第78話 リョクジュと重力魔法

 パープルが発した衝撃の言葉によるダメージもようやく癒え、皆が一通り彼を祝福し終えたころ――


 だが、お前の切り札を晒しちまったのは事実だ――俺はパープルにそう告げると、彼を連れてパーティーメンバーから少し距離を取る。

 そこで空間魔法を起動した俺は、異空間から指輪を取り出して小声で続ける。


「こいつはリョクジュ――あの女剣士が填めていた指輪さ。さっき彼女から右腕と一緒に拝借したんだ。返す必要はなさそうだから、詫びとしてこいつをもらってくれないか?パープル、お前の新たな切り札になると思うぜ?」


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 種  別 指輪

 材  質 ミスリル6、魔核4

 特殊能力 重力魔法使用可

 能力変動 知力+1


     【基礎値】 【現在値】

 品  質  10    10

 攻  撃   0     0

 防  御   0     0

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 そう、リョクジュは重力魔法使用可の指輪を填めていた。

 そして彼女の振る舞いから察するに、おそらく彼女はそれと分からぬまま無自覚に重力魔法を行使していたようだ。


 指輪を入手したのはいつのことだったのか、それはもはや知る由もないのだが、空間魔法の使い手であったリョクジュには、元々魔力操作など魔法を行使するための素地があった。彼女は入手した謎の指輪に魔力をとおして念じたのだろう。多分、日頃からAランク冒険者としての自身の筋力に少しばかり物足りなさを覚えていた彼女は、魔法で細剣が軽くなったなら……ってな願望めいた念を送ったのではないだろうか。

 そしてその念により偶然にも重力魔法が発動し、実際に細剣は軽くなる。その日以来、彼女はモノを軽くする魔法――そう誤認しながらこの指輪を使い続けてきたのではないか。

 今にして思えば、対アケフ戦における切っ先を潰した細剣モドキの扱いも軽々としたものだったし、俺が重力魔法で彼女の細剣を重くしたときも、彼女は同じ重力魔法で軽くし返していたのだ。俺はアダマンタイトにアンチマジック効果があるものと勘違いしていたが、おそらくはそういうことだったようだ。



 だが一方で、一つの疑問も浮かぶ。

 この指輪に重力魔法を行使するための魔法陣を描いた人物とは一体何者だったのか?その人物は果たして重力の概念を理解していたのだろうか――

 無論、この世界にもニュートンのような天才が存在し、独力で重力の概念にまで辿り着いた可能性も考えられる。が、図らずもニュートン自身がベルナルドゥスの言葉を引用し、自分は巨人の肩の上にいたからこそ彼方まで見渡すことができた――そう語ったように、多くの先達の科学知識を積み重ねることでようやく誕生する知の巨人、その巨人が存在しないこの世界で、一足飛びに重力の概念にまで辿り着ける者が存在し得るのだろうか……


 イカン、考え過ぎだ。これ以上はフラグになる。こんな疑問、キレイさっぱり忘れてしまおう。


 俺はタダの転移者。中身は一般庶民のオッサンに過ぎない。勇者でもなければ賢者でもない。この世界に潜む……かどうかも判然としない巨大な謎や闇を解き明かそうなんて野望も気概も意欲もない。

 ウキラやイヨ、そしてアケフ、他のパーティーメンバーとお師匠、その他諸々の身近な人達と面白おかしく生きつつもこのキャラ自分自身を育成し尽くし、いずれこの星の土と化す……それだけで充分だ。

 俺なんかには荷が勝ち過ぎる謎は、この指輪を渡す魔法の天才パープルにでもぶん投げてしまおう。うん、それがいい。


 いいか?これはフラグではない!繰り返す。これはフラグではない!



□□□



 ……さて、今はそんな細々としたことまで話すつもりはないが、俺は細く絞った声のままパープルに語りかける。


「リョクジュと戦っているときに気付いたんだ。おそらく彼女は無意識に重力魔法を使っていた。んで、その魔法のタネがこの指輪さ。コイツは多分、重力魔法が使える指輪だぜ?」


 パープルの目がカッ!と見開かれる。

 そして、いいのか?と言わんばかりの強い目力で俺に無言で訴えかけてくる。


 いやいやいや、そんなメンドイことしなくても素直に聞けよ!いいのか?のたった一言だろ?さっきはパープルにしては……ってレベルだったが、それでもそれなりに話せてたじゃねーか!


 はぁ……まぁいいか。答えてやるよ。


「コイツは重力魔法持ちの俺には必要のないモンさ。それに重力の概念ってのは他の連中に理解させるのはそれなりに骨だからな。理解できない人間が使ってもリョクジュみたく剣を軽くするくらいが関の山だ。だがな、パープル、お前なら……俺以上の使い方も編み出してくれるんだろう?そいつを楽しみに待ってるぜ?」


 俺が手渡した指輪を意外にもすんなりと受け取ったパープルは、それを大切そうにバックへと納める。そしてそのバックから再び現れた彼の指先には、俺が贈ったものと同じような指輪が摘ままれていた。


「ライホー、ならば私はこれを君に譲ろう」


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 種  別 指輪

 材  質 ミスリル6、魔核4

 特殊能力 雷魔法使用可

 能力変動 知力+1


     【基礎値】 【現在値】

 品  質  10    10

 攻  撃   0     0

 防  御   0     0

--------------------


 密かにステータス画面を起動した俺は本日何度目かとなる衝撃を受ける。


 雷魔法使用可……マジか!?


 パープルに視線を送ると、彼は語る。


「これは雷魔法が使用できる指輪。私の……本当の切り札だ」


 俺は思わず、いいのか?と言わんばかりの強い目力で訴えてしまった。いや、これじゃパープルと同じだ。言葉にしなくては。俺がそう思った矢先。


「本当の切り札ってのは、こうしてギリギリまで隠しておくものだ……が、冒険者を退く私には最早そうしたものは必要ない。だからいいんだ。ライホー、君が貰ってくれ」


 あー!先に言われた。そんな俺の残念な気持ちを斟酌することなく、パープルは珍しく更に言葉を継ぐ。


「パーティーには攻撃魔法が必要だろう?私もライホーが面白い使い方をしてくれることを期待している」


 チッ、今回は完敗だ。しゃべりでも、真の切り札を隠し持っていた冒険者としての在り方でも……な。


 切り札は先に見せゐな、見せゐならさらに奥の手を持て――か。昔そんなコトを言っていた狐の妖怪がいたような気がするが、それを地で行く様を見せつけられたようだぜ。

 せめて雷魔法の使い方では一工夫して見返してやりたいもんだ。


 それにしても……これでちっとは俺も魔法戦士っぽくなれるかもしれんな。


 よーしパパ、≠″ガブレイク使っちゃうぞー!

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