第98話 vsお師匠 その2

「はて、その外套は?」


 執事長はそう呟くと鑑定士に視線を送る。


「私も見たことのない素材ですな。モノは悪くないと思いますが、価値の方はちょっと……」


 ――よし、コイツの価値は流石の鑑定士様でも分からないらしい。まぁ、ぱっと見はただの地味な外套だしな。


 思わず北叟笑んだ俺にサブリナから疑問の声が飛ぶ。


「何が可笑しい?ライホーよ?」

「あっ、いや、そのー、この外套はイヨによく似合いそうだと……」

「うん?こんなモノ……と言っては侯爵様に失礼だが、やめておけ、やめておけ。このような地味な色合いはイヨには似合わぬぞ?」


 ――チッ、よけーなコトを。イヨがお前の言葉に引き摺られたらどうすんだよ!


 俺は心中でサブリナに毒づきつつ、意味深な視線をイヨへと送る。


「……いえ、私は好きですよ、こういう感じのも。なによりライホーからの贈り物です。断る理由はありませんわ。モーリーとアケフが許してくれるなら是非とも」

「そうか、イヨがそう申すなら止めはせんが……」


 ふぅ、よしよし、ステータス画面の存在を知るイヨは上手く話を合わせてくれたようだ。

 あとはモーリーとアケフが同意してくれるかだが、モーリーはニマニマしながら頷いている。冷やかしてはくるものの、イヨの防具を貰うことに異存はないようだ。そしてアケフの方は言わずもがなで、快く同意してくれた。


「で、コイツの値付けはどうすんだい?鑑定士のオッサンも決めかねているみたいだが」

「パッとしない外套とはいえ侯爵家秘蔵の品だ。あまり安い値付けもできぬ。そうだな……手套と合わせて白金貨三枚でどうかな?」


 サブリナの言葉に俺は頷く。

 多分もっと価値ある品だと思うが、ここでそれを言う必要なんてない。白金貨三枚でありがたく頂戴しておこう。



「さて、ここまでで白金貨にして十九枚。まだまだ余裕があるが……ライホーよ、お主のそのナマクラ劣化剣は感心せんな。このミスリル混の片手剣なんてどうだ?とてもいいモノだぞ」


 そう言うとサブリナは傍らの剣を手に取った。


「折角だが、少し思うところがあってコイツ劣化剣を使っているんでね」

「……そうか。いや、お主のことだ、何か考えがあるのだろう。分かった、無理強いはすまい。残りは白金貨で支払うことでよいのか?」

「いや、実は……このミスリル混の大剣をいただきたく」

「うん?お主が大剣を?」


 意外な申し出にサブリナは困惑気味の表情を浮かべたが、そんなサブリナに構うことなく俺はキコへと視線を移す。


「へっ?アタシのかい?」

「おぉ、なるほど!新Aランク冒険者殿のモノか。さてはお主、イヨだけでなくキコにも粉をかけるつもりだな?」


 違うわ!!――俺は思わず大声で突っ込んでいた。



□□□



 さっきからキコがこの大剣を食い入るように見ていたのには気付いていた。


 どうせ俺が欲する武具はここにはない。そして俺とキコを除くメンバー全員がミスリル混の得物を持った今、キコの武器強化は俺の中では必須事項であった。

 俺はキコにそれを告げ、モーリーとアケフも同調する。


 だが、彼女は逡巡していた。

 キコも自分のことでなければ、それがパーティーにとって最善手だと判断するのだろうが、リーダーである自分がメンバーの権利を侵すわけにはいかない――パーティーリーダーとしての責任感からか、珍しく彼女は俺の申し出に明快な回答を出せずにいた。


 俺はサブリナ達に聞かれぬようキコの腕を引いて少し離れると、小声で彼女に告げる。


 ――大丈夫だ、問題ない。俺の分はイヨの外套として貰っているんだ。この大剣はオマケみたいなもんさ。


「でもアンタ、あんな外套じゃ白金貨十枚と釣り合いなんて……」

「帰ったら詳しく話すが、侯爵家の連中も気付いていないだけさ。白金貨十枚とまではいかないだろうが、アレはアレで結構な掘り出しモンなんだぜ?それにキコ、お前にはイヨとウキラの件で借りもあるからな。ここらで幾分かでも返しておかないと寝覚めが悪くてな」


 シニカルな表情で囁いた俺は、翻ってサブリナに訊く。


「で、コイツは幾らなんだい?」

「鑑定士殿によれば白金貨十三枚だそうだ。流石にこれほどの大剣だ。使われるミスリルの量も多いし、この大きさの鉄塊を鍛造する技術も半端じゃないからな」


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 種  別 両手剣(肉厚、幅広)

 材  質 鋼7、ミスリル3

 特殊能力 魔力浸透で攻撃+9

 能力変動 敏捷-2


     【基礎値】 【現在値】

 品  質  10    10

 攻  撃  21    21

 防  御   0     0

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 確かにそうだな。アケフの長剣と比べても三倍の質量はありそうだ。

 さて、どうするか。この大剣を含めると白金貨にして三十二枚か。足が出た二枚分くらい侯爵家の方で負けてくれないかな……なんて都合のいいことを考えていたら、キコから差額分は自腹を切るとの申し出があった。


 どう思う?――そう訊いたサブリナに執事長は軽く頷いていた。



■■■■■



 そんなこんなで武具を刷新した俺達は使い勝手を確かめるため、お師匠の道場へと赴く。


 おお、随分とよい武具を手に入れたようじゃな?――そう言って出迎えたのはお師匠である。


「……が、ライホーよ。お主のその剣はなんじゃい?てっきりミスリル混の剣でも仕入れてくるかと思えば、まだそのナマクラのままか?」

「コイツを舐めていると痛い目に遭いますよ、お師匠。なんなら久し振りに手合わせでもどうです?」


 三年近く前、お師匠に文字どおり勝負を挑んだ俺は、重力魔法によってその手から剣を落とすことには成功したが、その後の俺の打ち込みは真剣白刃取りであっさりと防がれ、無手のお師匠の前に呆気なく敗れ去っていた。


 どうせならこの機会にミスリル混の剣(劣化版)を試してみよう――そう思った俺はお師匠に勝負を挑む。


 前回のようにはいかないからな。剣を合わせたら即、電撃をお見舞いして動きを止め、その隙に一撃を……ってトコか。ってか、電撃の威力が強過ぎるとお師匠の心臓が止まっちまいそうだ。少しは手加減してやらないとな……



 捕らぬ狸皮の枚数を数えつつ、俺はお師匠と対峙する。

 前回その場にはアケフがいただけだったが、今回はハイロードのメンバーが勢揃いしている。特にキコとイギーの前衛組は興味津々のようだ。


「お師匠、先手は譲ってもらいますよ?」


 随分と情けない科白であることは分かっているが、最初からお師匠にガチでこられると電撃をお見舞いするどころの話ではない。俺程度の腕前ではあっと言う間に斬り伏せられてしまう。


「なんぞ企みがありそうじゃが、構わんぞ。お主、また新たな手札でも用意したのか?こいつは楽しみじゃわ」


 んじゃ、行きますよ――重力魔法で身軽になった身体でお師匠との距離を一気に詰めた俺は、跳躍した状態から剣を振り下ろす。

 その剣を防がんとお師匠は自身の剣を翳し、それを見た俺は勝利を確信して雷魔法の発動に入る。


 ――が、異変が生じたのはその直後だった。

 両者の得物が交差する寸前、突如として剣を引いたお師匠は、即座に俺の側面へと回り込んだ。突然の状況の変化についていけない俺は、雷魔法を発動することすら忘れ、誰もいなくなった空間に空しく剣を振り下ろす。

 すると、その振り下ろされた剣の腹を目掛け、お師匠が鋭い剣筋で突きを放ってきた。

 次の瞬間、ミスリル混の剣(劣化版)に蜘蛛の巣状の罅割れが走ると、更に数瞬後、俺の剣は砕け散っていた。


 は?どうなってんだよ?こりゃ……

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