キセガイ家の褫爵は免れぬが、子らの将来のためにもよくよく考えよ」
「……終わりだ。我が子らも平民として生き永らえることなど望まぬ!もう暫し経てばそこは炎が荒れ狂い、全ての者の命を絶つ。ヴォルガ、お主の死に様を肴に我も逝くとしよう」
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