第73話 リョクジュ戦(俺だけリョクジュ戦)

 予備の剣を構えながら、俺は騎士団長に訊く。


「その……団長は一緒に戦ってもらえないので?」

「ほかに2人も敵がおる。我は陛下のもとを離れるわけにはいかぬ。1人は我、もう1人はそこの傷面、お主が抑えよ」

「…………承知」


 俺の問いかけを意にも介さず騎士団長は傷面に指示する。

 他家の者を、その当主の断りも得ずにってのは、多分指揮系統的にはマズいのだろうが、今この場にいる上位の者が指揮を執ることに異存はない。俺がリョクジュの相手を仰せつかったこと以外には――だが。


「私の相手はお前かい?随分と舐められたモンだね。クッ!」


 リョクジュが失笑交じりに俺に語りかけてきた。ってか、この女、また「クッ!」って言ったよな?

 「クッ!コロ……」なのか?

 「クッ!コロ……」なんだな?

 「クッ!コロ……」って言いたくて仕方がないんだな?


 ふぅ、深刻な状況に陥れば陥るほど下らぬ思考に囚われてしまうのは俺の悪い癖。いいかげん改めねば……



 リョクジュは明らかに俺を舐めていた。

 まぁ気持ちは分からんでもない。なにせ彼女はアケフ以上の剣の使い手なのだ。彼女から見れば俺の剣など児戯に過ぎず、その腕前は俺の構えからある程度察しているのだろう。


 が――舐めてくれる分にはありがたい。まずはこの隙に重力魔法でリョクジュの剣を……って、をわっ!


 ギャリンッ!ザシュッ!


 ――痛ってぇ!


 気が付くと牙突のような鋭い突きにより俺の丸小盾は穿たれ、盾を突き抜けた細剣が俺の腕をかすめていた。


 傷みを堪えて即座に距離を取った俺は、リョクジュを睨みつける。


 この女、自分から話しかけてきたくせに、俺の返答も待たず仕掛けてきやがった!

 まぁ、マンガやアニメってわけじゃないんだから、俺みたいなザコ相手に無駄な時間を費やすなんてしないわなぁ。


 彼女のその判断は正しい。現に金属鎧で武装した騎士団長と戦っているリョクジュの仲間は絶賛苦戦中で、団長に敗れるのは時間の問題。もう一人の方も、傷面相手に優位に戦いを進めてはいるものの、肝心なところでは巧みに躱されているようで、どうにも勝ち切れずにいる。

 タダでさえ俺と傷面のヤツは彼女にとって想定外の異分子だ。そんな彼女にしてみれば俺のようなザコは早いトコ片付けて数的優位を以って騎士団長に挑みたいのだろう。


 にしたって、細剣で鋼の盾を穿つ……って、流石に業だけでどうにかできるコトじゃないだろ?と思った俺は、ステータス画面を開き彼女の武器を覗き見る。


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 種  別 細剣

 材  質 鋼7、ミスリル2、アダマンタイト1

 特殊能力 魔力浸透で攻撃+6

 能力変動 なし


     【基礎値】 【現在値】

 品  質  10    10

 攻  撃  17    17

 防  御   0     0

--------------------


 アダマンタイト!キター!!!


 多分、あの若干色が違う切っ先部分がアダマンタイトなんだろう。

 彼女程の腕ともなれば、アダマンタイトの剣なら鋼をも穿つのか……


 しかし、ヤベェ状況だな。俺の盾じゃ上手いこと受け流さないとあの剣は防げないし、あれほどの速度と腕前では受け流すなんて到底ムリだ。まして剣を合わせるなんてそれ以上に困難である。ってか、下手したら剣ごと両断されかねない。


 助けを求めてチラリと騎士団長を見遣ると、団長も鋼の盾を穿った彼女の腕前に驚愕の表情を浮かべていた。いくら金属鎧で身を固めていても、それを突き破る剣が相手では油断できないからなぁ……



 俺が騎士団長への視線を切りリョクジュへと戻したのと、彼女が再び動き始めたのは同時であった。


 早っ!ヤベェ!この女、マジで俺に時間をかける気なんて微塵もない。少しでも隙を見せればすぐに仕掛けてきやがる!!


 慌てつつも俺は咄嗟に構える。それは先の決勝戦で彼女が一敗地に塗れた、アケフのあの構え。右手に持った剣を若干前方に突き出して半身になり敵を牽制し、後ろ手に隠した左手には魔力を集める。

 無論、土魔法を使えない俺にとってはただのハッタリに過ぎないが、それでも目論見どおり彼女を一時的に牽制することはできたようだ。砂の目潰しを警戒した彼女は一旦距離をとる。


 ふぅ、あぶねぇ、あぶねぇ。この女相手に余所見なんてしてらんねーな。


 冷や汗を背に感じつつ気を引き締め直すが、そんな俺にリョクジュはニヤリと嫌な笑みを投げかけてくる。


「ハッタリなんだろ?その構え」


 あっ、あっさりと見抜かれた。

 図星を突かれしどろもどろになった俺は――いやぁ、んなことありませんぜ?と、どこぞの三下の如く不自然に応じる。


「フッ、私は別にどちらでも構わんのだぞ?アケフとやらならまだしも、お前ならば来ると分かってさえいれば、目潰し程度いつでも躱せるからな」


 ですよねー?


 でも……とりあえず俺は、魔力を集めていた左手を前方に突き出し、砂ならぬ重力魔法を彼女の細剣に向けて3発放つ。タダでさえ刀身が細い上、その剣をゆらゆらと揺らしながら構える彼女独特の動き。クッ!コロ……じゃねぇ、クッ!当てにくい!


 とりあえず1発だけ当たった重力魔法により、細剣が淡く光り一瞬彼女はバランスを崩す……が、続けて驚くべきことが起きた。

 なんと細剣が再び淡く輝くと、彼女はまたも軽々と細剣を揺らし始めた。


 どうなっている?まさか重力魔法がキャンセルされた?アダマンタイトにアンチマジック効果があるなんて聞いてねーぞ!


「なんだ?一瞬剣が重くなった……か?まぁよい、これで終わりだ!」


 そう言うが早いか、彼女は駆け出す。

 ヤバい!そう思った俺は、再びアケフ直伝?の奥義、砂かけの構えをとる。


「アホゥ!もう惑わされぬわ!その左手、串刺しにしてくれる!」


 全くスピードを落とさぬまま、一直線に彼女が迫る。

 俺はアケフと同じように、隠していた左手を彼女の方へと突き出し、掌を広げる。そこに彼女の細剣が差し込まれた!



□□□



 リング下ではパープルとモーリーを除くハイロードの面々が、固唾を飲んで俺達の戦いの成り行きを見守っていた。

 リョクジュの細剣が俺の左手に差し込まれたとき、キコとイギーは目を見開き、イヨは思わず目を逸らした。そしてアケフは……ライホーさんの勝ちですね――明るい調子でそう語ったという。


 ――


 ――――


 ――――――


「ほい、捕まえた――と!」


 俺は細剣を握ったままのリョクジュの右手首を掴む。

 彼女の細剣は俺の左手を串刺しにすることなく、俺が掌に顕現した異空間に飲み込まれていた。この態勢になってしまえばあとは単純な筋力勝負。そして俺と彼女の筋力値は変わらない。

 俺は彼女の手首を強く握って自由を奪うと、力任せに片手剣を振るって肘の部分から彼女の腕を切断する。本体に永遠の別れを告げた彼女の前腕部は、鮮血を撒き散らしながら俺が左手に展開する異空間へと飲まれていく。


 クッ!――と呻き声を上げて跪いた彼女は、それ以上苦悶の声を上げることはなかったものの苦しそうに呟いた。


「お前も空間魔法を?いや……それよりもその異空間の発動速度は――」


 スマンな。コイツだけは得意なんだわ。俺……

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