第39話 コンパス
「これはヤバそうな魔素を感じるねぇ」
モーリーの言葉に同意したパープルが僅かに頷く。
地下2階へと降り立った俺達の前には、奇妙な魔素が部屋全体を包み込む謎の空間があった。
「ねぇ、あれって……」
革鎧がない俺の二の腕部分の衣服をイヨは白くしなやかな指先で摘まみながら囁く。
「あぁ、上の冒険者達のお仲間だろうな。近付いて確認しないことには断定できないが、2人……かな」
薄汚れた部屋には2人分はあろうかと思われる人骨が散乱していた。
「罠があるのは間違いないようだね。サーギルさん、イヨ、そしてライホー、何か分かることは?」
「ないな」
鰾膠もなくサーギルが応じる。
「私もサーギルさんと同じよ。ただ、薄暗くて分かりにくいんだけれど、奥の方に次の間へと通じるドアらしきものが見えるわね」
「さっきモーリーが言ったとおり、妙な魔素が部屋全体を包み込んでいるのを感じるな。推測だがこの魔素に入ると罠が発動するんだろうよ」
イヨと俺の言葉を受け、キコは魔法組に訊ねる。
「魔法的にはどうなの?魔法陣らしきものは確認できないけれど……」
「魔法陣は近ければ別の場所に描いてあるコトもあるから。ボクの勘だけれどイヨが言った奥の部屋にあるんじゃないかな?」
「…………」
パープルも無言で頷く。
相も変わらずのパープルであるが、彼も首肯するならば間違いはないのだろう。
5メートル四方、高さ2メートル半ほどのこの部屋には何かしらの罠がある。あとはこのドラゴンの巣に飛び込み竜の卵を求めるか否か、その選択があるだけである。
□□□
「イかせてほしい!」
キコはそう宣った。
カタカナ書きに悪意が感じられるが、別にイヤらしい意味ではない。
罠が仕掛けられているであろうこの部屋に行かせてほしいということだ。言うまでもないコトだが……
イヤな予感しかないこの部屋にアタックすることについては、流石にパーティーメンバーでも意見が分かれた。
――既に依頼は達成している。罠があると分かっているところに飛び込まずとも、この先の調査はギルドなり、コペルニク伯爵なりに任せてもかまわないだろう。
――でもそれだとこの先にお宝があったら全てパーだよ?ボク達の懐には入らない。
――だけど危険過ぎるわ。罠の正体も分からないのに……
――魔法の深淵……実に興味深い!
――パープルさん、真面目に考えてください!
――俺は判断できるほどの経験を積んでいない。キコに一任するよ。リーダーに重責を押し付けてスマンが……
――所詮、俺はギルドの検分役だからな。お前らの判断に従うだけさ。
俺を含む各々の意見は概ねこんな感じであり、これらの意見を踏まえてキコはイキたい!と、こう宣ったのだ。スマン――また悪意が滲み出てしまったようだ。
キコがイクことを決めたその後、全員揃ってアタックするか、それともアタック組と待機組の二手に分かれるかについても侃々諤々の議論があった。
――入ったら最後、外部から手出しできなくなる可能性がある。全員でアタックすべきだ。
――待機組がいれば助けを呼びに行くこともできるし、外部から手助けできる可能性だってある。
アタック消極派であったはずのイギーとイヨが全員でのアタックを主張し、逆に積極派であったはずのパープルとモーリーは二手に分かれてイギーとイヨは待機組に入るよう主張した。最終的にはこれもキコが裁断し、サーギルも同意したため、全員揃ってアタックすることが決まった。
真に責任を果たそうとすると、リーダーってホント大変だよな。俺にはとても務まらんな。
■■■■■
「それじゃ、イクよ!」
相変わらず邪悪な思念に囚われる俺の耳朶には、キコの科白の一部がカタカナで聞こえてくる。もういい加減、戦闘モードに戻らなければ……
俺達は全員で魔素のヴェールをくぐった。
奥の部屋から強大な魔素のうねりを感じる。その刹那、部屋を覆う魔素が硬質化する。斬っても叩いても、魔法を放っても破壊には至らず、多少の罅程度は忽ち復元してしまう。絶えず新たな魔素が供給されているようだ。
ゴゴゴゴゴ!!!
次の瞬間、頭上から地鳴りのような大きな音が響いた。
見上げると階段入り口側の壁の上方にいつの間にか大きな穴が開いており、数瞬後、濁流が勢いよく噴出した。
「全員退避!水の直撃を受けない位置へ退避!」
即座にキコが叫ぶ。
俺達は部屋の片隅に集結すると、身体が大きいイギーとアケフと俺が前に出て濁流からメンバーを守る。
水の勢いが激しい。このままではあと数分でこの魔素で造られた函は水で満たされるだろう。そのときあの壁の穴が開いたままであればまだ希望はあるが、おそらくそれはない。
その成れの果てがあの2体の白骨なんだろうから。
「キコ、どうするんだ?おそらくあの壁の穴はこの部屋が満水になると同時に閉じるぞ!」
「あたしも同感よ。これはマジでヤバいねぇ。パープル、火魔法で水を蒸発させる……なんてムリだよねぇ?」
「ムリだ!水量が多過ぎる!!焼け石に水?いや逆か?水に焼け石?いやいや……」
あのパープルが焦っている。口数も多い。これはマジでヤバい状況だな。
水位は既に俺達の膝にまで達している。
俺はイギーとアケフと共に足元を掬われないよう最前列で必死に堪える。サーギル、モーリー、パープルの3人は俺達の背後にいて、キコとイヨを更に後方に置き、身体の軽い彼女達を庇っていた。
キコが苦渋の決断をする。
「このままじゃジリ貧だね。とりあえず各々で考えて手を尽くしてみて!」
俺は注意深く水流を見詰めていた。
濁流には多くの枯葉、枯枝が混じっている。
なるほどね……城外の雨水を貯めていたあの池がこの罠のタネかよ。道理で池の石材からも魔素を感じたわけだ。
とすると、この水は有限だ。無尽蔵に湧いて出るわけではない。だがこの函を満たすには充分な水量はあった。水が尽きるのを待つわけにはいかない。
そんな濁流に乗って、俺の下に先客である白骨死体が持っていたと思しきモノが流れてくる。
あぁ――
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