第7話 街道にて

 街道は基本安全なんだそうだ。

 森から迷い出たはぐれの魔物や、盗賊以外は。


 ってか、はぐれの魔物や盗賊が出てくるのに基本安全って……この世界の安全の定義って何?


 そんなことを考えながら彼方に見える街に向かい、歩みを進める。



 街の近くに転移させてもらうのは当然である。

 いきなり奥深い森とか山の頂とか、なに?その無理ゲー。

 転移先の環境だってしっかり管理者と調整しておかないとね。


 管理者曰く、


「街中などの人目があるところに突然転移させることはできません」


 こいつ相変わらず使えねぇなー


「ですが、街から離れた街道沿いであれば構いませんよ。少し歩けば街に着く場所にしておきましょう」


 まぁそのくらいなら……


「ではその線で。ほかに要望は?」


 転移先を決めるのに、国や街の規模とか位置とか色々と考えることがあるでしょうが。地図の1枚くらい出してもらわんと何も決められんわな。

 分かんねぇかなぁ?……分かんねぇんだろうなぁ。

 ちまちまと考えてなきゃすぐにでもおっ死んじまう俺みたいな羽虫と違って、こいつ腐っても神だもんな。


 俺は移転先の条件について、管理者と調を進めた。


 この頃になると俺は話すことを止めていた。


 どうせ心読んでるんだからメンドイわ……


 そして呼びもデフォである。

 そのは、国境や街、街道や地形が示された地図を突如として眼前に出現させた。


 をぅ、ビビった……


 けど、ほかにも必要なものあるでしょ?

 国や街の人口、経済規模、軍事力や統治体制、使用言語や特産品、果ては平均気温とか降水量とか色々とまとめた一覧表なんかあると便利だよねぇ。

 ボクは言われなきゃ分からない子なのかな?


 そう思った刹那、こいつは厚さにして1cmはある「図解!パンゲア超大陸解説之書」と題されたA4サイズの詳細な冊子を静かに地図の上に重ねた。


 やべぇな、やっぱこいつの万能感ハンパねぇな。あんま煽らんようにしよ……


 心の中の毒を少し抑えつつ、俺が小一時間吟味して選んだ移転先は、パンゲア第3の勢力バルティカ王国であった。



■■■■■



 あの地図と冊子も呉れればよかったのに……


 さすがに管理者はあの地図と冊子は呉れなかった。


 俺は若干不貞腐れつつ、街に向けて街道を征く。


 今の俺の身長は182cm、体重は85kg。

 筋力は冒険者の平均値であるため、いわゆる細マッチョ体形だ。

 しかし、装着する防具はそこそこの重さがあり、武器や背嚢も含めると全体としてはそれなりの重量になる。

 筋力を落とさずにもっと細マッチョにすることも可能であったが、冒険者として数日間連続で活動することもあるだろう。あまり体脂肪率を落とすと長時間の活動に差し障る。

 とりあえずはこの体形で様子を見て、日々の活動を通じて適正値を探っていきたい。


 さて、俺の身長は前世より10cmも伸びた。

 そして俺はその大部分を下半身に振った。

 無論、歩幅を広げて素早く移動するためである。それ以外の理由は一切ない。ないったらない!


 ちなみに俺が転移したバルティカ王国の成人男性の平均身長は、「図解!パンゲア超大陸解説之書」によると176cmだそうだ。しかし冒険者のような荒くれ者は一般的に身体が大きい者が多い。管理者曰く、男性冒険者の平均身長は180cm程度とのことである。


 身長が高いと視野も広がる。

 この危険な世界では少しでも早く敵を発見することが生死を分ける……こともあるんだろう。知らんけど。


 そういえば昔、ホモ・サピエンスよりも大きな脳と強靭な肉体を持つネアンデルタール人が滅びた理由について書かれた本を読んだことがある。

 幾つかの仮説が載っていたが、そのうちの一つが身長であった。ホモ・サピエンスよりもネアンデルタール人の方が身長が低かったんだそうだ。

 俺のこの高身長を活かして敵を少しでも早く発見できることを祈るばかりだ。


 そうそう、敵を発見といえば、索敵には視覚と聴覚、そして嗅覚なども大きく影響するはずだ。

 あの管理者はこれらも全て冒険者の平均値より少し高いくらいに設定してくれた。

 少し……とは言っても、この世界では前世よりも元々の平均値が高い。

 俺は前世と比べて妙にクリアに視える目と、研ぎ澄まされた耳、そして鋭敏な鼻に少し戸惑っていた。


 慣れるまでに少し時間がかかりそうだな。特に裸眼の視力は0.03とかだったし。俺。


 視力検査で使うランドルト環の一番大きいやつが見えなくなったときの絶望は筆舌に尽くしがたい。おそらく経験した者にしか分からないだろう。

 今はどうなっているかは知らないが、昔は裸眼で一番大きいやつが見えないと、少しづつ前進させられ視力表との距離を詰めさせられたものだ。そのとき周囲のクラスメイトから沸き起こるどよめきは未だ忘れることができない。

 今世では加齢と怪我以外で視力が下がる要素はほぼないようなので一安心である。



 さて、自分で話題を振っておいて恐縮だが、この世にはそんな些末なことよりも大切なことがある。男性諸君ならよくお分かりだろう。


 無論、俺のニューナンブをマグナム級にすることも非常に重要なのだが、こちらの方は身体の大きさに比例してそこそこのサイズになってくれている。それはもうマグナムと言っても差し支えがないほどに。

 一方で、女性の平均身長も高くなっているようなので、銃を納めるホルスター側も広く深くなっているはずだが、今は敢えて気付かないことにしてこの幸せに浸っていたい。


 閑話休題。


 そんな下世話なことではない。もっと重要なことなのだ。


「前世ではミノキシジル先生には大変お世話なりました。今世でも是非とも先生からお力添えを賜りたくよろしくお願い申し上げます」


 先生にはそんな御挨拶を是非とも差し上げたかったが、残念ながら今世に先生はいらっしゃらないらしい。


 俺は先生ではなく管理者に土下座して心から願った。禿げないようにしてください……と。



■■■■■



 それは転移した位置から200mほど街に向かって歩いた辺りだった。


 おいでなすったな……


 街道脇の深い森から続く高さにして1m以上はある茂みをかき分け、1体の魔物が姿を現した。

 無論、想定通りである。


 この辺じゃ人型の魔物としては最弱クラスのゴブリン。

 それがうろついているであろう、街から最も近い場所に転移するよう管理者に頼んだのだから。


 そりゃそうだろう。

 いきなりぶっつけ本番で強い魔物とエンカウントしてどうすんのよ?

 こういうのは弱い魔物から徐々に慣らしていかなきゃ。それも街から一番近い比較的安全な場所でさ。

 そして今後の対人戦も見据えれば、相手は人型がいい。


 俺は背嚢を素早く降ろすと、剣の柄を握って鞘から抜こう……としたが、あの管理室で何度も練習していたにもかかわらず手が震えてうまく抜けない。


 やっぱなんだかんだと緊張しているな。

 まぁこういう経験を重ねて慣れていくんだし、今はビビっていてもいい。


 自分がビビっていることを認めて下手に強がらない。それが次の成長へと自身を導く。長年の経験から俺はそれを知っていた。


 俺は少し力任せに鞘から剣を引き抜いた。そのとき既に敵さんはこちらに向けて駆け出していた。


 やや茶色がかった黄緑色。

 ゴブリンはそんな肌色をした醜悪な目鼻立ちの魔物である。

 つり上がった細く鋭い目と、小さな顔の割にゴツイ鉤鼻。そして口の両端は大きく切れ上がっている。

 そんな面の魔物が殺意剥き出しで向かってくるとやはり恐怖を覚える。


 身長は140cmから150cmほどと小振りなのだが、意外に素早い動きで、少なくとも武装した今の俺と同等か若干早いくらいだ。

 個体差もあるのかもしれないが、向こうは防具を一切身につけていないから最低でもその分は素早く動けるのだろう。


 そいつは長さにして50cm程度の固く重そうな棍棒を握り締め、見る見るうちに俺との距離を詰めてきた。


 俺は丸小楯を装着した左手を前方へと向け、掌から重力魔法を発動する。

 身体から何かが抜け出した感覚と同時にゴブリンの身体が僅かに輝き、動きが若干鈍る。


 えっ?こんなもんなん?

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