第77話 サブリナは見た!

 国王の取り巻き連中がザワつく。

 無礼な!これ以上この者の話を聞く必要などございませんぞ!そんな声が飛び交う。


「控えよ。予は今、この者と話している。この者は小なりと言えども組織の全権を担って予と交渉しているのだ。応えてやるのが礼儀というものよ」


 取り巻き連中を静かな口調で窘めた国王が言葉を継ぐ。


「さて、話を続けようか。パープルとやらを研究所で召し抱える件であったな。構わぬぞ……と言いたいところだが、彼の者の魔法の才をもう少し明らかにできぬか?」

「魔法陣の解除だけでは不足……ということで?」

「そうだ。仮にも王立の研究所、国内の俊英が集っておる。本来ならば冒険者上がりの者が入ることなどできぬ組織よ。予が推薦するうえで研究所の連中を黙らせるカードがもう1枚は必要だ。――で、どうかな?」


 俺は振り返りパープルを見る。すると彼は軽く頷いた。


「されば申し上げます。彼の者、火と風の2つ持ちでございますが、その2つの魔法を同時発動し、それを混合することで威力を数倍に高めることが能います」

「ほぅ、同時発動した上に混合……とな?それが真ならば今までに聞いたこともない話よ」


 国王は振り返り、周囲の者に眼で訊ねる。方々から、斯様な話は聞いたこともございません。偽りでは?そんな囁き声が漏れ伝わる。


「その魔法を今見ることは能うのか?」

「それが……彼の者、今は魔力切れでございます。その魔法はかなりの威力がある反面、魔力の消費も激しく、暫くはお見せすること叶わぬかと」

「で、あるか。ならば、残念だがこの話はここまで……か」

「えっ?いや、魔力が回復次第――というわけには?」

「すまんの。予も忙しい身よ。ましてやあのようなコトが生じた直後。一介の冒険者のためにそこまでの時間は割けぬ」


 第一王子は第二王子に殺害され、その第二王子はおそらくは失脚。それぞれのバックに付いていた大派閥の長、公爵家当主は死罪、侯爵家当主は死した。確かに国王は多忙にならざるを得ない……か。



 いや、諦めたらそこで交渉終了だ。ここはもうひと踏ん張りしなくては。


「お待ちください。たとえ御覧いただかずとも、私が申したことに噓偽りなどございません!彼の者の魔法の才は正に天賦のもの。必ずや王国に益を齎しましょうぞ」

「とは言え、そちが申すことを鵜呑みにするわけにもいかぬでな」

「私が申すことが信用能わぬと?」


 ――当然であろう?

 ――自分を何様だと思っておる?

 ――陛下の御厚情に甘え、冒険者風情がつけあがるなよ?


 近侍、あるいは近衛の者達からそんな声があがる。

 これはちょっと厳しい状況だな。無駄かもしれないが、ダメ元で命を救った恩でも着せてみるか……


「私もパープルもつい先程、陛下のお命をお救いしたばかりではありませんか!その我等の言、信じてはいただけませんか?」


 ――しつこい!

 ――不敬な!陛下に恩を着せるつもりか?

 ――我等とて常に命がけで陛下をお守りしておるわ!


 取り巻き連中から先にも増して憎悪交じりの非難の声があがる。


「予とてそちの言を信じてやりたいが、たとえ予が信じたとて周囲の者がこれでは話は纏まらぬ。この者達の言、無礼はあろうが軽々に考えてはならぬぞ。これらの言はそのまま研究所の者達も思うことよ。悪いがそちのような名もなき民草の言葉では重みが足りぬ」


 国王のその言葉に俺ががくりと項垂れたときだった――


「暫しお待ちを――」


 話に割って入ったのはコペルニク伯爵であった。



□□□



「おおっ、伯か。なんぞ申したいことが?」

「実は彼の者の魔法、私は直接見ておりませんが、我が配下の者が直に見ており申す」

「ほぅ、その者とは?」

「コペルニク家騎士団の副団長にしてダーリング騎士爵家当主、これに控えるサブリナ=ダーリングにございます。陛下から見れば陪臣の――それも騎士爵家の者に過ぎませんが、この者の言であれば多少なりとも陛下のお力になれますでしょうか?」


 国王の表情に希望の光が射した。


「何と!騎士爵家当主が直に見ておると?そちの後ろのその女騎士だな?サブリナと申したか、仔細申せ」


 サブリナはコペルニク伯爵に一礼してから国王の前に進み出ると俺の横で跪き、あの街道で彼女自身が企図したならず者襲撃事件の顛末を語った。


「只今の言、そちの家名、そして主君コペルニク伯の名誉にかけて真なりと誓うか?」

「無論でございます、陛下。私の言に嘘偽りあらば、この身は死罪に、そしてダーリング家はお取り潰しいただいてかまいませぬ」


 サブリナがそこまで言い切るとコペルニク伯爵がその言を引き取る。


「配下ダーリングの言、主君であるこの私も支持いたします。是非とも彼の者の研究所入りの件、御検討いただきたく。加えて、彼の者は一介の冒険者としてではなく、一旦当家で召し抱えた上で我が家臣として研究所に入れたく存じます」

「ほぅ、何かあればコペルニク家でも責任を持つと?」

「左様に」


 そこで国王は振り返り、近侍の者達を見遣る。


「どうだ?コペルニク伯の家臣、その中でも最も有望な魔法の使い手が研究所入りを望むとのこと。お主らこれに異存は?」



 コペルニク家がバックに付いたことで、状況は一転した。


 これまで反発していた者達も矛先を収め、不承不承ながら国王の意向に従う。


「よし、されば研究所には予と伯が連名で推薦するとしよう。王国のため研究に邁進せよ、パープルとやら。……さて、魔法庁には話を通しておく故、以降の仔細は伯に任せる。では予はこれでな」


 そう言うと国王は足早に立ち去っていった。


 これから色々と政治的なゴタゴタがあるのだろう。去り際に一瞬だけ、国王が顔を顰めたように思えた。



□□□



「チッ、長々と貴族共のお遊戯会を見せつけられた気分だね」


 キコがパーティーメンバーにだけ聞こえるような小声で毒づく。


「まぁまぁ、確かにそうだけど、結果オーライなんじゃない?パープルも研究所に入れるんだし。スゴイことだよ、これは。ライホーもお疲れだったね」

「モーリー、お前が代わってくれてもよかったんだぜ?」

「いやいや、こーゆー貴族案件はライホーの担当なんでしょ?」

「をぃ、んなコトいつ決まったんだよ?俺は知らんぞ!」


 俺は思わず抗議の声をあげたが、残念ながら他のメンバーから救いの手が差し伸べられることはなく、俺の味方であるはずのイヨですら気まずそうにそっと目を逸らした。

 それ以上の抗議を諦めた俺は、話題を変えてパープルに語りかける。


「ところでパープル、すまなかった。衆人環視の中でお前の魔法の肝を明かしちまった」

「いや、ライホー、感謝する。話を収めてくれたことも、研究所のことも」


 そう言うとパープルはパーティーメンバーを見渡してから、照れくさそうに口を開く。


「今回は私のせいで皆には迷惑をかけてしまった。それにも関わらず陛下を敵に回してでも皆が私に味方してくれたこと、本当に嬉しかった。礼を言いたい。加えて、そんな素晴らしいパーティーを私の我儘で抜けることも本当にすまない」


 パープルはゆっくりと丁寧な口調でそう語り、静かに頭を下げた。


 あのパープルが???エエェー!!!


 そのパープルの言葉は俺達に最大級の衝撃を与え、俺達は互いに顔を見合わせたのだが、流石にモーリーでもこの空気を壊す言葉を放つことはなく、彼は他のメンバーに先んじてパープルの肩を軽くポンッとたたき、彼の前途を祝福したのだった。

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