第18話 2年後(3)

 次に、ウキラの宿屋についてだが……


 あの後、10日も経たないうちにウキラは精神の安定を取り戻した。そして1か月が経った頃には宿屋を本格的に再開した。

 元々の評判がよかったこともあり、再開から数日もすると宿は連日満員の盛況ぶりとなった。


 部屋が3つしかない小さな宿だったこともあり、俺は部屋を出た。そして空いた部屋にはほかの客人を迎え入れ、俺は1階奥のウキラの部屋で彼女と同棲を始めた。

 同棲とはいえ、何となくケジメとして宿代の銀貨1枚は払い続けている。何のケジメかといえば、夫婦ではない――ということなんだろう。


 明確な婚姻制度などないこの世界、2年も同棲していればそれは既に夫婦と同じである。トゥーラを除けば周囲だってそう思っているはずだ。しかし俺たちはあくまでも宿屋の女将とその客……という関係を頑なに守っていた。互いに敢えてそうしているところもある。

 実際、俺はギルドの依頼や剣の稽古に明け暮れて疲れ果てていたし、ウキラもまた女将として宿屋を回すことに天手古舞であったこともあり、夜の営みも然程ではないのだ。まぁ週に1度の休日の前夜はそこそこ楽しんではいたが……



 この星の公転周期が360日であることは既に述べた。そして1週間は6日で、それが年間60週ある。

 ウキラの宿に限らず、この世界では一般的に休日は週に1日であるが、休日だからといって宿は連泊客を追い出したりはしない。

 食事が出ず、部屋の掃除が行われないだけである。代わりにその日の宿泊料は半額の銅貨5枚となる。


 俺はウキラが作る食事を共にしていたので休日であっても銀貨1枚を払い続けていたが、何時とはなしにウキラはそこから銅貨5枚分を持ち出し、俺達は彼女のオゴリで外食を楽しむようになっていた。

 俺もそうであるように、彼女も俺に過度に依存しようとはしない。俺が獲ってくる獲物にも彼女はしっかりと対価を支払う。

 夫でもない男の、それもいつふらりと消えてしまうかもしれない根無し草の世話にはならない――といったところなのかもしれないが、俺はそんな彼女の矜持なり振る舞いなりをとても好ましく感じていた。



 さて。一緒に外食を……ということは、連泊客がいるのに宿屋を空にするのか?という疑問が生じるが、結論から言えばそうではない。ヘルプで入ってくれる顔見知りの中年女性が店番をしてくれるので、休日はウキラも自由に外出することができる。


 この女性は平日も3日間、午前中に出勤しては食材などの買い出しに出るウキラの代わりに店番や各部屋の掃除、洗濯などを請け負っている。以前、午後からは何をしているのか訊いたところ、ほかにも手が足りない宿屋があり、同じようにヘルプに入っているんだそうだ。宿屋側との信頼関係さえ構築できれば、意外といい稼ぎになるとのことで、色々と逞しい女性だ。


 ただ、俺のことをと呼ぶのは止してほしいのだが……



■■■■■



 お師匠の道場には週3で通っている。

 最近になってようやく素人剣の域を抜け出した俺であるが、アケフはあの頃よりも更に強くなった。

 魔法を使わない状態での俺との差は広がるばかりで、最早完全に勝負にならない。


 そう言えばアケフは、自分が土魔法を使えることを知らなかった。

 魔法が使えるか否かを調べるためには教会に金貨1枚を寄進し、司祭から魔道具で鑑定してもらう必要があるとのことだ。


 お前には魔法の才能もあるよ――そう告げた俺は、まだ金がない2年前のアケフを連れて教会へと向かった。


「いいんっスか?本当に?」


 遠慮するアケフに金貨1枚を握らせる。

 コイツは腕が立つうえに性格は善良で頭もいい。恩を売っておいて損はない……ということだけではない。

 鍛えれば育つ人材を見ると育成ゲーマーとして、そして伯楽としての血が騒いで仕方がないのだ。有体に言えば息子の公実きみざねを夢中になって育てていたときと同じ感覚であり、加えて言えば公実きみざねと同様、純粋にアケフのことも気に入っていた。



 毛量が寂しくなりつつある痩せぎすの中年司祭に金貨を渡すと、彼は謎の魔道具に魔力を流し込んだ。魔道具から指向性を持って放たれた強烈な光がアケフを捉え、その光がアケフから魔力を吸い上げる。すると魔道具の上に置かれたミスリル製……と後で司祭が教えてくれた匣の中に、じんわりと微量のが現れたのである。


 なるほど、こんな感じで鑑定されるのか……


 俺がアケフに鑑定させたことが全くの善意だったのかと言われればそんなことはない。

 空間魔法はいいにしても、重力魔法は知れ渡ると厄介だ。鑑定魔法みたいなのを持っている奴がチロッと見ただけで魔法の名前やその効果までもが判明してしまうのであれば、少し対応を考えなければいけないところだった。だがあれならば恐れることはない。鑑定を受けなければいいだけなんだから。


 さて、それは兎も角。

 自分が魔法持ちであることが何故俺に分かったのか?

 そのことをアケフは不思議そうにしていたが、俺は魔素を察知する力が強いからさ――と強引に押し切った。

 俺が魔素を察知する能力が図抜けていることは、お師匠は勿論、アケフやほかの弟子達も知っていたので、無理矢理な理屈で有耶無耶にしたってところだ。まぁ、お師匠だけは胡乱気な目を向けていたが……


 そんなわけで、徐々に土魔法の修練も始めたアケフが魔法で飛礫を放つようになると、俺が魔法を全開にして戦っても勝ちに持ち込むのが精一杯になってきた。

 しかし、お師匠は、基本的にアケフには魔法を使わせない。特に道場では自分の剣を極めることを優先させ、魔法はあくまでも補助的な役割に限定させていた。

 その方が結果的にはアケフのためじゃ。いずれお主も納得するであろう――と何故かお師匠は俺に言った。まぁ、アケフのために金貨1枚も奮発した俺への配慮なんだろう。俺は気になんかしていないんだけどさ。


 そしてアケフとは逆に、俺の方には積極的に剣と魔法を組み合わせた戦い方をするよう勧めている。多分剣の才能ないんだろうな……俺。



 そんな日々を過ごしていた数日前のことである。俺は突如お師匠から告げられる。


「お主は来月から指導料は不要じゃ!」


 なにそれ?マジ?タダでいいの?


「お主の剣はもうこれ以上は伸びん!この2年間、お主は本当に努力した。じゃがここがお主の限界のようじゃ。もう儂に教えられることはない!」


 無論、免許皆伝ではない。まさかの頭打ち宣言であった。


 お師匠が言うには、俺の剣の腕ではこれ以上の高みには至れないのだそうだ。絶対に無理――というわけではないようだが、更に高度な技術を身に付けるために乏しい才能で膨大な努力を重ねるよりは、得意な分野で能力を伸ばした方が効率がいい――そういうことらしい。

 元々俺に剣の才能がないことを見抜いていたお師匠は、最低限の攻撃技術と能うかぎりの防御技術、そして体捌きの基礎を徹底して教えてくれていたようだ。



 本当に有難い。


 そんなことを明かさずに指導料を取り続けることだってできたはずだ。しかしお師匠はそれをせず、厳しい言葉ではあっても俺のために告げてくれた。

 これ以上の剣の才がないことは残念であったが、俺はお師匠に心からの感謝の言葉を述べたのであった。


「――まぁ、お主はアケフに良くしてくれたでな。奴は儂の剣を継ぐべき男じゃて」


 そんな照れ隠し半分の分かり易い言い訳をするお師匠が妙に眩しく見えた。


 お師匠は続ける。


「それでも今まで身に付けた技術を磨き続けることは無駄にならん。サボれば腕も衰えてしまうぞい。お主には随分と儲けさせてもらった。道場に顔を出して剣を振り、弟子たちと剣を交えるくらいならばタダでよいぞ――」


 お師匠の配慮に、俺は改めて謝意を捧げたのであった。

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