第76話 ジャイア二ズム
――むっ、それは如何な意味か?
パープルの言葉に不敬な響きを感じ取った国王が聞き返す。
が、そのときすでにパープルはイギーとモーリーに拘束され、口を塞がれていた。
グッジョブだ。仲間達の素早い対応に感心していた俺にキコが指示する。ライホー、アンタが答えな――と。
ふぅ、まぁこの面子じゃ俺かキコしかいないか。そして言葉遣いや仕草、風貌などを踏まえれば、今回はキコよりも俺の方が適任だろう。
アンタにゃ、ついさっき王様の命を守ったってアドバンテージもあるんだ。自信を持ってアンタの好きなようにやりな!ケツはアタシが拭いてやるよ!――小声でそう囁きながら、キコは俺の背を革鎧越しにパァンと叩いて送り出した。
をっトットット、と、キコに叩かれてよろけながら国王の前に進み出た俺は、キコにケツを拭かれるのってどんな感じなんだろう?新たな性癖に目覚めちゃったりするのかしら?――なんてお下劣極まりないコトを考えつつも、そんな妄想は噯気にも出さず跪く。
そして――
「陛下、誠に申し訳ございません。彼の者、魔法陣の解除に魔力を使い果たし、疲労困憊がため世迷言を申し上げたものと思われます。お忘れいただければ幸甚に存じます」
俺は心中のお下劣な思いとは裏腹に、まずはそう言ってパープルの尻を拭ってから本題に入る。
キコにケツを拭かれるより先に、俺がパープルのケツを拭いている件について――
□□□
「さて、先程お訊ねの件でございますが、もう一年以上も前、昨年秋のことです。我らは伯爵家の依頼で領都コペルニク郊外の古城を探索いたしました。そこはコペルニク家がかの地に封ぜられる以前の領主の詰めの城。依頼内容はそこに跋扈する魔物を駆逐するもので、城内のモノは乱取り自由との条件でございました。我らはそこで偶然にも発見した隠し部屋にて、此度キセガイ公爵が発動した魔法陣に類似したモノを発見したのでございます」
「――伯よ、この者が申したことは……真か?」
王がコペルニク伯爵に訊ねる。
「はっ、当家で依頼したことは間違いございませんし、隠し部屋で魔核や金塊を発見したとの報告も受けております――が、魔法陣の話は初耳でございます」
「ふむ、つまりこの者らは意図的に報告を怠った……と?」
「あっ、いえ、そもそも当家では乱取ったモノの報告義務までは課しておりませぬ。城内には元々ガラクタ同然のモノしか残されておらなかったもので。しかし此度は、発見した財宝のうち大量の魔核を当家に献上したい……殊勝にもそう申す故、報告を受けたものでございます」
「なるほど。この者達にも一定の理があることは分かった……が、それはそれ。現状だけを鑑みれば、貴重な魔法陣の知識を貴族家に仕えるわけでもない一介の冒険者が所有している。しかもその者にはそれを解析して無効化する才まである……と。このこと、伯はどう考える?」
「それは…………些か問題があるかと」
俺達と国王との板挟みとなり、苦渋の末に絞り出された伯爵の言葉を受け、ハイロードの面々は騒つきだす。乱取り自由の約束は?魔核だって献上しているのに――と。
だがこれは、単に冒険者が財宝を入手しただけに止まらない、彼ら支配者層の安全保障に関わる重大な問題だと俺は気付いていた。
王族や貴族の切り札でもある魔法陣。その解除方法を一冒険者が、それも今はパープルが知るだけだが、これが市井の者にまで広く膾炙しては、彼らの優位性の一端が崩れてしまう。国王としてそれは看過できないのだろう。
「城の所有者であり依頼主でもある伯が問題ありと申しておる。よって魔法陣に関する情報は全て差し出すように……と言いたいところだが、伯の顔を立てて此度は特別に王家で買い取ってやろう。ただし、これまでそちが研究してきたモノは、メモなどの走り書きも含めて一切合切を差し出し、この件は全て忘れるのじゃ。よいな?」
なるほどな。俺達にとっては理不尽で一方的な要求にも思えるが、買い取るっていう国王の提案は一定の譲歩ではある。が、残念ながらこの件は俺達にとっては銭金で解決できる問題じゃないんだよなぁ。
□□□
パープルが燃えるような怒りの視線を国王に向ける。
魔法の研究開発に人生の全てを捧げる彼の怒りは、あのときの振る舞いを知る俺達には容易く想像できた。なんたって彼は白金貨100枚や貴重な武具などの報酬を些末なものとして受け取りを辞退してまで、魔法陣の知識を己が物にしたのだ。
それを知るイギーやモーリーは既に彼の拘束を解き、パープルに同調する姿勢を示している。アケフも大きく表情は変えないものの、恐ろしいほどの覚悟をその胸の内に秘めているようだ。頼みの綱のキコですら国王に対する敵愾心剝き出しの表情を隠そうとしない。そしてイヨは……懇願するような視線を俺に送っていた。
騎士団長、そして近衛の連中が国王を守るように俺達の前に立つ。場は再び一触即発の様相を呈していた。
「残念ながら我らとしてもソレは金で売り渡せるモノではございませぬ――」
パーティーメンバーの中では最も話しが通じそうな俺までもがそう告げたことで、場の空気は一気に凍りつく。
「――が、陛下は先程こう仰いました。貴重な魔法陣の知識を貴族家に仕えるわけでもない一介の冒険者が所有している。しかもその者にはそれを解析して無効化する才まである……そのことが問題だと」
「ふむ、そうだな」
何か解決策が提示されるのか――そんな淡い希望を抱いた国王は俺の話に乗る。
「ところで陛下、私は存じ上げませんが、王家ともなれば魔法を研究する組織をお持ちなのではありませぬか?」
「うん?」
突如、話があらぬ方向に転換したことで国王は少し戸惑うが、暫し考えてから俺の問いに答えた。
「確か魔法庁の直下に王立の研究所があった……な?」
振り返って確認する国王に近侍の者が軽く頷いた。
――よし、やっぱあったか。思ったとおりだ。
「さればこのパープルをその研究所で召し抱えてはいただけませんか?さすれば陛下はこの者の知識をその身ごと所有することになるのでは?」
そう。知識を持つパープル自身を国王が所有してしまえば、たとえパープルが知識を手放すことを厭うても、その知識も含めて実質的に全てが国王のモノとなる。しかも王立の研究所ともなれば、完全に政府の一員。国王としてもある程度は安心していられるはずだ。
「お前のモノは俺のモノ」――所謂、ジャイア二ズム理論である。
パープルの知識は国王のモノ。偉大なる藤子・工フ先生が提唱し、都鄙問わず日ノ本一円に遍く知らしめたこの理論は、異世界でも立派に通用するんじゃないかな?
一方のパープルとしても、彼は、年が明ければ冒険者稼業を退き、魔法研究の道に入る――俺達にそう宣言していた。国王にそんなネタばらしをするつもりはサラサラないが、元々パープルは研究の場を探していたのだ。そんな彼にとってもその場が王立研究所ならば不足はないだろう。
「ほほっ、そうきたか。随分と愉快な話だ……が、よいのか?本人の――パープルとやらの意向も聞かずに」
「御無礼ながらその本人の意向を確かめもせず、魔法陣を召し上げようとされた方の仰りようとは思えませんが?私めはパーティーリーダーのキコからの一任を受け、この交渉に臨んでおります。どのような結果であれ、パープルも受け入れてくれましょう」
ヤベッ、ちょっと言い過ぎた。冷静に努めているようでいて、俺もそれなりに怒りを覚えていたようだ。思わずキツイ皮肉が口を突いて出てしまった……
キコよ、しっかりケツ拭いてくれよ?
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