第119話 思惑
ナウツカ?Oーム?何言ってるんだコイツ?――皆の視線が俺に刺さる。
唯一イヨだけが、どうせまた前世知識なのね?的な生温かい視線を送ってくるが、その彼女もまさかマンガの話だとは思うまい。
なお、ナウツカはマンガ。誰が何と言おうとマンガである。アニメが名作であることは否定しないが、あれはあくまでも入門編。今世ではその論争ができる相手が皆無であることに一抹の寂寥感を覚えるが、どんな世界に生きていようと俺はこの件について一切譲る気はないからな!
……さて。そんなどーでもいい話は措くとして、土鬼……じゃねぇ、ペジ……でもねぇ、あぁ、ノールメルクだ。そのノールメルクの意図について皆に説明しなければならない。
「ノールメルク公国の真の狙いは、ドラゴンに領都コペルニクを襲撃させることさ――」
その一言に仲間達からどよめきが生じる。厨房で洗い物をしていた宿の女将も思わず手を止めて振り返っていた。
「つまりだ、サーギルが言うように幼竜を使って近場の平原までドラゴンを誘えるってんなら、遠くコペルニクまで誘導できたって不思議じゃないだろ?無論、難易度は増すだろうし、いまは具体な方法は思いつかないんだが……不可能じゃないはずだ」
ゴクリ、とサーギルが喉を鳴らす。
「そしてバイザーが言うように、ノールメルクの狙いはあくまでもコペルニク。ドラゴンを嗾けてコペルニクに深手を負わせ、しかる後に侵攻する――だから二千もの軍勢が要るんだろうさ」
全くの思いつき。まだ閃きの段階でしかないが、粗々ながらも大筋のストーリーに破綻はないように思える。だからこそ誰からも否やはない。
唯一不明な点があるとすれば、ドラゴンを誘う方法だ。
マンガでは、飛べないOームを空から誘導できたが、ドラゴンが相手だとそうもいくまい。地上で自身の安全を図りつつ、それなりの速度で飛来するドラゴンを誘導する……か。なかなかに困難なミッションだ。
騎乗しても駈足では微妙なところ。かといって襲歩では長距離を逃げられまい。が、その方法については追々考えることにしよう。今はもう一つ重要なことがある。
「――でだ。解く必要もない緘口令をあえて解いたってことにも意味があるはずなんだ。多分、ドラゴンの存在については、
俺の言葉にサーギルが応じる。
「だな。実際、仔を攫い終えたってんなら、動くのは早いほうがいいに決まっている。じゃねーと、親が我が仔を探して近隣を荒らしかねないからな」
「じゃあ昨日、イハンが接触してきたのも偶然じゃないね?本当にドラゴンが居ることを改めてアタシらに印象付け、コペルニクへの侵攻はない――と最後の最後までミスリードしようって腹か。チッ、イハンの奴め……」
キコが苛立ち交じりに吐き捨てるが、さすがにイハンには酷なセリフだ。
「まぁ、イハンが嬉々として俺達を謀ろうとしたかまでは分からんが、奴にすれば嘘を吐くわけじゃないんだ。公国から命じられれば逆らえないだろうさ。いずれにせよ、急がないとまずいぜ?」
さて、どうする?――そう問いかけながらバイザーを見たが、彼は俺の視線を外すと独り言ちる。
「まったく……推測に推測を重ねた砂上の楼閣だ。とてもではないが確証もなく信じられるものではない……」
だわな。正直、俺もバイザーの立場なら同じ感想を抱くだろう。が、それでも現にその楼閣は姿を現しつつある――その危険性を感じ取ったバイザーは、言葉を継いだ。
「……とはいえ、現状思いつく中では最も危険で――それなりに確度が高い仮説と言えよう。ドラゴンが居なければコペルニク侵攻、ドラゴンが居れば侵攻はない――そんな単純な二者択一じゃないってことか。ドラゴンは居て、そのうえでそれをコペルニク侵攻に利用する……と」
十秒、あるいは二十秒ほどか。
しばし瞑目した彼は、険し気な表情のまま目を見開く。
「裏が取れないのは残念だが、ライホー、君の意見は一理ある。迷っている時間もなさそうだ。私の責任と権限において君の仮説を採用しよう」
そう言うとバイザーはしたり顔で付け加える。
高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処するのが私の身上だからね――と。
■■■■■
バイザーはコペルニク侯爵に報告すべく、急ぎ領都へと戻ることになった。
不幸にして俺の説が的中してしまえば、もうノールメルクへ戻ることもないだろう。
「サーギル、君も私とは別行動で至急領都へ向かってもらいたい。私に万が一のことがあれば君が侯爵様に伝えるんだ」
この差し迫った状況だ。保険のため、伝達経路を二本用意するのは当然だろう。バイザーの指示を受け、サーギルはいつになく緊張した表情を見せた。そんなサーギルに俺は頼み込む。
「それならオッサン、ついでと言っちゃ悪いんだが、ウキラとお師匠に伝えてくれないか?何かあればすぐにでも逃げ出せる準備をしておくように……と。事情を明かさなければ、そのくらい構わないだろ?バイザー」
まぁよかろう――と、応じたバイザーはサーギルに次いで、俺達に指示をくだす。
「ハイロードの諸君はこの地に残り、しばらく情勢を見極めてくれ。ただ、無理をする必要はない。撤退の時期は君達に一任しよう」
そう言うとバイザーはサーギルを引き連れて自室へと戻っていった。
さて、ボク達はどうするんだい?――場違いなほどのんびりとした口調でモーリーが問い、キコは即座に応じる。
「まずはいつでも帰還できるよう各自荷造りを。ヤバいと思ったらアタシらも即ここを発つよ!」
それと――と言いながら、彼女は俺を見る。構わんさ――俺は首肯した。
「アナ、アンタにはまた墓場まで持って行ってもらう話をしようか。間違ってもバイザー達には言うなよ?」
困惑した表情のまま小さく頷くアナスタシアにキコは続ける。
「アナもライホーが空間魔法の使い手なのは知っているだろ?けれどコイツのは特別製でね。そこには…………アタシら全員分の背嚢を入れるだけのスペースがあるんだ」
宿屋の亭主と女将には聞こえぬよう小声で、そして溜めまでつくって囁いたキコの言葉は、彼女の思惑どおり十全に機能した。
アナはそのつぶらな瞳を更に丸くした。
ちょっと何を言っているのか分からないんだけれど――そんな感じでポカンと開け放ったままの口から声を発しなかったのは上出来と言えるだろう。あるいは、単に声すら出ないほどの衝撃を受けていただけかもしれない。
そんな彼女に俺も小声で告げる。
「アナ、お前の荷に限らず、パーティー全員の荷は俺が預かる。が――非常用としての最低限の手荷物と貴重品は自分で持つんだ。早いとこ街へ出て、ダミーの背嚢を調達してきな」
そう言った俺に何故かアケフが返してきた。
「ライホーさん、大丈夫ですよ。こんなこともあろうかと、僕、彼女の分も用意しておきましたから」
アケフ君、君のアナへの気遣いちょっと出来過ぎなんじゃない?
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