第133話 偽装

 軍議で全体的な方針を定めたのち、コペルニクの陣営はそれぞれがそれぞれの役割を果たすべく、動き始めた。


 ノールメルクを直に知る者を傍に置き、ときに助言を求めたいだけ――たしかそう宣っていたはずのコペルニク侯爵の言はいつの間にか反故にされ、気がつけば俺は計画の主要な構成員に組み込まれていた。


 そんな俺の主な任務は情報統制。

 すでにドラゴンが討伐されていること。コペルニク側にはほぼ被害がなかったこと。

 少なくともこの二点は敵方に悟られるわけにはいかない。コトは自分達の思惑どおり運んでいる――ノールメルクの連中にはそう思わせ続けなければならないのだ。


 そのための情報統制。

 だが、俺が街道脇に潜み、魔素察知でノールメルクが放つ密偵をすべて捕らえる、という手は現実的ではない。


 海岸線に沿って南北に走る北国街道。その片側は大森林、反対側は草原あるいは雑木地帯を経て海へと至る。海岸がもっとも街道に迫る地点を選べば、海岸線から街道、そして大森林縁辺部数十メートルまでは俺の魔素察知のエリアに入る。


 つまり、理論上は街道一帯を監視下に置くことは可能だ。

 しかし、俺だって不眠不休というわけにはいかない。


 それに、放った密偵が誰も戻らなければ、それはそれで敵方の疑念を生む。それを避けるためには適度に情報を持ち帰らせる必要があるのだ。それも、できればこちら側にとって都合のいい情報だけを。



 情報統制にかかわる主要人物数名が集った会議で、そこまでの方向性を確認したのち、会議を主導する傷面が皆に向けて語る。


「陽があるうちならば、私と部下でほぼ見落としなく敵方の密偵を把握することはできるだろう。そして、そのなかから敵陣に戻す者を都合よく取捨することも可能だ」


 傷面はそこまで言うと、俺に視線を向けて続ける。


「――が、夜間となると難易度は跳ね上がる。特に今晩は朔。明日以降もしばらくは月明かりは望めまい。闇夜とあってはさすがの私でも見落としが生じよう。しかし、そんな暗闇であっても――いや、そんな暗闇だからこそか。ライホー、貴様の気配察知が活きるのだ」

「ってことは、俺は夜の担当だな?」

「あぁ。だが、敵陣に戻す者の取捨までは必要ない。ただでさえ夜間は間違いが生じ易い。侵入者はすべて拘束、あるいは殺害して構わないだろう。部下を半数もつければ、貴様にそれが能おうか?」


 そう問うた傷面は、彼の背後に控える配下の女に視線を送る。

 俺はそんな傷面の視線を追い、女をちらりと見てから言葉を返す。


「密偵を発見することは可能だ。が、捕らえられるか否かは、アンタの部下の……力量次第だな」


 控えていた女が、スッと静かに進み出る。

 短めのくすんだ銀髪に、はっきりとした目鼻立ち。美人と評して差し支えない容貌だが、火傷の痕だろうか――顔の左半分が爛れている。彼女の過去に何があったのかを窺い知ることはできないが、俺ごときでは想像だにできぬ経験をしてきたのだろう。

 その彼女が抑揚のない口調で議論に加わる。


「これでも私は、おさに代わり領都の暗部を統括しています。その私があなたを補佐すれば取り逃がすことなど考えられません」


 俺は彼女のステータス画面を開く。


 ------------------------

 名前 名無しさん(侯爵家暗部 領都統括)

 種族 人属

 性別 女

 年齢 32

 魔法 生活魔法


   (基礎値)  (現在値)

 体力   9     7

 魔力   8     6

 筋力   8     7

 敏捷  14    13

 知力   9     8

 ------------------------

 合計  48    41

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 ふむ、悪くない。これならば能力値的には問題ないだろう。


 そこまで言うなら信用させてもらおうか――そう応じてから、俺は言葉を継ぐ。


「だが、傷面の――アンタ並の敵が侵入しても、彼女で対処できるのかい?」


 そう訊ねた俺に、なぜか傷面は笑みを浮かべる。


「我らほどの技量を持つ暗部を抱えているのは、王国内でもほかに王家があるくらいだ。相手が北の小国ならば推して知るべし……といったところよ。おっと、これは油断でもなければ、自慢でもないぞ?すべては侯爵様のお考えあってこそ。あのお方は我らのような者の存在を高く評価してくださる。故におのずと技量の高い者が集まりもするし、育ちもするというものよ」


 傷面にしては珍しく相好を崩してそう語ってから、すぐに表情を引き締め直して彼は続ける。


「いずれにせよ――対策はこんなところでよかろう。ライホー、貴様の意見は?」

「街道周辺から大森林縁辺にかけてはそれでいいだろうぜ。が、大森林内部の警戒はどうする?そこを通過されると俺達の警戒網には引っかからないぞ」

「敵方にしても密偵がまったく戻らぬ状況が続けば、その危険を冒すことも考えるだろうが、基本的にはそこまで心配せずともよい。すでに侯爵様からは、我らはそこまで考えるに及ばず、との御指示も賜っている。万全……とまでは言えぬが、その点についても手を打っておられる」


 ほぅ、それは?――と問うた俺に、我が事のように誇らしげな表情を見せた傷面は告げる。


「エルフの里に森林内の警邏巡回の協力を仰ぐそうだ。すでに使者も遣わされたらしい」


 ったく、いつの間に。抜かりないねぇ。あのお方は……。



■■■■■



 昼夜を問わず、領都コペルニクから数本の煙がたなびく。

 ドラゴンの襲撃により、街に被害が生じている――企てた側ノールメルクが遠巻きに観察すればそう誤認するはずだ。

 この煙はそのためのもの。加えて、北門脇の壁も上部を崩し、被害があったふうを装っている。


 日中、あえて警戒網を突破させたノールメルクの密偵には、そこまでは見せつける。だが、それ以上の深入りは決して許さず、偶然の発見を装っては襲撃をかけ、惜しくも取り逃がした――そんな感じで鄭重にお引き取りいただく。


 一方で夜間は、俺の魔素察知に引っかかった者は全員を拘束し、翌朝以降に行われる尋問の末、無罪に足る証拠を示せなければ処刑される。無論、拘束を拒否して抵抗した者は、問答無用で殺害された。


 罪がないことを証明せよ……って、完全に悪魔の証明じゃん。んなモンを強いたうえに、それができなきゃ疑わしきは罰せよ――か。ったく、疑わしきは被告人の利益に――なんてお優しい前世が懐かしいぜ。


 まぁ現実問題として、この状況下で夜間街道を往来する者が真っ白であることは考えにくい。仮に真っ白だったとしても、瓜田に履を納れたほうが悪い……ってところだろう。

 九割九分怪しい相手は四の五の言わずにサクッと処刑する。現状、残り一分の可能性を考慮してやるほどの余裕はないのだ。多少のことは致し方あるまい。


 ――ふぅ。善し悪しは別にしても、そんな今世の考え方に俺も随分と馴染んできたもんだな……。



 さて。

 昼夜ごとの交代時、俺は傷面と引継ぎを行っている。

 その引継ぎの場で傷面が語ったところによると、彼らが意図せず取り逃がした密偵は今のところ皆無だそうだ。また、エルフの里の連中が警邏中に大森林内で発見した不審者も存在しないとのこと。


 このままノールメルク軍が疑念を持たず進んでくれれば万々歳。

 傷面がノールメルクの動向を探るために放った密偵からの報によれば、ノールメルク軍は疑う様子も見せずに進軍しているらしい。


 ここまでコトは順調に進んでいる。あとは実際に敵軍を迎え撃ち、穏便な武装解除に持っていくだけ。


 あのドラゴン討伐の日から四日間。そんな感じでときは過ぎていった。


 そしてついに。

 領都北門前の平原にノールメルク軍が姿を現したのだった。

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