第99話 奥義

 ――先手は譲ってくれるんじゃなかったんかい!?


 そんな不満をぶちまけた俺に、お師匠は事も無げに言う。


「いや、お主の企み、何か危険なニオイがしての。悪いが剣を潰させてもらったわ。どうせその剣が魔法のタネなんじゃろ?」


 コレだよ、コレ。この危険を察知する鋭敏な感覚。

 長年に渡る経験がお師匠にそれを告げてくるんだろうが、約束を破った上に剣まで破壊しなくたっていいじゃんかよ……


 が、そんな俺の泣き言などどこ吹く風で、お師匠は堂々と宣う。


「儂は負けるくらいなら約束も破るし剣も潰す!それで責められたとて負けるよりは遥かにマシじゃからな!!」

「はぁ……さいですか。俺の方は予備の剣もあるけど、流石に弁償してくださいよ?」

「――弁償とな?何を馬鹿なコトを!儂の奥義をこれほど間近で見られる機会など滅多にはないのだぞ?」


 お主は一体何を言っておるんじゃ?――お師匠はそんな表情を浮かべる。

 あぁ、マジのやつだ。この人、本気でそう思ってるよ……と、半分呆れた俺が改めて見返すと、何事か思い付いたらしいお師匠がニンマリと笑って言葉を継いだ。


「まぁ聞け、ライホーよ。儂はかつて御前試合で勝利を収めてから二十余年、常に相手に先手を譲り続け、それでもなお勝ち続けてきた」


 儂が何を言いたいか分かるか?――と続けたお師匠に俺はかぶりを振る。それだけで分かるわけないでしょうが――と言い返した俺をまるで残念なモノを見るかのような視線でなぶり、お師匠は言葉を被せる。


「お主はその儂に手を出させた、ということよ。そうでもせねば負けるやも……この儂にそう思わせたのじゃぞ!……でじゃ、ライホーよ。この名誉、あちらこちらで触れ回ることをお主に許そう。それでその壊した剣とチャラにせんか?」

「ダメに決まってるでしょ!」

「ちっ、ケチくさい奴じゃ。王都行でも相当稼いだくせに……」


 ふぅ、この人と話しているとホント疲れるぜ。浮世離れしているっていうか、なんていうか……


 まぁ、それは今更か。んなことより、今の俺には是非とも訊いておきたいことがあった。


 一撃で俺の剣を砕いたアレは一体なんだったんだ?奥義とかなんとか言っていたけれど、劣化剣が相手とは言え、あんなの人の業で能うのかよ?――俺はそんな思いをお師匠にぶつけてみた。


「ふふん、ライホーよ。お主には見えはせんだろうが、万物には点があるのだ、点が。そこを見極めて穿つ。ただそれだけよ」


 マジかよ?――思わずそんな言葉が突いて出た俺に、憐憫交じりの視線を送りつつお師匠は応じる。


「じゃがの、ライホー、お主程度の腕前では一生かかっても無理じゃ。諦めよ。無駄な努力はすまいぞ?」


 残酷な現実をサラリと突き付けたお師匠は、アケフへと視線を移す。


「されどアケフよ。あと何十年かかるかしれんが、お主ならばいずれ能おう。断つべき線――剣筋ならば既にある程度は見えておろう?お主はまずそれを極めよ。それをモノにすれば自ずと点の方も見えてこようぞ」


 突然の宣告に驚き、戸惑いの表情を浮かべるアケフ。

 そんな彼を柔らかな眼差しで見詰めつつ、お師匠は温かくも僅かに諦観交じりの声色で続ける。


「そしてこの業が能うたとき、お主は真に儂の剣を継ぐ者となろう。儂はおそらくそのときまで生きてはおるまいが、その日が来るまで鍛錬を欠かすでないぞ?」


 目指す先が遼遠であるばかりに、求める業が高峻であるばかりに、おそらくは弟子の大成を見届けることができない師としての懊悩がそこにはあった。

 そんなお師匠の含意を十全に理解したアケフは、神妙な表情に変えてその場に跪く。そしてお師匠の目をしっかりと見据えながら、ひとこと、ひとこと、丁寧に、噛みしめるかのように、言葉を絞り出した。


「承知しました。このアケフ、たとえどんなことがあろうとも必ずや師の剣を継いでみせます。……ついては、今一度だけその業をお見せくださいませんか?」


 アケフの覚悟に、そしてその願いに、うむ――とお師匠は力強く応じる。既にその表情は晴々とし、懊悩は見て取れない。

 そうして普段の口調に戻ったお師匠は、気安く俺に命じる。


「おい、ライホー!もう一本、剣を出せ。特別に今一度、儂の奥義を見せてやるぞ!」


 あのねぇ、お師匠……



□□□



 結局、俺が空間魔法から取り出した鋼の剣を一撃で砕いたお師匠は、お主らの見物料はこの剣と相殺じゃ!などと宣う。


 まぁいいさ。確かに凄かったよ。マジで見物料としては安いものだったぜ。

 俺如きじゃその理を窺い知ることなどできないが、無理矢理にでも理屈付けるとすれば、物質の歪みや撓み、あるいは微細な罅、その他諸々の要素から総合的に最も脆弱なポイントを瞬時に見極める眼力……といったところか。無論、それだけでは不十分で、正確無比に、そして瞬時にその点を穿つ技量も必要となる。その両者が揃ったとき、初めてあの神技が能うのだろう。

 まぁ、お師匠の口振りからして、数年程度で修められるものではなさそうだが、アケフには是非とも頑張ってほしいものだ。



 俺はその後、お師匠と戦ったその流れでアケフとも対戦した。俺の真の実力をパーティーメンバーに知らしめるためだ。


 一戦限定だがアケフと互角――そんな俺の言葉を皆は否定もしなかったが、心から信じてもいなかった。今後、より難易度が増すであろう依頼を熟す上で、全てとは言わないまでも、ある程度の手札は皆に晒しておいた方がいいだろう――俺はそう考えていた。


「じゃ、いくぞ!アケフ!」


 鋭い声で叫んだ俺は、重力魔法と空間魔法を全開にして挑む。


 そこから戦うことおよそ二分。

 残念ながらこの勝負の天秤はアケフへと傾いた。が、互角という言葉に嘘がないことは仲間達に証明できたらしい。


「ふふんっ、これがアンタの真の実力かい?大したもんだね」

「まぁ俺の場合は一戦限定だがな。この魔力回復の指輪で魔力を補充すればもう一戦くらいはできるが、少し時間がかかる。連戦は期待しないでくれ」

「何言ってんのよ。あそこまでできれば上出来さ。アンタの真の力、見せてくれて嬉しいよ」


 そう言って満面の笑みを浮かべたキコは拳で俺の肩を小突く。


「しかしまぁ互角とは言え、最近は負けが込んできたな。次からは電撃も使わせてもらうから覚悟しろよ、アケフ?」

「えー?また妙な業が増えるんですか?ライホーさん、ホント勘弁してくださいよ……」

「さっきはお師匠に呆気なく封じられちまったが、お前さんにはまだあんな芸当はできないだろ?しばらくは勝ち星を稼がせてもらうぞ!」


 俺達の科白を聞いていたキコが堪らず笑い出し、そして言ちる。


「ハッ、ハハッ……、こりゃアケフが強くなるわけだね。お師匠さんとライホー、まるでタイプが異なる手練れ二人と修行しているんだからさ。ちょっとズルいんじゃないかねぇ?」


 パーティーリーダーのその独白に、他のメンバー達もつられて笑い出したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る