第41話 おサイフ魔法の使い方
はじめ、イヨはポカンと呆けて俺が言っている意味が分からなかったようだ。
というのも、空間魔法に物質を収納するときは、必ず魔力で紐付けして後から取り出せるようにすることがこの世界では絶対的な常識であったからだ。加えて、そもそもただの水を紐付けすることは非常に困難なうえ、仮に収納できたとしてもその収納量には限りがある。
そういう意味ではオカシイのは俺の方なんだろう。
――あぁ!
先に気付いたのは、使えないが故に然程空間魔法の常識に囚われていなかったキコの方であった。
「イヨ、魔力の紐付けなしに水を流し込めばいいのよ!」
「えっ――あっ、え?でもそんなことしたことないし、溢れちゃわないの?」
「大丈夫だ、問題ない」
別にフラグじゃないぞ。
「紐付けなしで入れたモノは消えてなくなるんだ。前に試したことがある」
「じゃぁ……」
「そうだ。この濁流全てを消し去るんだ!」
そこまで聞いて、キコが叫ぶ。
「皆、一度集まって。これからライホーとイヨが空間魔法を発動する。皆は2人を囲ってフォローして!」
特段詳細な事情など明かされずとも、彼らは粛々とキコの指示に従う。
非常時に理由がどうだとか説明がどうだとか喚くほど愚かなことはない。自分達が選んだリーダーに全てを託してその指示に従うこと――それこそがより生存率を高める唯一の方法であると、皆はこれまでの経験から知っているのだ。
俺はイヨに訊く。
「イヨ!お前の穴はどのくらいの広さだ?」
「?」
別にイヤらしい意味じゃないぞ!……って、こんなときでもくだらないことを考えてしまうのは俺の悪い癖である。
「異空間の穴だよ!」
「あぁ、それなら握り拳くらいかな?」
握り拳をイヨの穴に……とまでは流石に思わず、俺はイヨに指示を飛ばす。
「じゃあそいつを水中に開けろ!」
若干躊躇しつつもイヨが空間魔法を発動して穴を開けると、異空間へと水が勢いよく流れ込む。
成功だ。あっと言う間に大量の水が流れ込み、イヨの収納限界量を超えたにも関わらず、水は引きも切らず異空間へと消えていく。
その様子を見てキコが即座に指示をする。
「あたしがイヨを支えるから、イギーはイヨの盾になって水流を防いで!」
「おう!」
2人が連携してイヨをフォローする。俺はキコに告げる。
「あと、穴の入り口が詰まらないよう、誰かが手助けするんだ!」
確か前世でも流木などが橋に引っかかったことが原因で河川の流れが詰まり、溢水した事例があったはずだ。
イヨの穴に太い棒が引っかかってスムーズに入らなくなっては困る……イカン、またイヤらしいことを考えてしまった。
「サーギルさん、頼む!」
キコがサーギルに指示を出す。
――ぬぐぅ、サーギルがイヨの穴に太い棒を……違う、違う、違う、違う、そうじゃない!
いい加減にしないと本当に死んでしまう。真面目にせねば。なんせイヨの穴はこの部屋に流入してくる水量と比較しても狭すぎる。キッツキツだ。
フー、フー…………煩悩を、本当に、完全に、ようやく振り払った俺は、アケフとモーリーに頼む。
「モーリーは俺を支えてくれ。そしてアケフは盾になってくれ。次は俺が穴を開く」
「穴のゴミ取りは私でいいのか?」
パープルが訊いてくるが、俺はニヤリと笑みを返す。
「俺の穴はガバガバだ。この程度のゴミでは詰まらんよ」
よく分からないドヤりを入れた俺は、困惑した表情のパープルを捨て置き、空間魔法を発動するため集中力を高めて魔力を練った。
□□□
転移して2年半。
最初、俺の空間魔法もイヨと同じく拳大の穴を開けるだけで精一杯であった。
しかし俺はその穴を広げるため、魔法制御の練度を高める修練を毎日欠かさずに続けてきた。これは重力魔法の命中精度の向上にも繋がるため、俺の切り札とすべく地道に行ってきたのだが、その結果、俺がマックスで広げることができる穴の大きさは、好調時には直径50cm程度にまで広がっていた。
今では拳程度の大きさであれば瞬時に発動できるまでに練度は高まっているが、流石に直径50cmとなると多少の時間が必要であった。
暫し魔力を練った俺は、慎重に異空間へと繋がる穴を開けた。
そこには俺の好調時と同じ直径50cm程度の穴が開いていた。昨日、キコがしっかりと安全マージンをとり、ゆっくりと休めたお陰で俺の体調は万全であった。
この部屋に濁流を齎す穴は、俺が開けた穴よりも更に一回り広かったが、この水があの池の水であるとするならば、いずれ尽きるときがくる。そのときまでこの異空間の穴を維持すればよい。
空間魔法はその発動と維持には高度な魔法制御が求められるものの、幸いなことに重力魔法と比べると魔力の消費量は格段に少ない。
「推測だが、この濁流は雨水を貯めていたあの池からのものだろう。こうして消し続けていけばいずれ水は尽きるはずだ!」
俺とイヨは空間魔法を展開して濁流を排出する。
それでも流入する水量の方が多いため、じわりじわりと水位は上がり、既に俺の腰辺りにまで迫ってきた。が、その上昇速度は目に見えて遅くなっている。
「いけそうだな!ライホー」
――あぁ、サーギル……、お前は……、何故……、そんなに……、フラグを……、立てるのが……、好きなんだ?
「まだこの水があの池からだと確定したわけじゃない。そこは俺の推測なんだ。無限に水が流入してくればいずれ俺達は溺れ死ぬぞ」
――ちょっと弱いが、フラグはこまめに折っておかねばならない
□□□
水の流入が止まった。
別に天井ギリギリとかそんな差し迫った映画みたいな展開にはならず、水位は俺の胸辺りに差し掛かったところであった。
とはいえ、女性陣や小柄なサーギルなどは既に首近くにまで達しており、もう少しで泳がなくてはならないところであった。
「まさかあのおサイフ魔法に救われるとはねぇ」
「魔法は使う者の智慧次第……」
キコの振りに珍しくパープルが応じる。
彼はこの空間魔法の使い方がよほど気に入ったとみえる。流石、火と風の融合で魔法の火力増強を図るなど、様々な創意工夫を重ねているパープルだけあって、彼は新たな魔法の開発や使用方法の発見には余念がないらしい。
「にしても、ライホーのそれ、スゴクない?ボクはそんな広い穴、初めて見たよ」
「まぁな。俺は毎日魔法制御の修練は欠かさないからな。剣と違って魔法制御の適正は高いようだぜ」
「その地道な努力がお前を魔法の深淵へと誘う……」
今日のパープルはやたらと口数が多いな。自分の好きなことになると急に口数が増えるオタク気質か?イケメンなのに残念な奴だ。
俺とイヨが引き続き異空間を展開し続けると水位は徐々に下がりだし、遂には俺の膝辺りまでになった。
「んで、このあとはどうなるんだ?水位は下がっても閉じ込められたままじゃ、結末はあの先客と同じだぜ」
サーギルの問いに即答できる者は誰もいなかった……
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