第75話 パープル

「ボサッとするな!」


 近衛隊長が部下に発破をかける。


「公爵を取り押さえ、陛下を解放するを吐かせろ!身体に訊け!!手加減無用!!!」


 キセガイ公爵には国王の死に様を肴にする機会は与えられなかった。数の暴力で瞬く間に公爵の護衛を鎮圧した近衛兵は、公爵を取り押さえると早速拷問にかかる。


「よし、まずは指からだ。やれ!」


 公爵の身柄を押さえた近衛兵は、公爵の右手の小指を握ると一切の躊躇なく逆関節に圧し折る。ぎゃぁ!!!――と公爵の悲鳴が上がるが、より大きな隊長の怒声がそれを掻き消す。


「おい!貴様、折るのではない。斬り落とせ!」



□□□



「公爵、如何です?もうそろそろ話す気になりましたか?指はまだ7本も残っていますが、全て失ったとて次は腕。腕を輪切りにされるも随分と苦しいようですぞ。お話しいただければ楽に死ぬこともできますが?」

「…………無用だ。我が身の始末くらい己でつけるわ。ヴォルガよ、お主の死に様が見れず残念だが先に逝かせてもらうぞ!」


 そう叫ぶが早いか、ゴリッという異音と共に公爵が苦悶の表情を浮かべる。と同時に公爵の顔から血の気が引き、血液混じりの吐瀉物が口から溢れ出した。


「毒だ!口内に毒を仕込んでいたぞ!」


 近衛兵の叫び声に隊長は舌打ちする。

 元々、国王を解放するを吐かせるため、猿轡などを噛ませることはできなかったのだが、それでもあらかじめ口腔内の確認はしておくべきだった。ときがなかったとは言え、明らかに近衛隊長の失着であった。


 唯一、国王を解放するを知っていたであろう公爵が、二度とそれを語ることのできない世界へと逃避してしまった以上、リング上の者達は炎に巻かれて死にゆくのを待つのみである。

 だが、近衛隊長だけでなく、近衛兵や近侍、その他ほぼ全ての者達が絶望の中で呆けているとき、動いている者がたった2人だけいた。



■■■■■



 あの魔素のヴェールが降りる直前、ライホーはその中に駆けていった。

 何故かは分からないが、ボクらが戸惑っている中、彼だけは何の迷いもなく動いていたのだ。

 そしてバウム侯爵とその冒険者が殺られ、凶刃が国王へと向かおうとするとき、ライホーはそこに立ち塞がっていた。


「ライホー!アンタが勝てる相手じゃないよ!逃げるんだ!」


 いち早く我に返っていたキコがライホーの身を案じ大声で叫んでいたが、ボクはまだ現実感のない夢現の世界にいた。


「モーリー、行くぞ!」


 そんなボクにパープルが珍しく鋭い声を発した。この混迷極める状況下、キコに次いで再起動を果たしていたのはパープルだった。


 うん?行く……って何処へ?


「あの魔素のヴェールを解除する」

「えっ?」

「それが今、私達にできることだ。あの刺客にライホーが勝てば善し。が、罠はそれだけとは限らない」


 あぁ、パープルの口数が多い。これはホントにヤバいヤツだ。


「いや、確かにそうかもしれないけれど……あの魔法陣を解除?本当にできるのかい、パープル?」

「基本は古城の罠と同じだ。まだ完全じゃないが古城で得た魔法陣の解析は進めていた。モーリーには私の補助を頼みたい」


 そう言うとパープルは何の迷いもなく動き出す。

 ボクはキコに断りを入れてから、慌ててパープルを追って駆け出したんだ。



□□□



「流石だね、パープル。これで解除――かな?」

「魔法陣の組成は若干異なっていたが、誤差の…範囲だ……っ…た」


 キセガイ公爵が自裁した直後のこと。

 パープルが流した魔力によって魔法陣に施されていた最後のロックが解除されると、まるで中空に溶けるかのように魔素のヴェールが消えていく。

 と、同時に、パープルが崩れ落ちる。ヴェールの消滅を見届けた彼のその表情には仲間を助けられた喜びと、魔法陣の解析に成功した満足感が同程度の割合で同衾していた。


「パープル!大丈夫かい?」


 キコが訊ね、あぁ――とパープルが細々とした口調で応じる。どうやら魔力枯渇の寸前だったらしい。

 この頃になると、ボクとパープルの周囲にはキコ達パーティーメンバーが集い、少し後方にはコペルニク伯爵が、そしてその伯爵を守るように伯爵家騎士団長のスダーロと副団長のサブリナ、伯爵家王都別邸の執事長ラトバーら、主要メンバーが見守っていた。



■■■■■



 ――おぉっ!これは!


 ――またもコペルニク家の者がやったぞ!


 ――なんと!伯の配下には綺羅、星の如く人材が集っておるか!


 魔素のヴェールが消えたことで周囲から歓声が上がり、近衛らがリングに殺到して王の安全を確保する。


 俺はリング上から見ていただけだが、パープルとモーリーが魔法陣を解除してくれたのだ。いったいどうやったらあんなクソ難解なモンを解析できるのか、然して魔法に造詣が深くもない俺には到底理解が及ばぬコトだが、パーティーメンバーとしては頼もしいことこの上ない。

 前回のは水責めだったので俺の異空間に流し込むこともできたのだが、流石に火炎じゃ流し込むことはできない。キセガイ公爵の手札がリョクジュ達だけではなかったと知ったときは軽く眩暈を覚えたものだが、頼もしい仲間達のお陰でこうしてまた命を繋ぐことができたようだ。



 んで…………リング上で勝利したときって、アレをやんなきゃいけないんだよな?確か日本の法律で決まっていたはずだ。そう思った俺は、周囲で喜びを分かち合っている連中が発する歓声以上の大音声をあげる。


「おまえらーいくぞー!いーち、にー、さーん、ダー!!!」


 だが残念なことに、その声に続く者はこの異世界には皆無だった……



□□□



「ライホー大丈夫かい?どこか打ち所でも悪かったのかな?」


 怪訝な表情でモーリーが訊いてくる。


 いや、こーゆーときはそっとしておいてくれよ?そう思った俺であったが、空気読めない病に罹患している重症患者のモーリーならば仕方がない。加えて今回はパープルと並んで俺の命の恩人でもあるのだから、許してやろう……って何を許すんだよ?

 流石に今回のは俺の方が悪い。劇的な再逆転勝利に酔った挙句、リング上に棲まう魔物に憑かれて気分が高揚し、思わず「ダー!」と雄叫びをあげてしまったのだから。異世界にアントニОがいるわけもないのに……



 そんな感じ?で俺達がお互いの無事を確かめ合っていたとき、次なる波乱を呼ぶ言葉が意外な人物から投げかけられた。


「そこな者、よくぞあの狡猾な罠を解除した。褒めて遣わす……が、何故そちは貴族家秘伝の魔法陣を解除できたのだ?魔法陣の類は悉く王家か貴族家が管理すべきもの。そちのような者が知っていてよいものではないぞ?」


 言葉の主はこの国で至高の冠を戴く者だった。当然、生中な返答は許されない。

 が、残念ながら返答するのはパープルであった。


「魔法の深淵、それを理解できぬ者に語る言葉を我は持たぬ……」


 おやめくだせぇ、中二病患者のパープルさまぁ、おーさまにミョーな挑発はしねーでくださいませー


 俺は必死でそう祈っていた。




―――――筆者あとがき―――――


 少し大きな?修正をしますので、確かあそこではこう書いてあったのに……という御指摘ツッコミを受けぬよう、あとがきとしてお知らせ言い訳いたします。


 実はこの物語中、筆者には二大後悔がありました。そしてこの度、その内の一つを修正しようと決意しました。


 第6話に「令和肆年、西暦弐阡弐拾弐年、回教暦は……ggrks各自お調べくださいの拾の月」との記載があります。

 これはライホーが転移した年なのですが、実はこれがあることでそれ以降の時事ネタが書けなくて困っていました。

 つきましては、第6話の当該箇所を「令和X年、西暦弐阡弐拾X年、回教暦は……ggrks各自お調べくださいの拾の月」と修正したいと思います。

 皆様におかれましては、近々に令和の世が終わらぬよう、また、西洋中心の社会が終焉し西暦が使われない世界とならぬよう、どうぞ祈っていてくださいませ。


 ……ちなみにもう一つの後悔とは、「キコ」と「イヨ」、カタカナ二文字でビミョーに似ていて書いてて間違えやすい問題です。

 が、こちらの方は今更変更はできませんので、筆者が注意していきたいと思います。もし間違えていたら、生暖かい目でやんわりと御指摘いただければ幸いです。

 なにせ「おとなはウソつきではないのです。まちがいをするだけなのです……」から(:-P)

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