第79話 キコとパープルとオッサン

「なんだい?アンタら、コソコソと指輪の交換なんてしちゃってさ?」


 そう訊いてきたのはキコであったが、その背後からはイヨがジト目でこちらを見ていた。


 一体何故――?


 イヨに治癒魔法使用可の指輪を贈ったときにも少し触れたが、キリスト教が存在しないこちらの世界では、指輪を贈ること自体に婚約だの結婚だのといった特別な意味合いは一切ない。イヨから変な勘繰りを受ける謂われはないはずだ。

 とは言え、フラグはこまめに折っておかねばならないように、妙な誤解も都度解いておくことが人間関係を円滑に保つ基本だ。


 いや、まぁなんだ……そんな感じで俺が上手い言葉言い訳を探していると、パープルが語り出す。


 なんだよ?今日のコイツは随分と喋るな。まさかアルコールが入っているんじゃないだろうな?――そんな俺の疑念を吹き飛ばすかのような衝撃の言葉がパープルの口から紡ぎ出される。


「ライホーは私が望む全てを私に授けてくれた。だから私も私の大切なモノを彼に捧げた。ただそれだけさ……」


 はぃー?ちょ、言い方!!


「待て待て待て!違うんだ。聞いてくれ、キコ!」


 慌てた俺はキコに語りかけるテイでイヨに向けて言い訳をする。

 ったく、これだからイケメン系中二病野郎は始末に負えない。とにかく言葉を恰好よく飾りたがる。しかも、イケメン同士の俺とパープルでは、ただでさえそっち系の人にそっち系の勘違い?期待?をされかねないんだ。も少し言葉を選んで発言しようぜ?


「リョクジュがちょっとレアな魔法を使える指輪を填めていたんだ。んで俺は、そいつを彼女の右手ごと失敬したんだが、俺には使い道がない指輪だったからパープルにあげただけだ。パープルの魔法は俺が全て曝しちまったからな。その詫び代わりさ。したらパープルが代わりにって、秘匿していた攻撃魔法の指輪を呉れたってわけさ」


 早口で必死に捲し立てた俺に少し引き気味になったキコが応じる。


「なんだ、そうなんだ……って、ライホー!パープルが呉れたってその指輪、攻撃魔法が使えるの?」

「あぁ、そうさ。俺程度の魔法の才じゃとてもパープルの穴を埋められるとは思えないが、それでも少しはパーティーの役に立てると思うぜ?」


 俺の科白にキコは、攻撃魔法の指輪なんてとんでもない貴重品じゃない!――と驚きの声をあげると、パープルの方へと向き直る。そして彼の顔を暫く見詰めてから、ゆっくりと語り始める。


「パープル、こんな貴重な品を……。実はさ、アタシ、アンタと初めて出会ったときアンタのコトなんてイヤなヤツ!って思ったんだ。けど、一緒に何度か戦ううちにそうじゃないってことに気付いた。無口で、口下手で、不愛想な上に気遣いができなくて、魔法狂いのどうしようもないヤツだったけれど、アンタは常にパーティーのコトを考えて行動してくれてた。今だってそう。自分が抜けるからって、その代わりとなる攻撃魔法をパーティーに残してくれたんでしょ?」


 キコは少し照れながら、長尺の科白を一言一言噛みしめるように吐き出すと、パープルに歩み寄る。そして力強く彼を抱きしめると、僅かに瞳を潤ませながら更に言葉を継ぐ。


「パープル……最後までパーティーのコトを考えてくれてありがとう。アンタと同じパーティーメンバーだったこと、アタシ、本当に誇らしく思うよ」

「――ふん、そんなんじゃない。私はライホーからもっと貴重な指輪を貰っているからな……」


 おーお、パープルのヤツ、さっきは俺に、パーティーには攻撃魔法が必要だろう?――とかなんとか言っていたくせに。

 照れてる照れてる……って、男のツンデレなんて要らんわ!



■■■■■



 さて、そんなこんなの若者同士のピュアな友情は友情として――


 精神年齢53歳、もうすぐ54にならんとする俺みたいなオッサンとしては、彼らに代わり魑魅魍魎が渦巻く渡る世間の方にも気を払わなければならない。


 俺はパーティーから少し離れたところでこちらの様子を窺っていたコペルニク伯爵とサブリナを見遣る。パープルとの感動の抱擁を終え、俺の視線を追ったキコはそれだけで俺の考えを察した。


「あぁ、あの二人にも一応礼を言わなきゃ……かな?イヤだけどさ」

「だな。だがこれは……」

「分かってるって。あの騎士爵様にはアタシから言うさ。アンタはサブリナとは因縁があるからねぇ。だからアンタはその後ろの伯爵様担当……ってことで」

「をぃ、そっちもキコが相手してくれよ?」

「いーえ、そっちはアンタよ。なんたってアンタ、伯爵様のお気に入りなんだからさ」



 そう言うと、小走りでサブリナに近付いていったキコに俺は慌てて続く。

 キコは、サブリナに形ばかりの礼を述べて頭を下げると伯爵への取次を依頼し、俺に目線で促す。伯爵に気取られぬよう溜息を吐いた俺は、サブリナの取次ぎで彼女の後方に控える伯爵の前に進み出ると、恭しく礼を述べる。


「此度はパープルの研究所入りの件、御助力いただき誠にありがとうございました。本人は魔力枯渇寸前で疲労が著しい故、伯爵様には改めて御礼申し上げる機会をいただければと」


 嘘であることが見え見えの俺のビジネストークにも、伯爵は大人の対応で応えてくれた。


「なかなか扱い難い人物のようだな。だが魔法の才があることは疑いないようだ。当家への仕官の話もある故、一両日中に宿へラトバーを遣わす。その後また目通りしてもらうことになる故、礼はそのときで構わぬぞ。それまでにしかと躾けておけよ?ライホー」

「ははっ……って、パープルに礼儀を――でございますか?恐れながらその儀は些か私めには荷が……」

「ほほぅ、流石のお主でもそれは能わぬか?よい、戯言だ。忘れて構わぬ。そちらはあの者が研究所入りするまでの間に当家でなんとかする」


 これはお人が悪い――そう言葉を継いだ俺は、顔面にビジネススマイルを貼り付けつつ続ける。


「さればその儀はお任せいたします。…………では我らはこの辺で」

「うむ、今日のところは宿に帰ってゆっくりと休むがよい。御苦労であった。こちらも助かったぞ、ライホーよ。追加報酬やその他諸々の件は後日ラトバーから伝えさせよう」


 ふぅ、とりあえず今日は解放してもらえたか。

 本当ならば本日の一件、伯爵が想定していて想定外だったのかとかも詳しく聞きたいところだが、あまり踏み込み過ぎるとロクなことがない……ってことを、俺はコトが始まる前の伯爵との面会時に学んでいる。これ以上厄介事に巻き込まれたら堪らない。ほどほどにしておかないとな。


 一方で、伯爵の方もおそらく国王同様、この後色々と貴族案件が控えているのだろう。それはもう俺達を構っていられる暇なんてないくらいに。これで解放してくれるってんなら素直に甘えておくか……


 ――そんなふうに考えていた瞬間が俺にもありました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る