第9話 郊外にて

 重力魔法で身体を軽くした俺は、置いていた背嚢を急いで担ぐと一気に加速して駆け出した。そしてゴブリンの横を巧みにすり抜け、瞬く間に2体を置き去りにすると街を目指して全力で走る。

 そうして10分も走ったころ、俺は急に体が重くなるのを感じた。


 立ち止まり後方を見る。2体のゴブリンは完全に振り切ったようだ。

 既に街にもかなり近付き、前方にはまばらながらも人が行き交っているのが見える。


 これで一安心だ。


 そう思った途端、身体から急に力が抜け、俺は思わず道端にしゃがみこんでしまった。


 重力魔法の効果は10分ほどか?

 いや、3発重ね掛けしたことで長くなった可能性もあるな。


 それに敵に掛けるときは、相手の知力によっては効きが悪いことも考えられる。


 まだまだ検証しなきゃいけないことが多いな。

 ゴブリンのステータスも確認できればよかったんだが……


 だがあの管理者は言っていた。

 「他者の能力を見るためには相手の力に応じた魔力を消費します。また、能力差があり過ぎると見ることすらできませんよ」と。


 あの状況じゃ、どれだけ必要なのかも分からない魔力を消費することはできんわな。他人や魔物の能力の閲覧はもう少し余裕のあるときにやってみよう。別にゴブリンじゃなくてもいいんだし。


 俺は魔力を消費しなくても見ることができる自分のステータスを確認してみた。


 そのとき俺は、前回の数値どうだったかな?メモしておけるといいんだけど……なんて思っていたら、画面には前回閲覧時の数値も表示されていた。

 ありがたい。このステータス画面、初期設定以外にもまだ何か隠された機能があるのかもしれない。


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 名前 ライホー

 種族 人属

 性別 男

 年齢 20

 魔法 生活魔法、空間魔法、重力魔法


(前回閲覧時)

      【基礎値】   【現在値】

 体力  8.0001  7.3841

 魔力 10.0003  5.4479

 筋力  8.0002  7.8826

 敏捷  8.0000  7.8955

 知力 11.0002 10.9724

 ------------------

 合計 45.0008 39.5825


(今回閲覧時)

      【基礎値】   【現在値】

 体力  8.0002  7.2583

 魔力 10.0005  2.0338

 筋力  8.0002  7.9241

 敏捷  8.0001  7.7021

 知力 11.0003 10.9584

 ------------------

 合計 45.0013 35.8767

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 ふむ、基礎値がまた微増したな。これで戦わなくても上昇することは確定と。

 でも筋肉って損傷して回復するときに強くなるって聞いたことがあるぞ。この筋力の基礎値って回復したときの数値っぽいな。

 だとするとしっかり回復時間を取らないと数値はここまで上がらないのかも……


 あとは現在値の方だが……


 体力は然程落ちていない。

 いくら全力で走ったとしても、あの程度ではそれほどでもないのか。

 ゴブリンと戦った後の落ち幅の方が圧倒的に大きい。

 単純に動いた時間だけではなく、実際の身体への負荷とダメージ、そこら辺が総合的に表されているのか?


 魔力は完全に放った魔法分だけ落ちるようだ。

 やべぇ、やっぱあのときあと5発も撃てなかった。逃げてなきゃマジで詰んでたな。


 休憩したときの体力と魔力の回復量は今後検証……と。


 筋力は微回復している。

 左腕の痛みや痺れはもう引いていたのでその回復分と、今回の全力疾走で受けた足の筋肉への負荷による減少分を差し引きしたものと思われる。


 敏捷は……減か。

 腕の回復分よりも、足の疲労による減の方が大きいってことだな。多分。


 知力は……因果関係よう分からん。もう少し様子見だな。



■■■■■



 暫く休んで呼吸を整えた俺は、背嚢を背負って立ち上がり、街の入口である門へと歩を進める。


 ここで悲しいお知らせだが、俺の空間魔法に背嚢は収納できなかった。


 休憩後、僅かばかり魔力が回復していたので、重そうなものだけでも異空間に収納しようと空間魔法を発動してみたが、異空間を開けるための魔法制御の難しいこと難しいこと。

 加えて、その異空間の入口を広げるための魔法制御の難易度も尋常ではない。

 練度を高めることで入口を広げることは可能だと思われるが、今は握り拳程度の穴を開けるだけで精いっぱいであった。

 そして入口よりも大きなものを収納することはできないため、とてもではないが背嚢のような大きな荷物は入らない。


 ちなみに、収納するときは魔力による紐付けが必要だが、試しに紐付けをしないまま路傍の石を放り込んでみたところ、異空間の狭間にじわりと溶けるようにして消え失せた。


 をぅ、消えちまった。再び取り出せるイメージも全く湧かんぞ……


 やはり検証は大切である。俺は石を使って暫く検証を重ねた。

 結果、石は10個まで紐付けできた。そして革袋に入れるなどして纏めると、石を幾つか入れていても紐付けは1つでよいことも分かった。

 ただ、試しに石を15個入れた革袋を1つ収納したところ、それ以外で紐付けができる石は8個となり、紐付け数が1つ減っていた。紐付けできる数は、収納物全体のの重量や体積も関係していると思われる。


 これらも魔法の練度を高めれば増やすことができるのだろうか?更なる検証が必要だ。


 なお、幸いなことに空間魔法の行使には然程魔力を要さないことも判明した。あの時点で残っていた魔力でも充分に対応できたのである。


 重力魔法はそれなりに魔力を消費したが、比較的簡単に行使でき、ゴブリンに当てるときも特段意識しなくても命中した。

 逆に空間魔法は魔力消費量は少なくても、行使のための魔法制御が大変なのだろう。

 魔法の種類によって色々と特徴が異なるということだな。


 それにしても――空間魔法ってもっとロマン溢れるものだと思っていたのに、こんなしょっぱい性能なん?


 結局俺は貴重品である白金貨と金貨を入れた革袋だけを異空間に押し込んで、魔力で紐付けをした。


 まさか安全な財布的な使い方しかできんとは……



 俺は空間魔法のしょっぱさに甚大な精神的ダメージを負いつつ、門の脇に立つ兵士に入場料を支払いボディーチェックを受ける。

 このボディーチェック、あまりにも危険な物を所持していれば流石に没収されるのだが、基本的には危険物チェックではない。そらそーだ。剣とかの武器が危険とか言われると何もできなくなってしまう。

 それよりもこのチェックは、一定の金銭や財産の所有を調べる意味合いが強い。逆に何も持っていないと入場できないのだ。

 街中でカネを落としてもらわなければ領主にとってメリットがない。貧しい浮浪者を増やしても仕方がないのだ。浮浪者は郊外で野垂れ死んでくれ――という支配者からの暗黙の意図を感じる。


 俺は入場を待つ間、前に並ぶ商人風の男に銀貨1枚を握らせ、色々と予習していたので何のトラブルもなく入場と相成った。

 普通、情報収集はするよね。大人だもの。


 身分証を持たない者の入場料は1人銀貨5枚である。

 商人風の男の話から察するに、銀貨1枚で概ね1万円程度の相場観である。


 入場料だけで5万円、銀貨5枚はかなり割高だと思われるが、その内の銀貨4枚分は前世で言うところのデポジットのようなものだ。

 入場時に身分確認済みの札を渡され、街中で衛兵に提示を求められたときは提示しなければならない。そして街を去る時にその札を門番に返却すると、銀貨4枚が返却される仕組みらしい。無論、街中で問題を起こせば札は没収となり、街からも叩き出される。


 身元不明の余所者の出入りを適切に管理すること。衛兵による身分確認を容易にすること。更には街中での問題発生率を低減化させること。

 この街だけの制度……なのかどうかは分からないけれど、なかなか考えられたシステムを採用しているようだ。


 そして、入場料として銀貨5枚を支払うことができない人間のことを斟酌するほど、この世界は人に優しくないのであった。

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