第132話 軍議

 軍議は、さきに侯爵が憂いたとおりの展開になった。


 寄子である貴族達が我先にと先陣を望んだのだ。

 勝ち戦とあらばそれも当然のことで、各貴族家の兵を北門前に拓ける平原のどこにどう配置するか――それだけが議論の肝となった。


 そこには味方の被害をどのように最小化するかといった考えや、いかに短時間で効率よく勝利するかといった思考はいっさいうかがえなかった。

 ましてや勝利した先のことまで考える者など皆無。


 右ス卜Lートでぶっとばす、真っす〈″いってぶっとばす……じゃない。真正面から迎え撃ち、完膚なきまでに撃破する――それ以外の戦い方など初めから存在しないとでも言わんばかりに、皆が思考停止の状態に陥っていた。

 兵力に劣るとあらばまた違うのかもしれないが、ここまで優勢だと――兵力に勝るだけでなく、糧秣の心配もない地で、しかも敵の奸計を排して士気が高いときに――ともなると、戦術といった概念は完全に放棄され、皆が美しい勝利に向けて邁進していた。


 それがこの世界における一般的な常識であるし、それ以上を望んでも栓ないことは承知している。

 前世でも騎士や武士などの支配階級が互いの名誉を賭けて正々堂々と戦う……ってのは、それなりにあったことなのでさほど不思議でもない。が、さすがに皆が皆、こうも脳筋状態だといささか不安にならざるを得ない。

 敵も同様に脳筋野郎なら気に留める必要もないのだろうが、怖いのはハンニバル=バルカのような天才的ともいえる司令官が、あるいは源義経のような戦の様式美をガン無視するヤベー奴が軍を率いていた場合だろう。


 そこはまぁ、祈るしかないわな。どのみち俺みたいな凡夫が、そんな歴史上の偉人を相手取れるわけがねーんだから……。


 そんなことをぼんやりと考えていた俺の横にはギルマスのマールズがいる。

 そもそも俺が何故この軍議の末席に侍っているのかと言えば、事実としてはコペルニク侯爵の強い推し……ということであり、名目としては侯爵家の緊急依頼を受けた冒険者ギルド――その代表として出席してるギルマスお付きの者……という設定らしい。


 各貴族家がひととおり我意に満ち満ちた意見を述べ終えたあと、侯爵がギルマスに水を向ける。一応、冒険者ギルドの意見も訊いておこうか――といったテイで。


「冒険者ギルドといたしましては、皆様方の戦の進め方に口入くにゅうするつもりは一切ございません」


 と、一度下手に出たうえで、ギルマスは言い難そうに続ける。


「――が、その後の我らの仕事を考えますれば……その、なるべく街道が荒れぬようお願いしたく存じます。特にその……皆様方が打ち負かした敵軍が宿場町や森を焼かぬようにだけ……御配慮くだされば……と」


 ギルマスの言葉は過剰に遜ったものだったが、それでも反発する者は現れる。見事な巨躯に長い顎髭を蓄えた武人風の貴族がまず口火を切った。


「ふんっ、敗れた敵がどう動くかまで、我らは責任持てぬわ!」


 その言葉に続く形で数人の者が彼に左袒する。


「そうじゃ!そうじゃ!儂らはお主らの仕事のために命懸けで戦うわけではないぞ!」


 ギルマスはちらちらと俺とコペルニク侯爵に視線を送る。

 軍議前、侯爵と協議する中で、侯爵自身が言えぬのなら……ということで、まずはギルマスを人身御供にすることを提案したのは俺であった。

 そして二の矢を放つのは俺。


「お待ちを。これは我ら冒険者ギルドだけの意向ではございませぬ。実は商業ギルド、そして職人ギルドからも同様の要望を言付かっております」


 まぁ、実態は逆だ。

 これは両ギルドから来た話ではない。むしろこちら側から出向いて確認したというのが真相である。

 軍議前、急遽呼び出したギルマスに依頼して、冒険者ギルドから商業ギルドと職人ギルドに渡りをつけ、コペルニク侯爵の考えを匂わせつつも両ギルドの意向を確認しておいたのだ。

 彼らとしても街道が荒れることを望むわけがない。貴族連中を敵に回さない範疇で――という条件付きながら、両ギルドはそのような意向を表明することに賛同してくれた。


 根無し草の構成員が多い冒険者ギルドとは違い、商業ギルド、職人ギルドに属する者はれっきとしたこの街の住人である。貴族側がゴリ押しすれば最終的には従わざるを得ないだろうが、それでも俺達冒険者ギルドよりは貴族に対する圧になる。

 実際、さきの武人風の男とは違い、少しばかり話が分かりそうな穏健派と思しき貴族が口を開く。


「街道が荒れるより、荒れぬほうがいいというのは論を俟たぬが……」

「たしかに。我らとて決して荒れることを望むものではない。が、こればかりは敵方の話じゃからのう」


 わずかだが場の空気が変わったか……。


 完全なる同意ではないものの、完全なる否定でもない。ここが次の仕込みを発動するタイミングだろう。

 俺がコペルニク侯爵を見遣ると、それに気付いた侯爵も視線を合わせて軽く頷く。そのまま自然な所作で流れるように視線を移した侯爵は、わずかに頤を上げ、とある貴族に指示を出す。

 その彼がおもむろに口を開いた。


「冒険者ギルドの――お主ら、そこまで言うからには、なんぞ善き策でもあるのか?」


 その一声で、大勢たいせいは俺の話を聞く方向へと傾いた。



□□□



 どうやら上手く誘導できたようだ。

 そもそも、この手の話は「やる」か「やらない」か――を、真正面から議しても埒が明かない。互いに正論や原則論をぶつけ合っているうちはまだいいが、それが相手の誹謗中傷や揚げ足取りなど、泥仕合にまで発展すると話が拗れてしまう。


 それよりも、どうすれば「やれる」のか――自然とその流れに議論を誘導してしまうのが肝である。

 今回は会議を主宰するコペルニク侯爵が味方なので、その点はやり易かった……というのはあるにせよ、あらかじめそのための仕込みをしておけば、仕事は半分片付いたようなものだ。

 無論、自分が「やらない」あるいは「やりたくない」陣営に与しているときは、そんな流れにならないようこまめに芽を摘んでやる必要があるのだが、今はその話は措こう。


 今回の俺は「やる」陣営である。これから皆に「やれる」ことを説かねばならない。

 が、その点については、俺はある程度楽観視していた。

 政争などにかかわる貴族間の陰謀は別にしても、こと戦場においては正々堂々の果し合いが主流の世界。さきに触れたようにハンニバルや義経級のハズレでも引かない限り、騙し合いでは敵も味方も初心うぶな連中が揃っている。

 前世の歴史から流用できそうな事例を当てはめれば策としては充分に事足りる……というよりは、ここであまり複雑な策を弄しても仕方がないだろう。

 ぶっつけ本番にならざるを得ない現状で、緻密過ぎる運用を立案しても実際に能うわけがないのだ。


 そんなわけで俺は、あらかじめ侯爵と打ち合わせていた至極単純な策を、皆に分かりやすく説いていった。

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